19:素直になれ。
「岡島、ちょっと聞いてくれよ!」
四限目前の休み時間、あたしと岡島君は、最後の一踏ん張りだとばかりにまだ誘えてない人達にカラオケのお誘いをしていた。
あたし達が話しかけた瞬間、クラス一のお調子者、山口君が岡島君の腕にすがりついた。
「なんだよ、気持ちわりいな」
「失礼しちゃうわっ」
気持ち悪いと言われて、いっそう気持ち悪いかんじになった山口君を振り払おうと岡島君は腕をぶんぶん振るが、山口君は取りすがったままだ。
すごい、山口君。
「竹永さんと、ほーが会ってるところ、見かけたんだよ」
「へえ」
岡島君は興味なさそう。
「俺、竹永さんのこと気に入ってたんだぜー。ショックだよ。ほーに先越された」
「いつ?」
つい尖った声音で問いかける。あたしの真剣すぎる物言いに驚いたのか、山口は唇をへの字に歪ませた。
「なんだよ、怖えな。土曜日だよ。みどりの窓口のところで待ち合わせしてたんだよ」
「お前、それ、言いふらしてんの?」
「あ? 何人かには言ったけど。悪いかよ?」
「いや。そういうの言いふらすなよ。付き合ってるって確定したわけじゃねえのに、本人達が迷惑するぞ」
岡島君が少しきつい口調でそんなことを言うから、山口君はビビリ気味だ。
「大川、次誘いに行くぞ、次」
いきなり明るい声を出して、岡島君はあたしの腕を取る。そのままひきずられるように、あたしは歩き出した。
足が、うまく動かない。
うまく、頭が回らない。
何の話をしていたっけ? 郁ちゃんと、ほーちゃんが?
会ってた? 待ち合わせをしていた?
――遊ぶ約束してるの、聞いたやつがいるんだよ。ゴールデンウィークの初日の待ち合わせの話をしてたって。
ああ。本当だったんだ。
――ほーちゃんと郁ちゃん、付き合ってるらしいよ。
やっぱり、そうなの?
覚悟は決めていた。諦める心の準備もしていた。
終わりになるって、わかってた。でも、こんな早いなんて、思ってなかったよ。
「大川」
力強い声に、はっと顔を上げる。
いつの間にか、廊下の隅に連れて来られていた。
階段の後ろ側だから、一目にはつかない。
「大丈夫か?」
「え? え……よく、わかんない」
追いついていない。まだ、受け入れ切れてない。
だって。
本当か嘘か、まだわからないもの。
他人の空似の待ち合わせ風景を、山口君が勘違いした可能性だってあるし、恋人同士じゃなくたって、異性同士で遊ぶことだってある。
付き合ったという、確証はやっぱりまだ無いんだよ。
わかってる。ただ単にそう思いたいだけだっていうのも。
でも、そう思わなきゃ、やっていけないじゃない。
「大川は、どうしたい?」
「なに? どうしたいって、なにを?」
「このまま何も聞かなかったふりするか? それとも、ほーか竹永さんに、二人の関係を確認するか?」
岡島君は少しだけ身をかがませて、あたしの目線と同じ高さに自分の目線を持ってくる。優しい眼差しが、真っ白な頭の中に入り込んで、色を取り戻させてくれる。
「どうしよう……」
声が震える。
抑えきれない。今まで、何があっても隠していた感情を、もう隠せない。
「大川。お前、玉砕覚悟でぶつかったこと、あるのかよ?」
玉砕覚悟? そんなの、怖くて無理。
「自分のこと、守りすぎ。鎧が固すぎるんだよ。なあ、大川。自分のこと、さらけ出したって誰も逃げない。もっと素直になれ」
無神経なやつ。あたしの弱さを、はっきりと自覚させないでよ。
「俺も協力するから」
ポン、と肩を叩かれた瞬間、涙がぼろりとこぼれた。卑怯だ。こんな優しさ、卑怯だよ。
「どうして、岡島君は、あたしにかまってくれるの」
嗚咽が混じって震える声を振り絞る。岡島君は目を中空に漂わせて、優しく笑った。
「俺と似てるから」
***
急遽決まったカラオケ大会だが、なんやかんやで十五人集まった。
欠席のほーちゃんはただのサボりだったようで、駅前の集合場所で待っているとのことだった。
「あれ、郁ちゃんは帰るんだ」
智美が机に座りながら、カバンを抱えて歩いていく郁ちゃんの姿を目で追っている。
嘘。郁ちゃん、帰っちゃうの?
「あ! 郁ちゃん! 今日どうすんの?」
慌てて大声で呼びかけると、郁ちゃんは肩をびくりと震わせて、食われる寸前の小動物みたいなおびえた目をあたしに向けた。
「ごめん、用事があるから」
「何時から?」
「何時って、ええと……」
なんか、怪しい。
行きたくないのかな? クラスの連中と遊びたくない? でも、こんな風に逃げてたら、ますます孤立するんじゃない?
郁ちゃん自体はいい子だけど、こういう風に外れようとする子っていうのは、どうしても周りに敬遠されてしまう。
朝、郁ちゃんの様子を見に来ていた茜が心配していたのは、郁ちゃんのこういう部分なんだろう。
「茜が心配してたよ。最近、一緒に帰ってくれないって」
郁ちゃんの表情が、少しだけ崩れた。
「郁ちゃん、最近元気無いし。カラオケ行ってうさを晴らそうよ」
放っておけなくなる。郁ちゃんて、母性本能をくすぐるタイプの子なのかもしれない。
不器用で不安定で、それなのに妙に凛々しい。誰の手も必要ないって顔してるけど、根の部分は違うんじゃないかって思わせる。
誰にも懐かない野良猫みたい。心を許せる人を見つけたら、その人にだけしか見せない表情があるようなかんじ。
だから、惹かれるのかもしれない。
うつむきがちになった顔を隠す前髪の向こうで、少しだけ潤んだ郁ちゃんの瞳を見つける。
「……うん。用事は明日に回す」
「そうこなくっちゃ!」
***
駅前で待ち合わせをしたほーちゃんと合流し、カラオケへと向かう。
ほーちゃんの私服姿、初めて見た。
赤いロゴの入ったTシャツの上からジャケットを羽織っていて、ダメージの効いたジーパンを履いている。
私服姿って、新鮮。
少しだけ、彼の私生活に触れたような気になる。
どんな風に買い物をして、どんなところで遊んでいるんだろう。ふくらむ想像は、すぐにしぼんでいく。
郁ちゃんは、つい最近、ほーちゃんの私服姿を見たのだろうか。
あたしよりももっと近い距離で。二人だけの場所で。
だめだ。何を考えてもネガティブになる。
岡島君だって協力してくれるって言ってくれた。だから、ちゃんと確認するまで、マイナスの想像はしない。
そう決めて、ずんずんと歩いていたら、カラオケボックスについた。
十五人の大所帯だったため、カラオケは予約を取っていた。おかげですんなり中に入る。
いつの間にか、愛美と朝子がほーちゃんの後ろをキープして歩いていて、そのままの流れで、カラオケの席順もほーちゃんの隣をゲットしていた。
思わず郁ちゃんの姿を探すと、郁ちゃんはほーちゃんから対角線のソファーに座っていた。一番離れた場所だ。
二人の距離が、気になった。
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