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空を歩く。  作者: きよこ
21/29

20:君の声援。

 順番も何も無しに歌いまくる六組の面々。岡島と智美は肩を組んでなぜか『サライ』を歌っている。二四時間走る気なのだろうか。


 十五人も入るカラオケルームだけに、部屋のつくりが他の部屋と違う。

 視聴覚室にある映写機みたいな装置があって、そこにPVが流れている。一段高くなった場所にマイクが設置してあるから、まるで小さな舞台のようだ。


 その一番近くの場所を陣取っているのがほーちゃんと愛美だ。サライにのって体を揺らす愛美は、体の揺れを利用してほーちゃんに擦り寄っている。

 時折、二人は何か会話しているが、音楽が流れる中では聞き取ることが出来ない。


 郁ちゃんを見ると、山口に絡まれていた。かわいそうに。

 形のいい瞳を歪ませて、少しだけアーチを描くまっすぐの眉毛を思いっきりしかめている。嫌なんだろうなあ。


 酔っ払いみたいなぐでんぐでんの動きをしながら、山口は郁ちゃんの肩をつかむ。瞬間、郁ちゃんは小さな唇をわずかに震わせて何事か言っている。


 そのまま立ち上がり、山口を振り払うように部屋から出て行ってしまった。


 何してんだよ、山口。

 あんな風に迫ったら、女の子なら誰だって嫌がる。郁ちゃん、大丈夫かな?


 飲んでいたコーラに口をつけ、ソファーに寄りかかった時だった。


「ちょいと失礼」と、あたしの隣に岡島君が座ってきたのだ。

 電車で狭い隙間に割り込むおばちゃんみたいに無理やり座るから、あたしもあたしの隣にいた子も、「ちょっとー!」と不平を口にしながら、お尻を移動させる。


「竹永さん、トイレ?」

「さあ? どうだろ。出て行ったよね」

「行ってくれば?」

「どうしてよ」


 そう聞き返しながらも、岡島君の意図はわかってる。

 要は、話をして来いってことだろう。


 あたしが泣いたあの時、岡島君は「俺と似てるから」とそれだけ言って、あとは何も言ってくれなかった。

 グシグシと泣き止まないあたしの横にしゃがみこんで、鼻歌をのんびり歌っていた。

 人前で泣くなんて、絶対に嫌だと思っていたあたしが、隣に人がいるってことに安心して、逆に泣けてきてしまった。


 やっと涙が止まったころ、「俺、トイレ」とスキップ踏むみたいな足取りでトイレの方向に行ってしまって、ちょっと寂しく思ったけど、それももしかしたら、岡島君なりの優しさなのかもしれないと思った。


「大川、俺はさ」


 カラオケの音量のでかさでうまく会話が交わせない。岡島君はあたしの耳元でぼそりとつぶやく。


「お前の恋、応援するぞ」


 玉砕するってわかってるくせに。応援されたって、どうすりゃいいのよ。

 でも。

 でもさ。

 負けるってわかってたって戦う人だっている。


「サライを熱唱してやる」

「あんまり嬉しくないけど、ありがとう」


 岡島君のつんつんの短い髪を左手で思いっきりかき混ぜて、あたしは立ち上がった。


 どうせ負けるならさ。

 これでもかってほど、負けてやろうじゃない。




 ***



 ふーと長い息を吐いて、トイレのドアを押す。

 演技は得意だ。何食わぬ顔して、問いただせる。やれる。あたしなら、やれる。


「あれ、郁ちゃん」


 ちょっと白々しかったな……。

 ドアを開けてすぐ横にある鏡の前で、郁ちゃんは肩をなでていた。

 山口が触っていた場所だ。嫌だったのかな。


「なんか、山口に絡まれてたね」

「佐村と付き合ってるのかって、言われた」


 山口も直球に出るな。あたしも直球タイプだけど、山口と同じタイプか。ちょっとショックだ。


「土曜日、会ったんでしょ」


 山口がぼやいていた情報を口にすると、郁ちゃんはパカッと口を開けて固まってしまった。

 驚いてる。すっごい驚いてる。


 学校の最寄り駅のみどりの窓口で待ち合わせして、見つからない方が難しいんじゃないだろうか。


「ちょっと噂になってたよ」

「嘘!」


 こんなに表情が変わる郁ちゃんは初めて見る。不謹慎だけど、ちょっと面白い。

 目が飛び出そうなくらい大きく見開いて、口は開きっぱなしだ。


「ああ、皆知ってるわけじゃないからね。山口がぼやいてたから」


 フォローを入れてみたけど、山口のあの調子じゃあ、けっこう広まってそう。

 あからさまに肩を落とす郁ちゃんの肩をポンと叩いて、なぐさめる。


「で、どうなの」


 郁ちゃんの態度が面白いから、言葉が軽快になる。何がわかっても、平気でいられるかもしれない。

 迷うように泳ぐ郁ちゃんの目が、観念したように閉じられる。クルリと自然にカールしたまつげは意外に長くて、白い肌に映えていた。

 郁ちゃん、話す気になったみたいだ。


「ちょっと待ってて」


 覚悟を決める時間がほしくて、あたしはトイレに入った。

 個室に入ってすぐに壁に寄りかかり、胸に手を当てて、何度も何度も深呼吸する。

 呼吸する音がばれないように、音姫はとりあえず連打だ。


 もし、郁ちゃんが「付き合ってる」って言っても、「おめでとう」って言おう。

 得意の笑顔で、二人の前途を祝福しまくる。


 偽善者だな、って思う。

 でも、それでいい。

 偽善だって、世の中には必要だもの。


 


拍手にコメントありがとうございます!


リンクしてあるブログにて、お礼の言葉を述べさせていただきました。

お暇な時に覗いていただけると幸いです。

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