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空を歩く。  作者: きよこ
15/29

14:わからない。

「あたし、授業さぼったことなんて一度も無いんだけど、どうしてくれんのさ」


 渡された紙パックのレモンティーを受け取りながら、ぼやく。

 六組の教室から一番遠い階段の踊り場に連れて来られた。屋上に出れるのは、この階段と六組に一番近い階段の二箇所だ。

 屋上は閉鎖されているから、生徒がここに来ることは少ない。だから、サボるのには適しているのかもしれない。


「たまにはいいでしょ」

「受験生なのに」

「気にすんなー」


 気にしなきゃダメだろ。


「これのお金、あとで渡すね」


 紙パックにストローをさしながら言うと、岡島君は「おごり」と笑った。


「いいよ、出すよ」と言おうと思ったけど、鼻歌を歌ってる岡島君の顔を見ていたら、何も言う気がしなくなってしまった。あとで返せばいいか。


 屋上へ出る扉に寄りかかって座る。鉄製のドアはひんやりと冷たくて、鳥肌がたった。

 あたしの隣に岡島君も座って、コーヒー牛乳をすすってる。


「大川は大学進学?」

「あたしは短大。行くところも決めてある。楽勝」

「へえ。どおりでのんびりしてるわけだ」

「岡島君は?」

「俺は大学。推薦とれそうだしね」


 大学進学に向けて受験勉強に励んでる子も多い。あたしは幼稚園の教員免許を取るつもりでいるから、行く短大は決めている。今のあたしのレベルなら難しくない短大だ。そのせいか周りの子よりも焦りが無い。


「推薦って、スポーツ?」

「いやいや、普通の推薦。先生に聞いたら、お前なら大丈夫じゃないかってお墨付き」

「いいなあ」

「ちゃんと学校生活営んでりゃ推薦もらえるだろ。大川も先生に確認しておけよ」


 そうだよね。推薦のこと、頭から抜け落ちてた。この高校は一応進学校だけど、公立なのもあって進学に関して放任主義だ。

 少しは自分で考えていかないと、だめだよなあ。


「岡島君、きちんと考えてるんだね。意外」

「それと同じようなセリフ、図書室で聞きましたよ」

「そうだっけ?」

「大川、天然で物忘れ激しいの? それともわざとか?」

「わざとわざと」


 笑ってごまかせ。ほんとはうっかり忘れてたけど。


 岡島君は『意外』が多すぎる。見た目はナンパなスポーツマンなくせに読書家だったりさ。


 もらったレモンティーを吸い込み、静寂に耳をすませる。

 この棟の三階には、六組と七組以外の教室は教科ごとの教室になっている。その教科の授業が無い限り、普通教室から一番遠いこの場所にまで、授業の声は聞こえてこない。


 でも、大勢の人がいる気配だけは漂っているから、どうも落ち着かない。


 岡島君も無言でコーヒー牛乳をすすっていたが、ふと顔を上げた。


「わからないって気になるよな」


 急な発言に、言ってることの意味がわからず、岡島君の表情をのぞき見る。きりっとした眉毛の下の一重っぽい奥二重の目。真面目そうなのに、不真面目そう。


「俺は大川が何考えてるのかわかんねえ」

「あたし?」


 そんなこと言われるのは初めてだった。あたしを指す言葉は『能天気』とか『悩みなさそう』とか『何も考えてない』とかなのだ。

 実際何も考えてないことも多いし、反論するつもりも無い。


「何も考えてないよ」

「昨日も今日も、目が笑ってねえ。笑いながら怒るな。気味悪い」


 気味悪いって、失礼な!

 むかついて口を尖らせたら、岡島君がぶっと噴き出した。


「謝ってばっかですっげえ嫌なんだけどさあ。悪いと思ってんだよ、俺も。無神経なこと言ってる自覚はあるんだ」


 笑いながら謝られても、ちっとも謝られてる気がしないんだけど。


「笑いながら謝らないでよ。気味悪い」


 仕返しに同じ言葉を返してやった。ざまあみろ。


「本音を言わないか? むかついたんだろ?」


 ああ、もう。叱られて泣きそうな子供みたいな顔をしないでほしい。


「むかついたよ。諦めたほうがいいことくらい、あたしの方がわかってたし。ほーちゃんと二人でしゃべれたって、気持ちが向いてくれないのに一緒にいるなんてつらいんだよ」


 がっくりとうなだれた岡島君の顔が、膝の間に隠れて見えなくなってしまった。

 傷ついたかな?


 でも。ほんとのこと。つらいんだ。

 しかもあたしは、ほーちゃんの本音を探りたくて、郁ちゃんの話を自分からふってしまう。

 郁ちゃんのことを好きなの? 好きなんでしょ? って心の中でつぶやいて、彼の気持ちの一部に触れようとしてる。


 触れることで、彼があたしに本音を晒してくれたって喜びたいんだよ。

 恋人になれないなら、友達でいたい。女の子の中で、彼の一番の友達になりたい。自己満足でしかない、この気持ちを。


 あたしは嫌悪しながら、温めてる。


「でも、嬉しかったし楽しかったよ。だから、ありがとう」


 顔をあたしの方に向けてくる。今にも泣きそうな目。演技に見えるくらい、かなりふてくされた顔をしてる。


「ほんとだよ」

「俺はさあ、アホだから。言ってくれないとわかんねえんだよ。大川、隠さないで本音言ってくれよな」

「気が向いたらね」

「なんだそれ」



 ちょっとだけ、胸がすっとする。

 押し隠したものを吐き出すのは、気持ちいいものなのかもしれない。

 ミントガムをかんだ時みたいな爽快感を噛みしめながら、何かが少し、変わるのを感じていた。


 何か。心の中の何かが。ゆっくりと咲いて、淡い香りを漂わせたんだ。





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