15:疑ったほうがいい。
本当に些細なことなのかもしれないけど。
誰かが、あたしのことを少しでも気にかけてるってわかったら、世界にあたしはちゃんと存在してるんだって気がして、少し嬉しくなった。
友達はフィフィティフィフィティだ。
どれだけ自分のことを見て、って思っても、あたしだけがその子の全てにはならない。
でも、彼氏は違う。
ただ一人だけ。あたしだけを見てくれる。
そんな存在が、欲しくてしかたないのかもしれない。
寂しいのかも。
ああ、寂しいんだ。
***
「ねえ、連休どうするの?」
「あー……勉強?」
「やだー。遊びたいー!」
あたしの机の前に座った女子がわめいて、机をがたがたと揺らす。
プリント落ちたんだけど。揺らすのやめろ。
今、目の前にいる朝子と愛美は、このクラスの問題児。子犬のようにキャンキャンうるさいし、興味があるのはメイクと音楽だけ。勉強なんてする気なし。
ほーちゃんの後ろの席にいる愛美は、ほーちゃんがお気に入りみたいで、いつも彼に話しかけてる。
でも、なんとなーくライバル視する気になれないのは、ほーちゃんの目が、この二人にして若干呆れ気味だからだ。
あたしも呆れることが多いけど、悪い子たちじゃないから、それなりに仲良くしてる。
問題児、朝子と愛美はクルクルに巻いた髪の毛をいじりながら、艶めいた唇を動かす。
「晶子、映画観に行こうよ」
「いいよ」
「晶子は余裕だねえ。受験勉強してんの?」
「それなりにね」
「うわ、やなかんじ」
余裕ですよ、とにやついて、ゴールデンウィーク前の浮かれた教室を端から端まで眺めた。
今年の連休は飛び石連休だ。休みが連続しない。中にはすでにサボる予定でいるヤツまでいるんだから、このクラスの勉強への意欲の低さは呆れるばかりだ。
人のこと言えないけどさ。
「晶子は、保育科だっけ?」
「うん。資格とっておきたいから。年取ってからも役立つ資格だし」
「あんた、そういうところ、ばばくさいよね」
失礼な。将来設計を真面目にしていると言ってくれ。
「あーあ。晶子はなんだかんだ言ってしっかりしてるよね。あたし、将来のことなんて何も考えてないよ。大学行ってから考えればいっかーって思ってるし」
「あんた、絶対、大学行ったらまた同じこと言うよ。とりあえずフリーターになって、それから好きな仕事でも探せばいっかーって」
「あー……ありうる。怖いわー。未来が怖いわー」
アホな二人のアホな会話に適当に相槌を打ちながら、連休のことを考える。
特に予定無い。今年はあたしの受験を配慮して(よけいな配慮なんだよな)家族旅行も無し。
「あ、ねえ。郁ちゃん! 郁ちゃんはゴールデンウィーク暇!?」
トイレにでも行っていたのか席をはずしていた郁ちゃんが、いつものすました表情で戻ってきた。
いきなり声をかけられて目を丸くしていたが、すぐに柔らかい笑顔を取り戻す。
「五月入ってからなら暇だよ」
「遊ぼうよー! 郁ちゃんと遊びたーい」
小学生みたいな遊びの誘い方をするなよ。ついそう言いたくなったけど、郁ちゃんが戸惑いながらも少し嬉しそうにはにかんだのを見て、ちょっとときめく。
いや、なんかね。郁ちゃんって、かわいいんだよね。こういう時の表情がさ。
「……うん。遊ぶ日わかったら、言って」
「オッケー。郁ちゃんと遊ぶの初めて! 楽しみー!」
郁ちゃんが席についたのと同時に、二人もあたしの机の前にしゃがみこむ。
パンツ見えそうです。気をつけて。
「ねえ、晶子はさ」
「ん?」
いきなり小声になるから、あたしも合わせて声のトーンを落とす。
「どう思う? ほーちゃんと、郁ちゃん」
「どう思うって?」
「ほーちゃんさ、郁ちゃんにかまってんじゃん。あたし、ゴールデンウィーク中に、郁ちゃんの気持ち聞きだしてやる」
どいつもこいつも。
他人の色恋に口出しするヤツは馬に蹴られて死んでしまうんだからね。
「それで誘ったの?」
「それだけじゃないもーん。郁ちゃん、最近元気ないから、笑わせてやるんだもーん」
濃く塗ったマスカラまつげをバシバシとしばたかせて、愛美はぶうたれる。
「転げるくらい笑わせてやりなよ」
「まかせて!」
どんっと胸を叩いた愛美は、強く叩きすぎたのか思いっきりむせている。
……いや、うん。つっこまないでおこう。間抜けだね、とは。
***
「朝子と愛美。注意した方がいいよ」
「は?」
「あんたは能天気だから気付かないんだろうけどさあ」
昼休み、智美に呼び出されて中庭に赴いた。
今日は天気がいいし、気温も高め。風の無いぽかぽかの陽気に誘われて、中庭にはたくさんの生徒がたむろしている。
「郁ちゃんのこと、敵視してる」
「嘘だあ。今日、普通に遊びに誘ってたよ。郁ちゃんも嬉しそうだったし」
「あんた、そういうところ素直だよね。郁ちゃんもそうなんだろうけど。疑うってことを知った方がいいよ」
智美の少し厚いまぶたにきゅっと力が入ったのがわかった。奥二重がのめり込んで、一重に見えてしまう。智美が本気でキレ気味の時のクセだ。
「友達を疑うのはちょっとなあ……」
「友達全部が人畜無害のいいやつだと思ってんの?」
「いや、そうじゃないけど」
「利用されないようにしなよ。気をつけないと、あの子達、なんか企んでると思う」
いつになく真剣な智美の言葉に、あたしはうなずくしかなかった。