17:本当に恋してた?
ゴールデンウィークを迎えた二六日。
あたしは一人ショッピングに出かけた。家にいても煮詰まるだけだし、違うことを考えたい。
駅ビルの中を歩きながら、お気に入りの洋服屋を回り、一通り見終わった後で、目的の店へと歩を進める。
いつもは食い入るように眺めるだけのアクセ屋の前で足を止め、ぼんやりとウィンドウに飾られたリングを見る。
ピンクゴールドの細身のピンキーリング。
高校生のあたしがおいそれと買える値段じゃないから、いつも眺めているだけ。
こういうものへの憧れと似ているのかもしれない。手に入らないとわかっているけど、喉から手が出るほど欲してる。
手を伸ばせば、頑張れば。自分のものになるかもしれないという淡い期待が、いつも胸の中で潜んでた。
だけど、誰かがそれを手に入れてしまえば、もうあたしのものにはならない。
眺めて満足してるだけじゃ、何も起こりやしない。
あたしは、自分の状況を哀れんで、恋という酒にすっかり酔わされていたんだ。
勝負もしないでくやしがったって、そんなのただの負け惜しみに過ぎない。
「すいません」
ウィンドウから顔を上げ、レジにいた店員さんに声をかける。
「はい?」
優しい微笑を浮かべているけど、どこかタカをくくってるかんじがする。高校生はお呼びじゃないって顔をしてる。
わかってます。あたしが買うには高いよね。
「あの、このピンクゴールドのリング、下さい」
「え? こちらですか?」
冷やかしでしょ? って言いたげだ。
「これ、買います」
「かしこまりました。ご試着されますか?」
張り付いた笑みを浮かべる店員さんに、あたしも笑顔を返しながら小指にリングをはめてみた。
手を掲げて、リングのはまった指を見る。
白い光に照らされて、キラキラと反射する。
金属の光沢感とピンクゴールドの優しい輝き。
ずっと、ほしかったんだもん。
「これで大丈夫です。お願いします」
財布に入ったなけなしのお金をすべて取り出して、差し出す。
智美が言ってたこと、なんとなくわかるんだよ。恋愛をしてないって、そう言ってたけど。
見ているだけの切ない状況を、悲劇のヒロインに仕立て上げられる舞台を、楽しんでいただけなんじゃない?
本当の恋をしてたといえる?
愚かだ。こっけいとしかいいようがない。
ちくしょう、声には出さずに口の中だけで愚痴を充満させて、手に入れたリングを指にはめる。
こんな風に簡単に手に入るものなら良かった。
欲するものは世の中にただひとつだけ。ただ一人しかいない。
ちくしょう。ちくしょう。
くり返しくり返し心の中で吐き出して、渦巻くどす黒い感情を魔女の鍋みたいに煮えたぎらせる。
あたしは何がしたかったのか。ちゃんと恋をしていたと言えたのか。
答えの見い出せない今は、ただこの不愉快な気持ちと付き合っていくしかない。
確信を得るまでは。すべて心の奥底に押し込んでいよう。
その時が来たら、あたしは何を思い、何をするのだろう。
答えなんて見つけられない。だったら、答えが出るまで、待つしかないんだ。
駅ビルの外は太陽の名残りをしのばせる。
夕方が近付いてる。ゆっくりとおちていく太陽の光が雲に反射して、薄いピンク色に輝く。
さっき買ったリングと同じ色だ。
見上げながら、目の奥から喉に流れてくる液体をごくりと飲み込んだ。
泣いてたまるか。
まだ泣く時じゃない。
目をつぶり、遮断されても差し込んでくる淡い光に、まぶたにまでしっかりと流れる血潮を感じる。
どこかの場所で、郁ちゃんとほーちゃんは二人の時間を過ごしている。あたしはひとり、こんなところで意地を張っている。
ふと、世界に自分以外の人間が本当は存在していないんじゃないかと、馬鹿げたことを考えた。
こうして笑ったり悩んだり悲しんだりしている人間は自分だけで、あとはあたしが作り出した虚構なんじゃないかと。
あるわけがない妄想に取り付かれて、無性に怖くなる。
一人なのかもしれないという孤独感がふつふつと沸きあがって、身震いをする。
ちらつく一番星を見つけて、短く息を吐いた。
しっかりしなきゃいけない。もっと強くならないといけない。
***
土日を挟んで、また学校が始まる。二八日は普通に授業、二九日はまた休みだ。
教室に入ると、いつもより人が少ないことに気付く。連休前に「サボり宣言」していたやつらが案の定いない。
「あ、大川」
「んー?」
机に座った途端に突っ伏したあたしに、岡島君が声をかけてきた。
だるい声を発したら、岡島君は「休み疲れか?」と苦笑する。
「今日、カラオケ行くことにしたんだよ」
「いつの間に?」
「二四日あたりかな。俺とほーでちょっくら歌いにでも行くかって話しててさ」
そのほーちゃんの姿が見えない。
まあ、まだ始業時間には早いから、これから来るのかな。でもほーちゃんがいつも登校してくる時間は過ぎてる。寝坊でもしたのかな。
「大川、女子に声かけろよ。俺は男子に声かけるからさ。親睦会の時みたいに大人数で騒ごうぜ」
「了解」
「あたしも行くー!」
あたしを後ろから抱きしめながら、愛美がいきなり話に加わってきた。けっこう強烈に抱きしめれて、ごほっと咳が出た。
「よし、これで四人だな。加島にも声かけとけよ」
「はーい」
「うむ。いい返事だ」と偉そうに言って、岡島君は他の男子達の輪に加わっていった。
あたしに抱きつきっぱなしの愛美の手を軽く叩いて、くるりと向き直る。
「大丈夫?」
休み前の愛美の涙を思い出して、ついそう聞いてしまった。
「何が?」
「何がって……うん」
教室で話すようなことではない気がして口ごもると、愛美はきれいにメイクされた目をしぱたかせ、にっこりと笑ってくれた。
「大丈夫だよ」
いなくなってからわかる存在の大切さ。
今、私はそれを実感していたりします。
一緒にいると、嫌なところばかりが目に付いてしまうけど、いなくなってしまった途端に、その存在の大きさとか重要さに気付くんですよね。
……職場の方が異動でいなくなりました(涙)
残されたのは、膨大な業務(涙)
こんなんをしっかりまわしてたのか(涙)
すごいよ、○○さん(涙)