24:はじける恋の音。
ゴールデンウィークの目玉、四連休が始まった。
細身のデニムパンツに足を通して、だぼっとしたシルエットのカットソーを着る。ハートの形のチャームがついたネックレスを首にかけて、鏡の前に立った。
今日は六組の女子と遊ぶ。
あたしと智美と朝子と愛美、郁ちゃんも来る。たしか総勢十人かな。
どうなってこれだけの人数が集まることになったかは知らないけど、愛美が郁ちゃんと遊ぶ約束をした後、何人か誘いをかけていたっぽい。
ヒールのついた赤いパンプスに足をつっこんで、意気揚々に家を出た。
むりやりお団子頭にして、パンプスと同じ赤いボンボンをつけてみた。それをいじって、後れ毛がとびでまくってないか確認する。
大丈夫っぽい。
学校の最寄り駅で待ち合わせをしていたのだが、すでに五人集まっている。
みんなに声をかけて輪に加わり、駅のデジタル時計を確認する。集合時間五分前だ。
「晶子、お団子頭かわいいじゃん」
「ほんと? かなり苦労したんだよ。ピンすごいつけてるの」
「ほんとだ」
髪の毛をかき集めるために乱雑につけられたヘアピンを友達がつんつんと触ってくる。「やめてー」と体をくねらせて遊んでいたら、郁ちゃんの姿を見つけた。
青いワンピースにレギンス姿が、制服の時よりも大人っぽくて、「おお!」と歓声をあげてしまった。
「郁ちゃん、かわいい!」
挨拶もせずに郁ちゃんに向かって叫んだら、革のバッグを胸に抱いて照れてしまった。
その後、五分遅刻で朝子と愛美が来て、さらに遅れて智美がやって来た。
「やー、ごめん。起きたら家出ようと思ってた時間の五分前だった。あせった」
と言ってる割には涼しい顔した智美の顔を殴ってやるふりをする。ふりなのに、智美は倒れてしまった。
「メガネが!」
化粧が出来なかったのかメガネをかけていた智美は、「メガネが割れた! どうしてくれんの!」とわけのわからないことを叫んでいる。割れてないからね。
智美を無視して、あたし達は目的のボーリング場へと歩き出した。
***
二人一組になってボーリングを興じている最中、あたしは「トイレ行ってくる」と言って立ち上がった。そしたら郁ちゃんが「あたしも」と言ってついてきた。
「ちょっと、ベンチでお茶しない?」
歩きながら、郁ちゃんがこっそりとあたしに耳打ちしてきた。
投げ終わったばかりだし、二人一組だから、どっちかがいなくなっても一人が二回投げればいい。ゲームに支障は出ない。そう判断して「いいよ」とうなずく。
自販機に行って、すぐ飲み干せる紙コップのジュースを買う。あたしはソーダ、郁ちゃんはカフェオレだ。
ジュースを片手に、フロント脇にあるベンチに腰かける。
ジュースを二口三口飲んだが、郁ちゃんは何もしゃべりだそうとしない。わざわざこうして二人で脱け出したんだから、何か話したいことがあるんだろうと、あたしは郁ちゃんがしゃべりだすのを待つことにした。
球が転がり、ぶつかる音が木霊する。手を叩いて喜ぶ声の先には、モニターに映った「ストライク!」の文字が躍る。
「あの、ね」
「うん」
「ありがとう」
突然お礼を言われて、口に入れたばかりのソーダをものすごい勢いで飲み込んでしまった。炭酸で喉が痛む。
「なに突然! あたし、何かしたっけ?」
「晶子が背中押してくれたから……」
紙コップを持った手をイジイジと動かして、頬を染める。白い肌の郁ちゃんは、恥ずかしがってるのが顔に出やすい。
「もしかして」
「う、うん」
「背中の凝りが無くなった?」
「マッサージじゃないから」
なかなか鋭いツッコミをしてくれる郁ちゃんに、やっと笑顔が戻る。
「佐村に、告白した」
「おお!」
思わずにんまりと笑ってしまう。
「どうだった?」
「つ、つきあうことに、なったよ」
ゆでだこみたいにまっかっか。普段すました顔をしてるだけに、こういう表情をするのが意外で、かわいい。
「おめでとう」
「ありがとう」
心の底からの『おめでとう』じゃないけどさ。複雑なものもある。
でも、『おめでとう』って言いたかった。
いつだっていい顔する自分が嫌いだったけど、誰かの気持ちを考えて演じてしまう自分は、そんなに嫌いじゃない。
あたしがここで嫌な顔したって、何の解決にもならない。
郁ちゃんを傷つけたくなんかないし、本音で二人が付き合うことになって良かったって思ってる部分もある。
「で、もうチューとかしたの?」
肘でつつきながら悪ふざけしてやる。郁ちゃんの顔がさらに赤くなってしまった。湯気が出てきそうだ。
この反応、チューしたんだ……。
「どうでしたか? ほーちゃんの唇の感触は?」
もはやセクハラだ。
くやしいんだもん。からかって遊んでやれ!
「それは、ほら、ね」
ごまかそうとモゴモゴ言ってる郁ちゃんの頬をつかんで「言えー!」といじめる。つい力がこもってしまった。許して、郁ちゃん。
「痛いってば!」
「どうだったのー? 言わないと離さない!」
あたしの手から逃れようともがきながら、郁ちゃんは変な笑い声を上げる。
「もう! 言うよ! 晶子の言うとおり、もっと触りたくなった!」
「へえええ」
あたしの目はきっと三日月形に歪んでる。
「郁ちゃんってば、へんたい」
「あたしは変態だよ、認めます」
「あたしも変態だから、仲間だね」
「どんな仲間なの」
おなかを抱えて笑いながら、ソーダ水がはじける音が頭の中で響いてた。
透明の中を泳ぎまわる水の泡が、パチパチと爆ぜる。
終わった恋の、はじける音。
消えてく泡は切なくて、悲しい悲鳴の音を立てるのに、どこか爽やかで心地いい。
パチパチと音を立て、消えていく。
紙コップの中のソーダをグイッと飲み込む。
口の中が甘く爽やかに弾ける。かすかにしょっぱい気がするのは、きっと涙を我慢しているせい。