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空を歩く。  作者: きよこ
18/29

17:本当に恋してた?

 ゴールデンウィークを迎えた二六日。

 あたしは一人ショッピングに出かけた。家にいても煮詰まるだけだし、違うことを考えたい。


 駅ビルの中を歩きながら、お気に入りの洋服屋を回り、一通り見終わった後で、目的の店へと歩を進める。


 いつもは食い入るように眺めるだけのアクセ屋の前で足を止め、ぼんやりとウィンドウに飾られたリングを見る。


 ピンクゴールドの細身のピンキーリング。


 高校生のあたしがおいそれと買える値段じゃないから、いつも眺めているだけ。

 こういうものへの憧れと似ているのかもしれない。手に入らないとわかっているけど、喉から手が出るほど欲してる。


 手を伸ばせば、頑張れば。自分のものになるかもしれないという淡い期待が、いつも胸の中で潜んでた。

 だけど、誰かがそれを手に入れてしまえば、もうあたしのものにはならない。


 眺めて満足してるだけじゃ、何も起こりやしない。


 あたしは、自分の状況を哀れんで、恋という酒にすっかり酔わされていたんだ。


 勝負もしないでくやしがったって、そんなのただの負け惜しみに過ぎない。


「すいません」


 ウィンドウから顔を上げ、レジにいた店員さんに声をかける。


「はい?」


 優しい微笑を浮かべているけど、どこかタカをくくってるかんじがする。高校生はお呼びじゃないって顔をしてる。


 わかってます。あたしが買うには高いよね。


「あの、このピンクゴールドのリング、下さい」

「え? こちらですか?」


 冷やかしでしょ? って言いたげだ。


「これ、買います」

「かしこまりました。ご試着されますか?」


 張り付いた笑みを浮かべる店員さんに、あたしも笑顔を返しながら小指にリングをはめてみた。

 手を掲げて、リングのはまった指を見る。


 白い光に照らされて、キラキラと反射する。

 金属の光沢感とピンクゴールドの優しい輝き。

 ずっと、ほしかったんだもん。


「これで大丈夫です。お願いします」


 財布に入ったなけなしのお金をすべて取り出して、差し出す。


 智美が言ってたこと、なんとなくわかるんだよ。恋愛をしてないって、そう言ってたけど。


 見ているだけの切ない状況を、悲劇のヒロインに仕立て上げられる舞台を、楽しんでいただけなんじゃない?

 本当の恋をしてたといえる?


 愚かだ。こっけいとしかいいようがない。


 ちくしょう、声には出さずに口の中だけで愚痴を充満させて、手に入れたリングを指にはめる。


 こんな風に簡単に手に入るものなら良かった。

 欲するものは世の中にただひとつだけ。ただ一人しかいない。


 ちくしょう。ちくしょう。

 くり返しくり返し心の中で吐き出して、渦巻くどす黒い感情を魔女の鍋みたいに煮えたぎらせる。


 あたしは何がしたかったのか。ちゃんと恋をしていたと言えたのか。

 答えの見い出せない今は、ただこの不愉快な気持ちと付き合っていくしかない。


 確信を得るまでは。すべて心の奥底に押し込んでいよう。

 その時が来たら、あたしは何を思い、何をするのだろう。

 答えなんて見つけられない。だったら、答えが出るまで、待つしかないんだ。




 駅ビルの外は太陽の名残りをしのばせる。

 夕方が近付いてる。ゆっくりとおちていく太陽の光が雲に反射して、薄いピンク色に輝く。

 さっき買ったリングと同じ色だ。


 見上げながら、目の奥から喉に流れてくる液体をごくりと飲み込んだ。

 泣いてたまるか。

 まだ泣く時じゃない。


 目をつぶり、遮断されても差し込んでくる淡い光に、まぶたにまでしっかりと流れる血潮を感じる。


 どこかの場所で、郁ちゃんとほーちゃんは二人の時間を過ごしている。あたしはひとり、こんなところで意地を張っている。


 ふと、世界に自分以外の人間が本当は存在していないんじゃないかと、馬鹿げたことを考えた。

 こうして笑ったり悩んだり悲しんだりしている人間は自分だけで、あとはあたしが作り出した虚構なんじゃないかと。

 あるわけがない妄想に取り付かれて、無性に怖くなる。

 一人なのかもしれないという孤独感がふつふつと沸きあがって、身震いをする。


 ちらつく一番星を見つけて、短く息を吐いた。


 しっかりしなきゃいけない。もっと強くならないといけない。



 ***



 土日を挟んで、また学校が始まる。二八日は普通に授業、二九日はまた休みだ。

 教室に入ると、いつもより人が少ないことに気付く。連休前に「サボり宣言」していたやつらが案の定いない。


「あ、大川」

「んー?」


 机に座った途端に突っ伏したあたしに、岡島君が声をかけてきた。

 だるい声を発したら、岡島君は「休み疲れか?」と苦笑する。


「今日、カラオケ行くことにしたんだよ」

「いつの間に?」

「二四日あたりかな。俺とほーでちょっくら歌いにでも行くかって話しててさ」


 そのほーちゃんの姿が見えない。

 まあ、まだ始業時間には早いから、これから来るのかな。でもほーちゃんがいつも登校してくる時間は過ぎてる。寝坊でもしたのかな。


「大川、女子に声かけろよ。俺は男子に声かけるからさ。親睦会の時みたいに大人数で騒ごうぜ」

「了解」

「あたしも行くー!」


 あたしを後ろから抱きしめながら、愛美がいきなり話に加わってきた。けっこう強烈に抱きしめれて、ごほっと咳が出た。


「よし、これで四人だな。加島にも声かけとけよ」

「はーい」


「うむ。いい返事だ」と偉そうに言って、岡島君は他の男子達の輪に加わっていった。

 あたしに抱きつきっぱなしの愛美の手を軽く叩いて、くるりと向き直る。


「大丈夫?」


 休み前の愛美の涙を思い出して、ついそう聞いてしまった。


「何が?」

「何がって……うん」


 教室で話すようなことではない気がして口ごもると、愛美はきれいにメイクされた目をしぱたかせ、にっこりと笑ってくれた。


「大丈夫だよ」




いなくなってからわかる存在の大切さ。

今、私はそれを実感していたりします。

一緒にいると、嫌なところばかりが目に付いてしまうけど、いなくなってしまった途端に、その存在の大きさとか重要さに気付くんですよね。



……職場の方が異動でいなくなりました(涙)

残されたのは、膨大な業務(涙)

こんなんをしっかりまわしてたのか(涙)

すごいよ、○○さん(涙)





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