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空を歩く。  作者: きよこ
19/29

18:理由なんてつかめないけど。

「あれ、茜じゃん」


 教室をのぞく女の子を発見して声をかけると、お団子頭のその子がばっとあたしを見た。


「晶子ー! 郁、まだ登校してないよね?」

「郁ちゃんはいつもギリギリ登校だよ。どうしたの?」


 三組に在籍する吉沢茜とは一年の時同じクラスだった。一年の時から郁ちゃんと仲良くしていて、二年の時も確か同じクラスだったはずだ。


「今日こそはって思ったんだけどなあ」

「なに? なんかあったの?」

「三年なってから、あんまり一緒に下校してくれなくなってさあ。心配で心配で。棟も違うから、なかなか会えないし。あの子、あんまり感情を顔に出さないでしょ? 今日は一緒に帰って話がしたかったんだよねえ」

「今日はダメ。うちのクラス、カラオケ大会だもん。郁ちゃんも誘うだろうから」


 えー! と不満の声をあげる茜だが、ほっとした表情になった。

 不思議に思って首をかしげると、それに気付いた茜が弁解するように笑う。


「あ、クラスで孤立してるのかなって不安だったんだよ。ちゃんと誘ってもらえたりするんだと思って、安心した。晶子。郁のこと、頼むよ。あの子、大体ぶっちょーづらしてるけど、いい子なんだよ」

「知ってる」

「さすが、晶子!」


 おもいっきりどつかれて、よろよろとよろける。この子、馬鹿力なんだよな……。


「またあとでメールしてみるわ。最近さあ、あたし、郁のことストーカーしてる人みたいになってるんだけど。あたしの愛が強すぎて、郁に逃げられたのかしら」

「ありえるね」


 ショックだ! と顔をムンクの叫びみたいに変えて「もう教室戻るわー」とそのままの表情で行ってしまった。

 茜。その顔、やばい。



 ***



「ね、郁ちゃん」


 椅子の背もたれに寄りかかりながら、ようやく登校してきた郁ちゃんに話しかける。

 憂鬱そうに机に彫られた字をなぞっていた郁ちゃんは、ぼんやりとした目をあたしに向けた。


 疲れてるのかな?


 土日、何してたの? ほーちゃんと遊んでたの? 二人で会ったの?

 質問したいことは山ほどあるけど、聞く気にはなれない。


 知りたくないって思ってるくせに、真実を知りたいという好奇心もあって、あたしの目はたぶん爛々と光ってる。


 とにかく、だ。カラオケに誘ってみよう。


 郁ちゃんと話がしてみたい。

 もし、二人が付き合うことになっていたのなら、郁ちゃんがどういう子なのか、見極めたい。

 高一の時に同じクラスになったとはいえ、お互いのことを深く知るほど親しかったわけじゃない。


 好きな人と付き合ってるかもしれない子を見極めようなんて、上から目線もいいとこだ。あたしは一体何様?


 でも、知りたいじゃない。

 諦める理由を、見つけたいじゃない。


 そう思って、うなだれたくなる。

 あたし、もう諦めようとしてるんだ。終わりにしようと、してる。


「あのね」


 今日の放課後、皆でカラオケ行かない? そう誘おうと思ったのに、一限目の授業の教師が教室に入ってきてしまった。

 慌てて前に向き直る。

 目の端に、誰もいない席が映る。


 今日は、ほーちゃんもお休みのようだ。

 いつも中心で話す人がいないだけで、クラスはいつもより静けさを漂わせる。存在感の大きさが身に沁みて、後ろから声が聞こえないことに寂しくなった。



 ***



 休み時間のうちに、手当たり次第で女子に声をかけていく。

 急な話だから断る子も多いけど、女子はあたしを含めて六人集まった。


「じゃ、放課後ね!」


 オッケーをくれた子に手をふって、自分の席に戻ると、郁ちゃんが死んだように机に突っ伏しているのを発見した。


 疲れてる。完璧に。


「郁ちゃん」


 体は起こさず目だけをあげて、あたしを見る。

 少し目が潤んでいるのが、気になった。

 短い髪を掻きながら、何も気付いてないふりをしてあたしはにんまりと笑う。


「今日、ひま?」

「……なんで?」


 様子を伺う野良猫みたいな目をする。


「皆でカラオケ行こうって話になってるんだよね。郁ちゃん、まだその話聞いてないでしょ? 暇だったら、一緒に行かない?」


 のるかそるか。ほーちゃんを遊びに誘うより緊張するかも。

 郁ちゃんって、何考えてるか、いまいちわからないんだもん。


 体を起こした郁ちゃんは、長い髪を片手ですいて、迷うような表情を見せる。


「……考えとく」

「了解。これで十二人かな。けっこう集まるかもね」


 男子は今のところ五人集まるって岡島君が言ってたから、これで十二人。うん、いいかんじ。

 岡島君に報告しよう。


 岡島君の姿を探していたら、チャイムが鳴ってしまった。休み時間って、短い。


 席に座り、青空を仰ぐ。

 晴れ渡る空を鳥が悠々と泳ぐ。遠くの方から、電車が線路を走るガコンガコンという音が聞こえてくる。耳を澄まさなければ聞こえてこないくらいの、小さな音だ。


 のどかな一日を、目を閉じて感じる。


 窓の隙間から流れてくる風が、むき出しの首をなでる。


 髪の毛を伸ばしてみよう。

 少し、女らしく見えるように。

 冬になったら、肩下までは伸びているかな。伸ばせたら、首周りがあったかくなるだろう。


 諦める準備を、淡々とし始めていた。

 確証なんて得てないくせに、心がすでに覚悟を決め始めていたのだ。


 なぜだろう。


 敗北を悟ったから?

 郁ちゃんに敵わないと、思っているから?


 なんとなく、そうじゃないとは思う。

 理由なんて、まだつかめない。


 でも、これが運命なんだと、妙な悟りを開き始めていた。



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