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空を歩く。  作者: きよこ
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エピローグ:明日もきっと。

 図書室で読みかけていた本を閉じて、夕闇に釘付けになる。

 紺色に染まりつつある空の端をオレンジ色が一線横に伸びて、沈みゆく太陽が最後の力を振り絞る。


 カウンターに座る図書委員の女の子が退屈そうに頬杖をついて、シャーペンを走らせていた。

 勉強でもしているのだろうか。


 ぐっと伸びをして、本棚と本棚の隙間に飾られた時計を見る。もうすぐ六時だ。

 大きなあくびをかますと、かばんを掴んだ。


 なんとなく、待ってしまう。そろそろ来るんじゃないのかと考えて、ついついドアの方を見てしまう。


「お、大川発見」


 岡島のバカヤローは髪をぼさぼさにしたまま、図書室ででかい声をあげた。

 部活に出ていたみたいだから、急いで着替えたんだろう。

 シャツはだらしくなく第三ボタンまであいてるし、ネクタイもつけてない。あ、ネクタイはいつもつけてないか。


「セクシーアピールでもしてんの?」


 ちらつく胸板を指差して、「気持ち悪いよ」と助言してやったら、「あら、えっち」とのご回答が来た。


「もっとムキムキになってから言うべきだね」

「大川は筋肉フェチか」

「え!? そんなフェチじゃないよ!」


 危ない。誤解を与えるところだった。


「これ、返却ね」


 首をぶんぶん振るあたしを無視して、岡島君は借りていた本をカウンターに置き、ニタリと笑って振り返ってきた。


「大川は、もう帰る?」

「うん」

「じゃ、一緒に帰るか」

「しょうがないなあ」


 カバンを肩にかけ、図書室を出る。

 廊下はすでに真っ暗で、なんだか少しおどろおどろしい。お化けでも出そうだ。


 最近、こうして岡島君と帰ることが多くなった。周りの皆は「付き合いだしたの?」って聞いてくるけど、特に何もないから、付き合ってるわけじゃない。

 じゃあなんで一緒に帰ったりするのか? と言われたら、「なんとなく」としか答えようがない。


 図書室で本を読んでから帰るあたしと、三年になっても部活に熱心な岡島君の帰宅時間がたまたま合ってしまうのだから、しかたないのだ。


 国道沿いを歩きながら、隣の岡島君の肩を見る。

 広い肩幅と広い背中。スポーツしてる男の子特有のすっきりとした体型。ほーちゃんは女子に人気がある人だから、色んなところから「ほーちゃんを気に入ってる女子がいる」って噂を聞くけど、岡島君の話はあんまり聞いたことない。

