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空を歩く。  作者: きよこ
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5:ため息の度、こぼれてく。

 人を好きになるって、苦しいことの連続だ。なのに、ほんの些細なことで舞い上がって幸せに浸れる。

 クスリみたいなもので、ちっぽけな幸せが欲しくてあっという間に虜になるんだ。

 でも。

 焦がれてるだけの恋がどれだけ空しいか、あたしにだってわかる。

遠くから見つめてるだけの恋なんて、恋愛として成立してない。


「……むなしい」


 図書室の一番端の席を陣取って、あたしは何度となくため息をついた。

 この場所は本棚に囲まれているせいか、人目につきにくい。だから、あたしのお気に入りの場所なのだ。


 放課後のこの時間。

 本を返しに来る生徒や本を読みに来る生徒もだんだんと減って、カウンターに座る図書委員の子と司書の先生とあたしくらいしかいなくなってしまった。

 もしかしたら、本棚の後ろとかにまだ残っている生徒がいるかもしれないけど、あたしの位置から把握できるのは、あたしを含んだ三人だけ。


 きらめく光はだんだんと色を変えていく。もう夕方だ。

 差し込む黄金色の光が机を照らして、あたしの手の平を違う色に変えた。

 目をつぶると、よぎってくるのは、ほーちゃんの姿。


 高二の夏。図書室に残っていたあたしが見たのは、彼の泣く姿だった。

 強烈に印象付けられた光景は、やがて、彼への恋心へと変わっていった。


 いつも笑っている人。いつも穏やかな人。誰にでも分け隔てなく接する人。

 弱みを見せない、芯の強さが彼の姿を凛々しく見せる。

 憧れの対象ではあったのかもしれない。彼が人を惹きつける魅力を放っていることは、あたしじゃなくてもわかる。

 ものすごく美少年というわけではないし、背が高いわけでもない。

 でも、放たれる彼のオーラというか、優しく逞しい雰囲気に、皆引き寄せられるのだ。

 アットホーム、という言葉が一番似合うのかもしれない。


 ほーちゃんとしゃべるようになったのは、図書委員が一緒だったからだ。

 それまでは何の接点もなく、遠巻きに見ているだけ。特に恋心を抱いていたわけでもないし、彼氏もいたし、『女子に人気がある男の子の一人』という認識でしかなかった。


 そんな存在だったのに。

 あのたった一コマの彼の姿に、あたしは完璧にやられてしまった。

 あの日、彼は普通に図書委員の仕事をしていた。返却された本を本棚に戻して、いつもどおり、犬みたいな黒目をくりくりとさせて、笑っていた。


 仕事も終わって解散となったけど、あたしは返却されたばかりの本を速攻で借りていて、すぐに読まずにはいられず、今座っているこの席で本をめくり始めた。


 やがて、白いページがオレンジ色に変わっていることに気付いて、時間の経過を知った。

 帰ろうと、教室に向かって廊下を歩いている時。ふと人の気配を感じてのぞいた教室。


 彼はうつむき加減で一筋の涙をこぼした。

 一声もあげず、嗚咽もなく。時が止まったかのように静かな教室の片隅で、誰にも気付かれることのない涙をぬぐっていたのだ。


「好きになっちゃったんだよなあ……」


 ぼやいて、窓の外を見る。

 卵の黄身みたいな太陽がゆらゆらと光を放って、下へ下へと降りていっていた。

 ほーちゃんの姿に重なるように思い出されるのは、昨日の郁ちゃんの姿。

 儚げで、消えてしまいそうだった。窓の外へ吸い込まれていってしまいそうだった。

 死んでしまう人って、あんな背中をしてるんじゃないのかな、なんて考えてぞっとする。

 でも、そのくらい、あの時の郁ちゃんは、消え入りそうだったのだ。


 何か、あたしもするべきなんじゃないだろうか。助けてあげないといけない気がする。

 でも、何が出来るかも、何をすべきかもわからない。


 人のことをかまってあげられるほど、あたしにも余裕なんてない。

 本音を押し隠して、いつも「何もないよ」って顔してる。傷ついたって笑えるし、平静を装える。それが、あたしの強さだ。


 でも、それって、武器になるだけだ。身を守る術ではあるけど、本当の意味で、自分を守れない。

 どこにも、吐け口がないのだ。

『あたし』という人間を崩すことが、出来ない。


「あれ、大川。残ってたんだな」


 いきなり声をかけられて、はっとする。少しだけ涙がにじんでいたから、慌ててセーターの袖で目をこすった。


「岡島君じゃん。何してんの」

「俺は部活。今終わったから、本を返しに来たんだよ」


 汗を吸い込んでよれよれになったジャージの袖をめくりながら、まだ残る額の汗を拭っている。彼がバスケ部だったことを思い出す。


「本なんて読むんだ。意外」

「お前、それ二回目だぞ」

「え? 何が」

「去年も同じこと俺に言った! 本返しに来たら、大川、図書委員でカウンターに座っててさ。『岡島君、本なんて読むんだ。意外ー!』って」

「覚えてないや」

「冷てえなあ」


 傷ついた!って顔をわざとして、岡島君は持っていた本をカウンターに出しに行ってしまった。


 読みかけだった本に栞をはさんで、カバンに詰め込む。

 もう帰ろう。夕方って、どうもセンチメンタルになる。

 ほーちゃんも郁ちゃんも、こんな気持ちだったのかもしれない。


「大川、帰るのか?」

「帰る。カラスが鳴いてるし」

「カアカア」


 ノリだけはいいんだよな、こいつ。


「俺も帰るから、ちょっと待っててよ」

「えー、なんで」

「一緒に帰ろうぜ」

「やだよ。勘違いされるじゃん」

「ひでえなあ。 俺となら勘違いされてもいいだろー」


 絶対いや。まかり間違ってほーちゃんの耳にでも入って、『岡島と大川は出来てるらしい』なんて思われたら、最悪。


「とにかく待ってろって! ジュースおごってやるからさ」

「ちょっと、やだってば!」


 あたしの声が聞こえてるくせに、聞こえないふりして、岡島君は走って教室に戻っていってしまった。

 最悪なんですけど。

 でも、帰ってしまうのも悪いから、仕方なくあたしは渡り廊下の片隅で彼を待つことにする。


 だんだんと淡い黄金色が消えていって、闇夜が這い上がってくる。

 ため息をつくたび、体から太陽の光が抜け出て、夜と同じ暗闇が増していくような感覚がする。

 ため息をつくと幸せが逃げるっていうけど、あながち間違ってないと思う。

 暗い気持ちだけが、膨張していくから。





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