20:君の声援。
順番も何も無しに歌いまくる六組の面々。岡島と智美は肩を組んでなぜか『サライ』を歌っている。二四時間走る気なのだろうか。
十五人も入るカラオケルームだけに、部屋のつくりが他の部屋と違う。
視聴覚室にある映写機みたいな装置があって、そこにPVが流れている。一段高くなった場所にマイクが設置してあるから、まるで小さな舞台のようだ。
その一番近くの場所を陣取っているのがほーちゃんと愛美だ。サライにのって体を揺らす愛美は、体の揺れを利用してほーちゃんに擦り寄っている。
時折、二人は何か会話しているが、音楽が流れる中では聞き取ることが出来ない。
郁ちゃんを見ると、山口に絡まれていた。かわいそうに。
形のいい瞳を歪ませて、少しだけアーチを描くまっすぐの眉毛を思いっきりしかめている。嫌なんだろうなあ。
酔っ払いみたいなぐでんぐでんの動きをしながら、山口は郁ちゃんの肩をつかむ。瞬間、郁ちゃんは小さな唇をわずかに震わせて何事か言っている。
そのまま立ち上がり、山口を振り払うように部屋から出て行ってしまった。
何してんだよ、山口。
あんな風に迫ったら、女の子なら誰だって嫌がる。郁ちゃん、大丈夫かな?
飲んでいたコーラに口をつけ、ソファーに寄りかかった時だった。
「ちょいと失礼」と、あたしの隣に岡島君が座ってきたのだ。
電車で狭い隙間に割り込むおばちゃんみたいに無理やり座るから、あたしもあたしの隣にいた子も、「ちょっとー!」と不平を口にしながら、お尻を移動させる。
「竹永さん、トイレ?」
「さあ? どうだろ。出て行ったよね」
「行ってくれば?」
「どうしてよ」
そう聞き返しながらも、岡島君の意図はわかってる。
要は、話をして来いってことだろう。
あたしが泣いたあの時、岡島君は「俺と似てるから」とそれだけ言って、あとは何も言ってくれなかった。
グシグシと泣き止まないあたしの横にしゃがみこんで、鼻歌をのんびり歌っていた。
人前で泣くなんて、絶対に嫌だと思っていたあたしが、隣に人がいるってことに安心して、逆に泣けてきてしまった。
やっと涙が止まったころ、「俺、トイレ」とスキップ踏むみたいな足取りでトイレの方向に行ってしまって、ちょっと寂しく思ったけど、それももしかしたら、岡島君なりの優しさなのかもしれないと思った。
「大川、俺はさ」
カラオケの音量のでかさでうまく会話が交わせない。岡島君はあたしの耳元でぼそりとつぶやく。
「お前の恋、応援するぞ」
玉砕するってわかってるくせに。応援されたって、どうすりゃいいのよ。
でも。
でもさ。
負けるってわかってたって戦う人だっている。
「サライを熱唱してやる」
「あんまり嬉しくないけど、ありがとう」
岡島君のつんつんの短い髪を左手で思いっきりかき混ぜて、あたしは立ち上がった。
どうせ負けるならさ。
これでもかってほど、負けてやろうじゃない。
***
ふーと長い息を吐いて、トイレのドアを押す。
演技は得意だ。何食わぬ顔して、問いただせる。やれる。あたしなら、やれる。
「あれ、郁ちゃん」
ちょっと白々しかったな……。
ドアを開けてすぐ横にある鏡の前で、郁ちゃんは肩をなでていた。
山口が触っていた場所だ。嫌だったのかな。
「なんか、山口に絡まれてたね」
「佐村と付き合ってるのかって、言われた」
山口も直球に出るな。あたしも直球タイプだけど、山口と同じタイプか。ちょっとショックだ。
「土曜日、会ったんでしょ」
山口がぼやいていた情報を口にすると、郁ちゃんはパカッと口を開けて固まってしまった。
驚いてる。すっごい驚いてる。
学校の最寄り駅のみどりの窓口で待ち合わせして、見つからない方が難しいんじゃないだろうか。
「ちょっと噂になってたよ」
「嘘!」
こんなに表情が変わる郁ちゃんは初めて見る。不謹慎だけど、ちょっと面白い。
目が飛び出そうなくらい大きく見開いて、口は開きっぱなしだ。
「ああ、皆知ってるわけじゃないからね。山口がぼやいてたから」
フォローを入れてみたけど、山口のあの調子じゃあ、けっこう広まってそう。
あからさまに肩を落とす郁ちゃんの肩をポンと叩いて、なぐさめる。
「で、どうなの」
郁ちゃんの態度が面白いから、言葉が軽快になる。何がわかっても、平気でいられるかもしれない。
迷うように泳ぐ郁ちゃんの目が、観念したように閉じられる。クルリと自然にカールしたまつげは意外に長くて、白い肌に映えていた。
郁ちゃん、話す気になったみたいだ。
「ちょっと待ってて」
覚悟を決める時間がほしくて、あたしはトイレに入った。
個室に入ってすぐに壁に寄りかかり、胸に手を当てて、何度も何度も深呼吸する。
呼吸する音がばれないように、音姫はとりあえず連打だ。
もし、郁ちゃんが「付き合ってる」って言っても、「おめでとう」って言おう。
得意の笑顔で、二人の前途を祝福しまくる。
偽善者だな、って思う。
でも、それでいい。
偽善だって、世の中には必要だもの。
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