 モテなさそうなかんじでもないんだけどなあ。


 がっついてるかんじがないから、他校に彼女がいるように見える。そのせいなのかな。


 そういえば、岡島君は誰が好きなんだろう。全然わからない。


「あんまりあたしと一緒に帰らない方がいいんじゃないの?」

「なんで?」

「誤解されるじゃん。好きな子にも、誤解されてるかもよ」

「まあ、それはそれでいいんじゃねえ?」


 いいわけないじゃん。岡島君って、何考えてるんだかさっぱりわからない。


「あ、ほーと竹永さん」


 国道をそれて斜め右に入る道は、駅までの近道だ。狭い道のはしっこに駄菓子屋がぽつんとあるのだが、そこからほーちゃんと郁ちゃんが出てきた。

 仲良さそうに話をしながら、手に持ったお菓子をつまんでいる。


「邪魔するか?」

「する!」


 あたしの返事を聞くやいなや、岡島君は猛ダッシュ。あまりの速さについていけない。

 そのダッシュのスピードのまま、ほーちゃんに蹴りかかっていくのだから、恐ろしい。

 体をのけぞらせてなんとかよけたほーちゃんだが、そのまま岡島君に首をつかまれ、締められている。

 岡島君、鬼だ……。


 やっと追いついて、郁ちゃんに「ハァイ」と外人風に呼びかけたら、郁ちゃんは「キャサリン?」と言って、笑っていた。


「お前ら、同じ大学行くんだって?」

「竹永が希望の大学を変えたらな」

「変えないよ」

「俺のカノジョ、ツンデレなんだぜ。うらやましいだろ」


 泣きまねするほーちゃんを、岡島君がよしよしと慰めてる。


「ねえ、そういえばさあ」


 岡島君とほーちゃん、あたしと郁ちゃんで並んで歩きながら、もうすっかり無くなって来た太陽の方向を仰いだ。


 ずっと知りたかったことがあった。

 でも、聞いてはいけない気がして、聞けずにいたことがあった。


 今のこの空気なら聞いてもいいかなと思って、ぼそりとつぶやく。


「二年の夏に、ほーちゃん、教室で泣いてたよね」

「え!」


 素っ頓狂な声をあげるほーちゃんの顔にはありありと『何で知ってるの?』という疑問が浮かんでる。


「なんかあったの?」

「大川さん、なんで知ってんだよ……」

「見ちゃったんだもん」


 うわ、最悪。とかなんとか呟くほーちゃんを岡島君が小突きまくって笑っている。ほーちゃんってけっこうからかいがいがあるんだよね。

 だからついついいじめたくなる。


「あ、あれは、そのー……」


 くしゃくしゃの黒髪を掻き、額に手を当て、がっくりとうなだれている。

 郁ちゃんはきょとんとした表情で、キャベツ太郎を頬張っている。


「姉貴から電話があってさ」

「うん」

「ハ、」

「は?」


 目を泳がせながら、ハアとかフウとかため息をついていたほーちゃんだが、パッと顔を上げた。


「ハムスターが死んだって、言われて、さ。なんだよ、うるせえな。家で泣くわけにはいかなかったんだからしょうがねえだろ」

「何も言ってねえぞ、俺たち」

「うるせえ。ちくしょう。誰もいないと思ってたのに。まじで恥ずい」


 顔を真っ赤に染めながら犬みたいな黒い瞳をクルクルさせて、ほーちゃんはなぜか岡島君を蹴り飛ばしていた。


「ほーちゃん、かわいー」

「あたしも見たかったな。佐村が泣いてるところ」

「そういえば、郁ちゃんはなんでほーちゃんのこと名前で呼ばないの? 付き合ってるんだから、名前で呼べばいいのに」

「え!」


 矛先がいきなり自分に向かってきて、郁ちゃんは相当驚いたのだろう。キャベツ太郎を飲み込んでしまったようで、むせている。


「なんで?」

「俺も知りたいわ」


 郁ちゃんは両手で長い髪を掴み、その手を顔の前に持っていってイジイジと髪をいじっている。


「みんな、名前で呼んでるじゃん」

「あー、みんなと一緒になるのが嫌なんだ」


 岡島君が声を弾ませて郁ちゃんをからかう。


「ほーはなんで竹永って呼ぶんだよ?」

「あ? 竹永が、俺のこと苗字で呼ぶから」

「今から二人とも名前で呼び合いなよ」


 え! と同じ顔をした二人は、目を見合わせて黙り込む。


「ほら、ほーちゃん、男なんだから、ほーちゃんから名前で呼んであげなよ」

「まじかよ……。お前ら、どSコンビだな」


 あたしと岡島君が、きらっきらっした目で二人を見つめるから、ほーちゃんは顔面真っ青になりながら、観念したように目をつぶった。


「えーと、郁」


 キャーッと歓声をあげるのは、あたしと岡島君だ。


「お前ら、もうどっか行け!」


 キャーッとまた歓声をあげながら、あたしと岡島君は走り出した。これ以上お邪魔するのも悪いしね。


 二人とある程度距離が出来たのを確認してから、走るのをやめる。

 あがった息を整えながら、高揚する思いを落ち着かせていく。


 いつの間にか、二人を見ていても苦しくなくなった。

 時々、胸が痛くなることもあるけど、それは過去へ立ち返っているだけで、今のあたしが苦しんでいるわけじゃない。


 こうやって、人間は気持ちを整理しながら、前へ前へ歩いていくんだろうな。


「あー、すっきりした」

「なんだよ、突然」

「あたし、次の恋探す!」


 宣言して、ぎっと月を睨んでやった。

 今日はこれでもかと明るい三日月が、闇夜の中で煌々と光を湛えている。


「じゃ、俺もそろそろ動き出すかな」

「岡島君も? お互い頑張ろうね」

「大川、鈍感って言われねえか?」

「言われないよ」

「ま、いいけど。俺は長期戦が好きだしね」

「ふうん」


 よくわかんないけど。


 今日は綺麗な月夜だし。

 なんだかすごく気持ちがいいから。


 深呼吸を繰り返す。


 こんなに月が輝くなら、きっと明日は晴れるだろう。

 そしたら明日もいいことがある気がする。


 たまに泣くことがあっても。

 明日もきっと、素敵な一日。




最終話の日に限って、寝てしまったorz


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

リンクしてあるブログにて、後書きを書いておりますので、お暇な方は見に来てください。


たくさんの拍手、ありがとうございました!


そして、青春小説大賞に投票してくださいました方がいらっしゃいましたら、改めてお礼申し上げます。

拙い作品に一票投じていただき、ありがとうございました。

もしももしも、これから一票入れてやるぜ!って方がいたら、ありがとうございます。


それでは、またどこかでお会いできることを願って。


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