18:理由なんてつかめないけど。
「あれ、茜じゃん」
教室をのぞく女の子を発見して声をかけると、お団子頭のその子がばっとあたしを見た。
「晶子ー! 郁、まだ登校してないよね?」
「郁ちゃんはいつもギリギリ登校だよ。どうしたの?」
三組に在籍する吉沢茜とは一年の時同じクラスだった。一年の時から郁ちゃんと仲良くしていて、二年の時も確か同じクラスだったはずだ。
「今日こそはって思ったんだけどなあ」
「なに? なんかあったの?」
「三年なってから、あんまり一緒に下校してくれなくなってさあ。心配で心配で。棟も違うから、なかなか会えないし。あの子、あんまり感情を顔に出さないでしょ? 今日は一緒に帰って話がしたかったんだよねえ」
「今日はダメ。うちのクラス、カラオケ大会だもん。郁ちゃんも誘うだろうから」
えー! と不満の声をあげる茜だが、ほっとした表情になった。
不思議に思って首をかしげると、それに気付いた茜が弁解するように笑う。
「あ、クラスで孤立してるのかなって不安だったんだよ。ちゃんと誘ってもらえたりするんだと思って、安心した。晶子。郁のこと、頼むよ。あの子、大体ぶっちょーづらしてるけど、いい子なんだよ」
「知ってる」
「さすが、晶子!」
おもいっきりどつかれて、よろよろとよろける。この子、馬鹿力なんだよな……。
「またあとでメールしてみるわ。最近さあ、あたし、郁のことストーカーしてる人みたいになってるんだけど。あたしの愛が強すぎて、郁に逃げられたのかしら」
「ありえるね」
ショックだ! と顔をムンクの叫びみたいに変えて「もう教室戻るわー」とそのままの表情で行ってしまった。
茜。その顔、やばい。
***
「ね、郁ちゃん」
椅子の背もたれに寄りかかりながら、ようやく登校してきた郁ちゃんに話しかける。
憂鬱そうに机に彫られた字をなぞっていた郁ちゃんは、ぼんやりとした目をあたしに向けた。
疲れてるのかな?
土日、何してたの? ほーちゃんと遊んでたの? 二人で会ったの?
質問したいことは山ほどあるけど、聞く気にはなれない。
知りたくないって思ってるくせに、真実を知りたいという好奇心もあって、あたしの目はたぶん爛々と光ってる。
とにかく、だ。カラオケに誘ってみよう。
郁ちゃんと話がしてみたい。
もし、二人が付き合うことになっていたのなら、郁ちゃんがどういう子なのか、見極めたい。
高一の時に同じクラスになったとはいえ、お互いのことを深く知るほど親しかったわけじゃない。
好きな人と付き合ってるかもしれない子を見極めようなんて、上から目線もいいとこだ。あたしは一体何様?
でも、知りたいじゃない。
諦める理由を、見つけたいじゃない。
そう思って、うなだれたくなる。
あたし、もう諦めようとしてるんだ。終わりにしようと、してる。
「あのね」
今日の放課後、皆でカラオケ行かない? そう誘おうと思ったのに、一限目の授業の教師が教室に入ってきてしまった。
慌てて前に向き直る。
目の端に、誰もいない席が映る。
今日は、ほーちゃんもお休みのようだ。
いつも中心で話す人がいないだけで、クラスはいつもより静けさを漂わせる。存在感の大きさが身に沁みて、後ろから声が聞こえないことに寂しくなった。
***
休み時間のうちに、手当たり次第で女子に声をかけていく。
急な話だから断る子も多いけど、女子はあたしを含めて六人集まった。
「じゃ、放課後ね!」
オッケーをくれた子に手をふって、自分の席に戻ると、郁ちゃんが死んだように机に突っ伏しているのを発見した。
疲れてる。完璧に。
「郁ちゃん」
体は起こさず目だけをあげて、あたしを見る。
少し目が潤んでいるのが、気になった。
短い髪を掻きながら、何も気付いてないふりをしてあたしはにんまりと笑う。
「今日、ひま?」
「……なんで?」
様子を伺う野良猫みたいな目をする。
「皆でカラオケ行こうって話になってるんだよね。郁ちゃん、まだその話聞いてないでしょ? 暇だったら、一緒に行かない?」
のるかそるか。ほーちゃんを遊びに誘うより緊張するかも。
郁ちゃんって、何考えてるか、いまいちわからないんだもん。
体を起こした郁ちゃんは、長い髪を片手ですいて、迷うような表情を見せる。
「……考えとく」
「了解。これで十二人かな。けっこう集まるかもね」
男子は今のところ五人集まるって岡島君が言ってたから、これで十二人。うん、いいかんじ。
岡島君に報告しよう。
岡島君の姿を探していたら、チャイムが鳴ってしまった。休み時間って、短い。
席に座り、青空を仰ぐ。
晴れ渡る空を鳥が悠々と泳ぐ。遠くの方から、電車が線路を走るガコンガコンという音が聞こえてくる。耳を澄まさなければ聞こえてこないくらいの、小さな音だ。
のどかな一日を、目を閉じて感じる。
窓の隙間から流れてくる風が、むき出しの首をなでる。
髪の毛を伸ばしてみよう。
少し、女らしく見えるように。
冬になったら、肩下までは伸びているかな。伸ばせたら、首周りがあったかくなるだろう。
諦める準備を、淡々とし始めていた。
確証なんて得てないくせに、心がすでに覚悟を決め始めていたのだ。
なぜだろう。
敗北を悟ったから?
郁ちゃんに敵わないと、思っているから?
なんとなく、そうじゃないとは思う。
理由なんて、まだつかめない。
でも、これが運命なんだと、妙な悟りを開き始めていた。