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空を歩く。  作者: きよこ
23/29

22:触れてみたかった。

「好きじゃない人に触られたら、誰だって嫌だよね」


 そう言いながら、郁ちゃんの肩をなでる。山口が触った場所だ。

 女の子はデリケートな部分もある。特に、郁ちゃんみたいに人と一線をひく子は、敏感だ。


 距離の感覚というか……親密度かな。親しくない人や全く知らない人には触れられたくない。潔癖症とはまた違う、自分の中の境界線なのだ。


「山口に触られて、嫌だった?」

「……少し」


 おびえた猫みたいな上目遣いであたしを見て、細い肩を縮こまらせる。

 こんなに、か細い雰囲気の子だったっけ?


 ううん、違う。しゃんと伸びた背筋をして、人の言うことなんて気にしない筋の通った凛々しい顔をしてる子だ。


 もしかしたら、郁ちゃんも、あたしと同じなのかもしれない。

 内面を押し隠して、いつも同じ顔を貫き通す。

 あたしが笑顔を崩さないのと同じように、郁ちゃんは能面顔を作り続ける。


 皆、そうなのかもしれない。

 皆、『自分』という人間を演じている。それは、自分を守る鎧だから。


 鎧を取れるのは、守るものが必要ない時だけ。


 心許せる人といる時なんだ。


 そうか。郁ちゃんはあたしに心を許してくれてるんだ。

 だから、いつも見せる表情とは違う素の自分を晒してくれてる。そう思ったら、ほーちゃんのことが、霞がかかるみたいに薄れていった。


 ほーちゃんとのことを相談されているのだとしても。

 あたしは、郁ちゃんに誠心誠意、心の底からの言葉を返してあげたい。


 相手がほーちゃんじゃなかったら、あたしはきっと素直な気持ちで、郁ちゃんを励ますことを言えるはず。

 ほーちゃんのことは、今は考えない。


 それが、あたしに心を開いてくれた郁ちゃんへの、あたしなりの心の開き方だ。


「ほーちゃんは?」


 ほーちゃんに触れられて嫌だった? そう聞くと、郁ちゃんは一度開きかけた口をまた閉じて、視線を下げてしまった。


「郁ちゃんは、どういう時に『恋してる!』って感じる?」


 思い出すのは、夕焼けのあの光景。

 あの時、あたしは涙をぬぐう彼に走り寄って抱きしめたい衝動に駆られた。もちろんそんな大胆な行動なんて取れやしないし、もし出来たとしても、頭をポンポンとなでるとか、肩をさすってあげるとか、そんなもんだ。


 触れるって、すごく大事なこと。


 不快になることだってあるけど、触れるだけで嬉しくなったり慰められたり。体温の温もりは春の太陽みたいに心までポカポカにする。


「あたしはね」


 そうだ。

 好きだから、触れたくなる。

 好きだから、触れられたい。


「その人に触れたいって思った時」


 触れてみたかった。あの手に。あの顔に。あの髪の毛に。


「好きな人になら、触れられるのが嫌じゃなくなるよ。触れたいと思うんだよ」


 自分以外の誰かの体温は。

 毛布よりも温かくて、お風呂より心地良い。


 お互いの温もりは、触れた部分から溶けて混ざり合って、つながる。


 それは、愛おしくてたまらない大切な気持ちに変わるから。


 きっと、何よりもその人を好きな証拠になる。


「怖くなくなるよ。郁ちゃんは大丈夫」


 膝の上で握られた白い手を上から握りしめる。


 郁ちゃんが自分の気持ちに正直になりますように。

 臆病な自分から脱け出せますように。


 願いを込めて、伝われ伝われと念じる。


 あたしを応援してくれると言った岡島君も、今のあたしみたいな気持ちだったのかなあ。


 不安げな顔のままの郁ちゃんに笑いかけたら、郁ちゃんの瞳があっという間に潤んでしまった。表面張力でなんとかこぼれるのを防いでる、満杯の水が入ったコップみたいだ。


 どうしよう、泣かしてしまった。


 あせるあたしをよそに、郁ちゃんの瞳のダムはボロリと決壊して、大粒の涙が落ちていく。


「でも、もう遅いよ。あたし……断っちゃったもん」


 ああ、もう。

 わかってないなあ。


「遅くなんかない」


 断られたくらいで、あっさり気持ちって終わるわけないじゃない。


 何回も何回も消化しようとして出来なくて、毎日苦しんで悩んで、ゆっくりゆっくり気持ちを整理して、消化できないことに気付いて、だから、大切な思い出に変えることで、心の片隅に納めていくものだよ。


 断られてから何日もたってないのに、ふられたから次! なんて言える人、どこにもいない。

 いたとしたら、超人だ。


「郁ちゃんがいっぱい悩んで考えて出した答えでしょ? 郁ちゃんが答えを出すために必要な時間だったんだから、遅くなんかない」


 ほーちゃんなら、きっと、まだ大丈夫だよ。

 郁ちゃんの答えを、きっと喜んでくれるよ。


 悩んだ分だけ、出した答えは重みを増して、きっと彼の心を動かすだろう。

 もし郁ちゃんに振られて「もういいや」って思ってたとしても。


 涙の重さの分、幸せになれるって、何かで聞いた気がする。

 郁ちゃんが流してる涙の分、ほーちゃんは郁ちゃんの思いを受け止めてくれるとなぜか確信してる。


「それでだめだったら、それが運命だったんだよ。だからさ、とりあえずぶつかってみな」


 だめなわけ、ない。

 絶対、大丈夫。


 郁ちゃんの手を思いっきり叩いてやる。


 勇気を出せ。一歩踏み込め。ぶつかってみろ。


 激励をこめた一発をお見舞いしてやったら、あたしの方がすっとしてしまった。

 くやしいけどさ。

 ものすごくくやしいけどさ。


 これが、運命だったんだよね。


 あたしに叩かれた手は少し赤くなっていたから、痛かったかなって不安になったけど、郁ちゃんはにっこりと笑っていた。


 まばたきした瞬間にこぼれる最後の涙をぬぐいながら、まっすぐあたしを見る郁ちゃんは、いつもよりもずっと綺麗で凛としていた。

 まつげに張り付いた涙の滴が真珠みたい。


「うん……。ありがとう」


 運命論なんて、考えたくもない。

 でも、タイミングとかちょっとした偶然とか、積み重なって起こる出来事は、すべて必然のようにも思える。


 あの席順も、夕暮れの出来事も、すべては偶然のようで、なるべくして起こったものだったりするのかもしれない。


 運命が決まっているなら、やることなすこと無駄じゃないかと言う人もいるだろう。

 でも、ひとつの道筋へ収束していくってことは、その人の生き様がそうさせるんだ。


 運命って、きっとそういうこと。

 生きていることに真摯な人には、きっと素敵な運命がある。


 そう思うから。


 あたしも、頑張るしかない。




拍手ありがとうございます。

励みになりすぎて、普段よりも執筆が進みまくりです(笑)

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