1:神様の奇跡。
誰かを好きになるなんていうのは、本当に自然に生まれてくる感情で、気付けば恋に落ちてる。
でも、気持ちを伝えるという行為は死ぬほど難しくて、もたもたしてる間に、別の誰かが彼に恋をして、彼の横にいる。
あたしは、そんな時でも、笑っている。
にこにこと笑って、友達ヅラして、「おめでとう」なんてのん気な言葉を口にする。
一人になれば、そんな自分が嫌で涙を流して、それでも、人前では笑うことしか出来ない。
好きになった人がいた。
無意識の内に、背中を追いかけていた。
けれど、彼は……私じゃない、別の子に恋をしていた。
そんな時でもあたしは笑っているのだ。
あたしは、あたしという人間を演じている。明るく笑ういつでも元気な子。
それがあたしという人間だと、みんなが言うから。
泣きたい時もつらい時も、何も悩みが無いような顔をして笑うのだ。
***
始業式の日。あたしはこぼれる笑みを隠し切れずにいた。
高校三年、受験という戦いを目の前にして、浮かれている。
昇降口に張り出されたクラス名簿。
ずらりと並んだ文字の一角。あたしの名前のすぐ近くに、彼の名前があったのだ。
『佐村豊介』。あたしの、好きな男の子。
「晶子! 同じクラスだよー!」
いきなり首にタックルをくらって、よろけながら隣にたった子を睨む。
「痛いんだけど!」
「晶子、これで、三年間同じクラスじゃーん。すっごい腐れ縁! まじうざい!」
「失礼にもほどがある」
「また並んでるしね。大川、加島。まじうざい」
加島智美とは一年の時から同じクラスで、二年も一緒。つまり、三年間同じクラスということが、今この瞬間判明した。
智美はがさつで乱暴者だけど、意外に友達思いの熱い女だ。高校で一番仲良くなった友達かもしれない。
あたしよりも十センチくらい背の高い彼女を見上げて、「最悪だね」と笑いかけると、智美はあたしの短い髪をくしゃくしゃにしながら「最悪最悪」とちっとも最悪じゃなさそうに微笑んだ。
「ほーちゃんも、同じクラスじゃない!」
「ね。奇跡! 日ごろの行いがいいからかな」
ほーちゃんというのは、佐村豊介のことで、友達の多い彼は三年生のほとんどに『ほーちゃん』だとか『ほー』とか呼ばれている。
「神様が哀れんでくれたんだよ。よかったねえ」
憎まれ口を叩いてくる智美の顔を叩くまねをしていたら、佐村豊介の姿を見つけてしまった。
クシャクシャの黒髪と黒目の大きな瞳。犬みたいな目をくるくるとさせて、同じクラスになった女子としゃべっている。
胸がぎゅっと痛くなって、持っていたカバンを握りしめた。
男女問わず誰とも仲良くなれる彼のああいう姿は、何度見ても苦しくなる。彼の長所なのに、あたしにとっては一番嫌なところ。でも、そういう彼が、あたしは好きなのだ。
もどかしい。
わけ隔てなく人に接する彼が、自分だけを特別に扱ってくれないか、ひっそりと望んでる。
世の中、そんなに甘くないのもわかってるから、あたしはこうして眺めていることしかできない。
気持ちがぐるぐる回る。同じクラスになったことが嬉しいのに、何か、もやもやしたものが心を占めてる。
近くにいるってことは、見たくないことも見なくちゃいけなくなるってことだ。
***
人を好きになるのは、楽しいことや嬉しいことがたくさんある反面、苦しみとか悲しみだって波のように襲いかかってくる。
図書室の窓越しに移ろいゆく空を眺めながら、何度となくため息をついた。
時折、ものすごく疲れる。
笑っていることが。
あたしという人間が、本当にこういう人間なのか、わからなくなる。
ほーちゃんと昇降口でしゃべっていたあの子――竹永郁のことを思い返す。長い髪と、気だるそうな無表情。きれいな顔立ちをしているのに、目線はどことなく鋭くて、人を遠ざける。
あたしとは、正反対の女の子。
顎のラインで切り落とされた、自分の髪をなでる。
女の子らしさを強調してくれるロングヘア。ついついいつも切ってしまうけど、伸ばした方がかわいくみえるのかな……。
誰かと自分を比べたって、空しくなるのなんてわかってる。
それでも、いつも他人と自分を比べて、何もない自分を卑下したくなる。
あたし、どうして笑ってるんだろう。
あたしが本音をぶちまけたら、皆、どう思うんだろう。
神様。
あたしは、奇跡とか運命とかを、信じています。
だから、少しだけ。
たまには泣いてもいいですか?
明日も更新します。