26:同じ場所にいる。
ブランコとベンチしかない小さな公園。
三人がいなくなった公園からは、のんびりとしたカラスの鳴き声だけが響く。
憮然とした表情の愛美の襟を離して、「ごめん、手荒だったね」と謝る。
愛美は急に泣きそうな顔になって、ぶらりと手を下ろした。それは、戦意を喪失したというアピールみたいだった。
ブランコを選んで座ると、愛美も隣にすとんと腰を下ろす。
「何があって、あんなことになったのさ」
鎖を掴んで一漕ぎ。愛美は足をついたまま、ゆらゆらとブランコを揺らしていた。
「……郁ちゃんに、ほーちゃんのことどう思ってるのか聞こうと思って、連れ出した」
「うん」
「むかついてたから、脅してやろうって思ってたけど、叩くつもりはなかったんだよ」
どこからか子供の笑い声が聞こえてくる。のどかな夕暮れの時間は、気持ちをしんみりとさせる。
「郁ちゃんは『ほーちゃんのこと好きになった』って答えたんだ?」
小さくうなずいて、そのまま足元を睨み続ける。
「……色々思い出して、頭に血が昇って、叩いてた」
淡々と自分のしでかしたことを語りながら、愛美はシュンシュンと鼻をすする。
「ほーちゃんのこと、好きだったから、後ろの席で、ずっと、見てたから。ほーちゃんにいつも冷たかったくせに、今更好きって、なにそれ、って思って」
途切れ途切れになる声を聞きながら、あの苦しさを思い返して胸が痛くなる。
「あたしが、ほーちゃんの隣の席だったら、あたしが郁ちゃんの立場だったかもしれないのにって、思って、くやしくってむかついて、郁ちゃんの涼しい顔見てたら、我慢出来なかった」
目をぎゅっとつぶる。同じ思いをしてた子がこんな近くにいたんだ。
「あたしも、同じこと考えた」
「え?」
鎖を掴んで、思いっきり足を上に向ける。その勢いで、ブランコは大きく動き出す。
「あたしもほーちゃんが好きだったから!」
「嘘!」
「ほんとー!」
勢いづいて角度を増してゆくブランコは、小さいころに乗っていた時よりも揺れが激しく思えて、ちょっと怖い。
「だから、愛美の気持ち、わかるよ!」
「晶子……」
「だからこそ、暴力はんたーーーーい!」
思いっきり叫ぶのって、気持ちよくって仕方ない。足を振り回し加速させれば、揺れ幅はどんどん大きくなっていく。
「くやしいー! むかつくー! ほーちゃんのバカー!」
負け惜しみだよ。くやしがってもむかつきまくっても、どうしようもない。
でもしょうがないじゃん。気持ちに嘘はつけないもん。
「晶子、バカじゃないのー?」
愛美はお腹を抱えて笑って、立ちこぎをし始めた。
「こればっかりはしょうがないよ。人の気持ちはそう簡単に変えられないし」
愛美に向かってウィンクしてやると、愛美はニッと歯を見せて笑った。
「もっといい男捕まえてやるー!」
「捕まえてやるー!」
女の子なのにさ。
叩かれて胸倉掴んで、こんなとこで友情深めて。あたしはなにやってんだろう。
でも、気持ちよかった。
風をまとってブランコに揺られる時間が。
同じように恋をした子と気持ちを共有できたことが。
皆、同じように苦しかったり悲しかったり辛かったりするんだ。
同じ場所にいる。同じ気持ちがある。どんなことがあっても、あたしだけじゃない。
人と話すって、すごく幸せ。
***
四連休が明けて、最初の登校日。ラッキーなことにうちの学校は早帰りとなっていた。
偉い人が来るからだとかなんとか。理由はよく聞いてなかったらわからない。
四連休中に愛美に殴られた頬の腫れも引いていた。
まだ口の中に膨れ上がってるような違和感を感じることはあるが、連休中にどか食いして太ったから、頬がふっくらしてしまったせいな気がする。
郁ちゃんが登校してすぐ、愛美は郁ちゃんにお詫びをしていた。
郁ちゃんが「気にしてない」と微笑み混じりに言うから、愛美はよけいに頭を下げまくって謝っていた。
「なんかあったの? あいつら」
「さあ?」
隣の席でふんぞり返って座る岡島君は、郁ちゃんと愛美を不審そうに見ている。
窓の外は雨。
灰色の雲に覆われた空から落ちてくる雨は校庭を水たまりに変えて、丸い模様をいくつもいくつも作っている。
教室に広がるかび臭い匂いは鼻を刺激して、制服からも同じ匂いがするから顔をしかめてしまう。
「午後からは晴れるってよ」
「下校の時までには止むといいね」
止まなかったら、図書室で時間をつぶして晴れるのを待ってから帰ろう。
雨の中を帰るのはあんまり好きじゃない。
いつもどおり授業が始まり、小声でしゃべる生徒の声がちらほらと聞こえてくる。
後ろの席では、ちょっかいを出すほーちゃんとそれを冷たくあしらう郁ちゃんの、いつもと同じ会話が交わされていた。
目をつぶり、雨音に耳をすませる。
リズムをなくした波のような音は、あたしを夢見心地にさせる。
「次当てられるの、俺だから」
「知らないってば」
「まじで答え教えろ、竹永」
「自分で考えるんだね」
後ろの席の会話は、ちょっと面白い。
「佐村! 佐村豊介、問五を答えろ」
数学の教師に名指しされ、ほーちゃんは渋々立ち上がる。顔だけ後ろに向けて、ほーちゃんの様子を伺うと、気まずそうに頭を掻いている。
「三。答え、三だよ」
仕方なさそうに郁ちゃんが答えを呟いてる。
ほーちゃんが嬉しそうに笑って「三です」と答えたら、教師は「答えはAだ。ABCの選択式の問題だぞ。三なんてどっから出てきた」とあきれ果てた声で言って、ほーちゃんを軽く小突いた。
い、郁ちゃん、いじわる……。
「しょうがねえな、次行くぞ。問六」
席に座った途端、ほーちゃんは郁ちゃんに「いじめだろ、竹永!」と小声で怒鳴っている。
「ちゃんと勉強しろってこと」
郁ちゃんはフフン、と鼻で笑って、ほーちゃんを軽くあしらってる。
後ろのカップルは、すでに上下関係が出来上がっているようです。
***
四限目が終わり、帰りのHRも終わって、下校時刻がやって来た。
智美に「図書室寄るから先に帰って」と告げたのに、図書室に寄ったら閉まっていた。
さすがに早帰りにした日にはやってないか。
そぼふる雨音はいつの間にか遠ざかり、申し訳程度に雲の合間から太陽の光がこぼれる。
廊下の窓から降り注ぐ光につられて、あたしは窓のさんに寄りかかった。
中庭が見えるこの位置からは、校舎で区切られた空が見える。
灰色だった雲は白く変わって、薄くなってきていた。合間合間に青が顔を出している。
「帰らないんですか?」
後ろからの声に振り返ると、岡島君が立っていた。
「帰りたくない」
「ちょっとエロいな、その発言」
「なんでよ」
「それはいいとして」
いいのかい。
「ちょっと、付き合いませんか?」
あと残り2話です。
次回が実質的な最終話、次々回がエピローグとなります。
大きな山の無い物語となってしまい、物足りなかった方もいたかと思います。
ですが、どこにでもいるような女の子の、どこにでもあるような恋と友情と悩みに共感していただけていたら幸いです。
そして、この物語を読んでくださった方々の、何かを乗り越える力になっていたらと思います。