第1章 黒目秋人 3
真っ暗な廊下をゆっくりと進んでいく。
少しだけ入ってくる月明かりが何処と無く安心感を与えてくれた。
教室を1つ1つ調べていくが田中の姿はない。
2階の最後の教室にたどり着く。音楽室だ。
新校舎が出来てから使われることは無くなったらしい。白石が転向する前はこの校舎はまだ使われていたが今はもう使われてはいない。
何故なら取り壊しが決まっているからだ。新しい校舎になり、大きくなっていく町に合わせて大人数を収容できる学校にしようということだが、取り壊しが決まっているのにも関わらずなかなか始まらないのはこの七不思議である怪談のせいだと言えるだろう。訪れた不動産や建築士はともに自殺しているらしいし、校長や教頭先生も、ともに交通事故にあったりなどかなり先生や教頭先生、もちろん校長先生もこの旧校舎の七不思議にびびってしまっているのだ。だからこそまだ取り壊しは行われていない。
そんな旧校舎の七不思議、その一つである「音のなる音楽室」。
「童子の廊下」同様、噂のたつ七不思議のひとつだ。
白石は本当に変わり果てていた四宮の言葉を思い出していた。
「たしか、見回りの先生が音楽室を通った時、音楽室のなかから獣の断末魔の叫び声のような音が聞こえてきたらしい。その時の先生は扉を開けて中を確認したけど何もなかったと、そう言っていたかな。」
音楽室の扉は少しだけ頑丈に作られている。
遮音するためのドアだが、大した造りのドアではなく木製の簡単なドアで、完全に遮音されているわけではなく、されどダダ漏れというわけではなかった。
聞こえたというその声は人間のものなのかそれとも幽霊のものなのか。それはわからないが何かあるのはほぼ間違いないだろう。
扉を慎重にあける。窓がなにかで塞がれているのか光が一切ない。
ライトで照らしながら注意深く観察する。中に入ると埃の積もったピアノや教卓、壊れているだろう楽器が所狭しと散乱していた。
足元を見て埃が積もったままであることからここには誰も入っていないことがわかった。
「ここにもいない…か。」
バキッ
「えっ!」
突然の床の悲鳴に驚き、その床につまづいて体制を崩す。
前に倒れそうになり両手を前に出して受身をとる。
バタン。
白石が倒れるのと同時に扉が勢いよく閉まった。少しでも重い扉が風で閉まったとは思えない。これは、誰かが閉めたと思うべきだろう。
白石は転んだ際に落としたライトを拾い、その明かりを扉に向ける。
その光が捉えたものは理科室で見ることがある人体模型の様な人であった。いや、それとも本当に人体模型なのだろうか。
そんな疑念はすぐに消えることになる。
人体模型と思しき者は腰に隠していた手よりナタを取り出しその姿でこちらに向けて走ってきたのだ。
咄嗟に近くの椅子を倒し、すりながら逃げる。
ナタを構えた人体模型は転倒した椅子に驚くような仕草を見せ、しかし、すぐにその椅子を超えてくる。
白石はすぐに近くの机の裏に身を潜めていた。
もちろんライトは消している。
ガシャガシャと、物が倒れる音とナタを所構わず振る音が重なる。
ドサッと何かが倒れるような音がし、ライトを向けるとナタを持ったまま倒れた人体模型がいた。
覆面?
そう白石が思った時人体模型は光に気がついた様子でこちらに振り返る。その手に持ったナタをこちら目がけて投げつける勢いで振りかぶり、空を切る。そのまま力いっぱい立ち上がりナタを構える頃には白石はその場から消えていた。
(これは不味いわ。)
白石は背中に走る嫌な汗に気持ち悪さを覚えるが、それよりも自らの危険に大きく緊張していた。
教卓の大きい隙間にみを潜め、わずかな隙間から人体模型の様子を見ようとのぞき込むが暗すぎて見ることは出来ない。
一連の動きから光に反応しているようで不用意に光を向けることは危険だと言えた。
(…ライトに反応する…のか。…なら)
ナタを思い切り振りかぶり周りの机や椅子へ無造作に振り回す。
相手の位置を図るわけでもなくある意味探すように振る。
それは当たればいいかなどではなく当てなければという焦りのようなものを感じさせる振りかぶりで何度も机などにナタを引っ掛けている。
ピカッ
真っ暗な音楽室に鳴っていた喧騒は一瞬静まった。
一筋の光に人体模型は猪突猛進という具合にナタを振りかぶりながら光に向かった。
バキッ!突然抜けた地面に人体模型はその足をとられぐらつく、右膝を地面に着いたがすぐに立て直し立ち上がろうとした時、突然足の力が抜け、脱力感と共に後ろから顔面を掴まれる。
思い切り足をかられ、そのまま背中をそるようにして後ろに倒れ込む。勢いよく、それも受身を取れないまま背中を思い切り打ち付けた。
人体模型は声にならない悲鳴ににたうめき声を漏らす。
人体模型をハッ倒したのは白石だった。
白石は壁伝いに音楽室を辿っていき、音がするほうにだけ集中して進み、ようやく扉の所までたどり着いたらそこにライトをおき、抜けた床の方へ来るように仕向けた。ライトに照らされ見えた人体模型の姿を確認した白石は姿勢を低く保ち、ゆっくり動いて机や椅子の間をすりぬけた。
そして、勢いよくやってきた人体模型が姿勢を崩し立ち上がろうとした左足を思い切り外側に狩り上げ、顔面を掴み体重をのせながら後ろに引っ張り、倒し込む。
倒れた人体模型の手を足で弾きナタを滑らせた。ナタはピアノのところで止まった。
白石は真下に転がる人体模型を睥睨する。
掴んだ時にズレたその顔を思い切り掴み取り外した。
「や、やぁ白石さん」
「…田中…くん」