第1章 黒目秋人 2
田中は悲鳴をあげながら廊下を真っ直ぐ走っていき暗闇に消えていった。
「田中!!!」
黒目の声は僅かに響くもすぐさま暗闇に溶けていく。バタバタとコウモリが天井を飛び回る中教室を覗き見る。
白石も同じようにドアから恐る恐る覗き見るが何かある訳では無い。しかし、何か寒気のようなものを感じたのは間違いなく、ライトで照らしながら注意深く観察する。
トントン。
黒目の肩を何かが叩いた。
すぐさま拳を構えながら振り向くが何もいない。
横を見ると白石も構えていた。
疑いの目を白石は黒目に向けるが全力でそれを否定する。お互いが見合う形になった時、どちらも身を丸くしてお互いの肩を見た。
ニョキっと生えたように伸びてくる小さい腕がその小さい手で肩を叩く所を見てしまった。
トントン
2人を再び肩を叩かれる。2人は息を押し殺し、互いの背中を見る。
黒目の後ろには男の子が、白石の後ろには女の子が立っていた。やはり驚きを隠せない。
「まじかよ…」
黒目は幽霊など信じてはいなかった。人が恐怖により作り出した幻覚、妄想の類だといままで信じていた。だが、まさか自分の目で幽霊というものを見る日がくるとはおもってもみなかった。
めのまえにいる2人の子供は見た目は普通だが、どこか白身がかっていて生きている人間には見えず、その体の奥が透けて見えてしまっていた。
怖さはないが危険であることには違いない。
この学校の幽霊は実害が出ているのだから。
「ねぇ、初めまして私は白石彩女。あなた達に聞きたいことがあるの…」
「ちょ、ちょ、白石さん!正気か?幽霊に自己紹介してどうする?」
「この子達が冴子をしっている可能性があるからよ。ねぇ、あなた達は昔、神隠しにあったって言う…健吾くんと幸子ちゃん?」
名前を呼ばれて男の子の幽霊、女の子の幽霊は互いに見合う。そして訝しげに首を傾げ2人に正対する。
「なんで知ってるの?」
「あなた達のことは皆が知ってるわ。有名なのよ?」
「ほんと?私たち有名人なんだってー!」
女の子が飛び跳ねながら喜ぶが音はしない。冷たい風が流れて来るだけだ。やはり幽霊なのだと実感する。喜ぶ少女に対して男の子はその訝しげな表情は変わらず変わったとすれば眉間に新しく刻まれたシワだけだ。
「ちっ、僕は騙されないぞ。大人は悪い奴らばかりだ。特にお前は危険だ。」
「えっ、なんでおれ?」
男の子はその小さな指を黒目に向けて指した。
その目には揺るぎない敵意が現れていた。
「「首吊り女教師」の呪いのせいかもね。黒目くんはあまり喋らない方がいいわ…」
白石はこっそりと黒目に伝え、私たちは悪い人ではないわ。と伝え手を上げることで何も持ってないことを示した。続いて少し後ろに下がった黒目も同じく手を挙げた。
「お前達は何しにここに来た。理由をいえ!僕らを危険に晒す大人は許さない!」
男の子が殺気の込めた目を向けた瞬間、周りの窓ガラスがひび割れ、小刻みな振動が校舎を揺らす、二人とも突然の揺れに慌ててお尻をつく。
黒目もさすがにバランスを崩す。
揺れが酷くなりガラスが割れる寸前、
「ちょっと、待って、本当に、危害を加えるつもりは無いの!さ、冴子、高島冴子を探しているの」
そう言うと先程までの揺れはなかった事のように止まり、ガラスも割れるのを辞めた。
「…さえこさん。だって…」
女の子はキョトンとして男の子を見た。
「何故さえこさんを探している?」
明らかに様子が変わった事で息を整え、黒目は白石に任せた。と声には出さないが伝えた。
了承の意を示して白石も息を整える。
「私の、私の友人なの。彼女がいなくなった理由が知りたいの。だから知ってることがあったら教えてほしい。」
2人はお互いを見てヒソヒソと相談をし始めた。
それをただ見守って返答を待つ。
黒目はこの超常的な現象を既に受け入れた為、落ち着いて見守る。
ヒソヒソ話が終わった瞬間、女の子がふわっと消えたかと思うと白石のまどなりに瞬時に移動し、驚く白石の耳元に手を当て教える。
黒目はちょうど聞き取れなかったが場所を教えたのだろうか。白石は目を見開き驚いた表情を見せたがすぐに冷静さをとりもどす。
少女はまたふわっと消えて、少年の元にもどる。
そして、2人はてを繋ぎ両方が同時に声をあげた。
「「さえこさんを見つけてあげて。ずっと、あなたを待ってる。それと、お姉ちゃんに気をつけて。もうそこまで来てる。」」
そう言い残すと2人は霧のようなモヤを残して掻き消えた。
消えたあとを眺めて去った危険に一息つく。
黒目は白石さんを見た。その顔は冷静さをよそに血の気が引いた顔をしていた。
黒目がどうしたのかと聞く前に白石が口をひらく。
「先に田中くんを見つけないと不味いわ。早く探しましょう!」
「あ、そう言えばだな。よし、いそごう!」
2人は真っ暗な廊下を走る。
黒目は走りながら白石に聞くことにした。
「なぁ、なんて言われたんだ?」
白石は少しだけ黒目をみてすぐ前を向いて走る。
少しの間があき、その唇をひらく。
「冴子は、失踪なんかじゃなかった。」
「それはどういう?」
「…殺された。それもクラスメイトに」
「なっ…本気で言っているのか?」
「ええ、あの子達が見たって。その瞬間を。」
「どんな顔かって知っていたのか?」
黒目の質問に白石は首を横に振った。
「2人は怖くて見ていられなかったらしいの。」
「…そうか…仕方ないな。でも、高島さんの失踪の真相に近づいたな。」
白石は歯を噛み締めながら頷いた。
「なんで、なんで冴子を…必ず冴子を見つけて、そして、犯人も見つける。」
「あー、その気持ちは分かるが警察に任したほうが良くないか?もし殺しだったのならそいつは殺人犯で、殺人事件って訳だろ?それに高島さんのは幽霊は関係ないんだから遺体を警察に探してもらってどうにかしてもらったらいいじゃないか。」
「だめ、遺体のことをどうやって説明するの?もう彼女は失踪として扱われているし、もうご両親も失踪届けも取りやめしているわ。だから私たちで遺体を見つけて事件性を見つけないと警察には持っていけない。」
真っ暗な廊下を進みながら辺りの教室を照らす。
人の影などは見つからない。
「それに殺人事件と扱われず事故と処理されたらたまらないわ。私たちで見つけないと行けないのよ」
黒目ははしる速度をわざとゆっくりにして、白石がふりかえった。
「本当に危険だ。さっきの子供の幽霊を見て、体感して感じただろ?
かなり危険だ。ただでさえ幽霊で危険なのに殺人犯がいるなら余計にだ。これ以上行くなら俺は帰るぞ。」
白石は急ぎ足を止め、黒目の目を真っ直ぐみる。真っ暗闇なのにまるで見通しているかのように。
「危険は承知よ。でも、私は必ず冴子を見つけだす。だから、ここまで助けてくれてありがとう。田中くんも無事に見つけるわ。」
黒目は少し黙考するが、もう考えはまとまっていた。
黒目は何も言わず、後ろを振り返りそのまま暗闇に走っていった。
白石はその後ろ姿を少し悲しげに見つめ、それでも振り返り、田中を探すためにかけていった。