14:わからない。
「あたし、授業さぼったことなんて一度も無いんだけど、どうしてくれんのさ」
渡された紙パックのレモンティーを受け取りながら、ぼやく。
六組の教室から一番遠い階段の踊り場に連れて来られた。屋上に出れるのは、この階段と六組に一番近い階段の二箇所だ。
屋上は閉鎖されているから、生徒がここに来ることは少ない。だから、サボるのには適しているのかもしれない。
「たまにはいいでしょ」
「受験生なのに」
「気にすんなー」
気にしなきゃダメだろ。
「これのお金、あとで渡すね」
紙パックにストローをさしながら言うと、岡島君は「おごり」と笑った。
「いいよ、出すよ」と言おうと思ったけど、鼻歌を歌ってる岡島君の顔を見ていたら、何も言う気がしなくなってしまった。あとで返せばいいか。
屋上へ出る扉に寄りかかって座る。鉄製のドアはひんやりと冷たくて、鳥肌がたった。
あたしの隣に岡島君も座って、コーヒー牛乳をすすってる。
「大川は大学進学?」
「あたしは短大。行くところも決めてある。楽勝」
「へえ。どおりでのんびりしてるわけだ」
「岡島君は?」
「俺は大学。推薦とれそうだしね」
大学進学に向けて受験勉強に励んでる子も多い。あたしは幼稚園の教員免許を取るつもりでいるから、行く短大は決めている。今のあたしのレベルなら難しくない短大だ。そのせいか周りの子よりも焦りが無い。
「推薦って、スポーツ?」
「いやいや、普通の推薦。先生に聞いたら、お前なら大丈夫じゃないかってお墨付き」
「いいなあ」
「ちゃんと学校生活営んでりゃ推薦もらえるだろ。大川も先生に確認しておけよ」
そうだよね。推薦のこと、頭から抜け落ちてた。この高校は一応進学校だけど、公立なのもあって進学に関して放任主義だ。
少しは自分で考えていかないと、だめだよなあ。
「岡島君、きちんと考えてるんだね。意外」
「それと同じようなセリフ、図書室で聞きましたよ」
「そうだっけ?」
「大川、天然で物忘れ激しいの? それともわざとか?」
「わざとわざと」
笑ってごまかせ。ほんとはうっかり忘れてたけど。
岡島君は『意外』が多すぎる。見た目はナンパなスポーツマンなくせに読書家だったりさ。
もらったレモンティーを吸い込み、静寂に耳をすませる。
この棟の三階には、六組と七組以外の教室は教科ごとの教室になっている。その教科の授業が無い限り、普通教室から一番遠いこの場所にまで、授業の声は聞こえてこない。
でも、大勢の人がいる気配だけは漂っているから、どうも落ち着かない。
岡島君も無言でコーヒー牛乳をすすっていたが、ふと顔を上げた。
「わからないって気になるよな」
急な発言に、言ってることの意味がわからず、岡島君の表情をのぞき見る。きりっとした眉毛の下の一重っぽい奥二重の目。真面目そうなのに、不真面目そう。
「俺は大川が何考えてるのかわかんねえ」
「あたし?」
そんなこと言われるのは初めてだった。あたしを指す言葉は『能天気』とか『悩みなさそう』とか『何も考えてない』とかなのだ。
実際何も考えてないことも多いし、反論するつもりも無い。
「何も考えてないよ」
「昨日も今日も、目が笑ってねえ。笑いながら怒るな。気味悪い」
気味悪いって、失礼な!
むかついて口を尖らせたら、岡島君がぶっと噴き出した。
「謝ってばっかですっげえ嫌なんだけどさあ。悪いと思ってんだよ、俺も。無神経なこと言ってる自覚はあるんだ」
笑いながら謝られても、ちっとも謝られてる気がしないんだけど。
「笑いながら謝らないでよ。気味悪い」
仕返しに同じ言葉を返してやった。ざまあみろ。
「本音を言わないか? むかついたんだろ?」
ああ、もう。叱られて泣きそうな子供みたいな顔をしないでほしい。
「むかついたよ。諦めたほうがいいことくらい、あたしの方がわかってたし。ほーちゃんと二人でしゃべれたって、気持ちが向いてくれないのに一緒にいるなんてつらいんだよ」
がっくりとうなだれた岡島君の顔が、膝の間に隠れて見えなくなってしまった。
傷ついたかな?
でも。ほんとのこと。つらいんだ。
しかもあたしは、ほーちゃんの本音を探りたくて、郁ちゃんの話を自分からふってしまう。
郁ちゃんのことを好きなの? 好きなんでしょ? って心の中でつぶやいて、彼の気持ちの一部に触れようとしてる。
触れることで、彼があたしに本音を晒してくれたって喜びたいんだよ。
恋人になれないなら、友達でいたい。女の子の中で、彼の一番の友達になりたい。自己満足でしかない、この気持ちを。
あたしは嫌悪しながら、温めてる。
「でも、嬉しかったし楽しかったよ。だから、ありがとう」
顔をあたしの方に向けてくる。今にも泣きそうな目。演技に見えるくらい、かなりふてくされた顔をしてる。
「ほんとだよ」
「俺はさあ、アホだから。言ってくれないとわかんねえんだよ。大川、隠さないで本音言ってくれよな」
「気が向いたらね」
「なんだそれ」
ちょっとだけ、胸がすっとする。
押し隠したものを吐き出すのは、気持ちいいものなのかもしれない。
ミントガムをかんだ時みたいな爽快感を噛みしめながら、何かが少し、変わるのを感じていた。
何か。心の中の何かが。ゆっくりと咲いて、淡い香りを漂わせたんだ。
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