序章3
午前12時49分。
この時間に学校を訪れることなどまずない。
普段通い慣れたはずの学校なのにまるでテーマパークの幽霊屋敷のようなおどろおどろしい雰囲気を醸し出していた。手前に新校舎があり、その奥に旧校舎がある。どちらもコの字型で対になっていて、真ん中に噴水とベンチが置いてある中庭がある。
新校舎で既に恐ろしい雰囲気があるというのに木造の旧校舎はどんなものだと言うのだ。
校門からはその全貌は伺えないがわざわざ行く必要がない所だろう。
さ、眠たいし帰るべきだ。
「…待って」
黒目が踵を返すタイミングで後ろから声がかかった。 冷ややかで冷気が後ろから漂ってくるような冷たさを感じ、背中がじんわりと汗が滲む。
意を決して思い切り振り返ると見慣れた猿顔がライトを下から照らして不気味な顔を作り上げていた。
「…はぁ。クソ猿」
「黒目ぇ!いまちょっとビビってただろう?」
「な、べ、別に、ビビってねーし」
猿はその間抜け面を余計に歪まして馬鹿にした顔をするが、朝に見たら顔だけで笑かしに来ている芸人のようだった。
調子に乗り始める前にお腹を少し小突いて黙らせ、クラスのマドンナに目を向けた。
黒目の真っ黒な瞳に見目麗しい美女が映る。
「どうだった?四ノ宮に聞けたか?」
「ええ、少しだけ聞き出せたわ。…本当に、昔の四ノ宮くんとは全然違っていたわ。立ち直ってくれるといいけど」
白石は今日の出来事を振り返る。
横にいる田中と四ノ宮家に向かった時のことだ。
「ここよね、四ノ宮君の家は。」
「そうだぜ。ま、正直いって初めて来たから確信は持てないけど、まぁ、四ノ宮って書いてあるからそうだろ」
白石は四ノ宮の札を見てインターホンを鳴らす。
瓦の屋根の二階建て一軒家だ。小さな庭がありここからは盆栽が見える。
インターホンを鳴らしてから数分が経ったが一切返事がない。
「いないのかしら。」
「たぶん親は分からないけど、きっと四ノ宮自身はいると思うぜ。だってあいつほぼ家にいるって話だし。」
ふむ、と少し困っていると田中が坊主なのだが髪をかきあげる仕草をして、ふっと息を小さく吐く。
「白石さん。ここは僕に任せてよ!」
「…あ、ありがとう。よろしくね」
すると田中はインターホンを無茶苦茶に、ハチャメチャに、インターホンを連打する。それはもう、少し引くほどに…
「出てこい!四ノ宮!いるのは分かってんだぞ!さっさと出てこい!
お前は完全に包囲されているぅ!!」
いや、刑事ドラマじゃないんだから…と内心思いながらも白石は周りを見て回る。ちょっと近くに居たくないというのが本音ではあるが…。柵で囲ってあるため柵の間から庭を見渡す。
雑草が伸び切って、整えた形跡はない。
ふと、上を見上げた。二階の窓カーテンがしてあるが、僅かに隙間が空いていた。
?
誰かが見ているような気がした。
すると、ドタドタと家の中から人が降りてくる音が聞こえる。
ガチャガチャと鍵を乱暴にあける音がして、扉が勢いよく開く。
そこには背が高く頬がこけ落ち、汚れたパジャマを着て、その服の裾から伸びた手は骨が浮き出るほどやせ細っているのがわかる。
窪んだ眼光でこちらをじろりと覗く。
わずかに口元をつりあげたようなきがした。
「やぁ、白石さん。随分とひさ、ひさしぶりだねぇ?お元気してたたたたたた?」
言動がおかしいのは聞いていた通りだが人はここまで変わるものなのかと白石は驚いてしまっていた。昔見た彼はこのような見ていて辛い姿ではなかったというのに。
「どうしたの?白石さんは?僕の家になにかよううう?」
「そうなんだ、ちょっと七不思議のことを聞きに…!」
割り込む形で田中が物凄く近づいていく四ノ宮との間を取り持とうとすると上体を押すと共に体重のかかった足を刈り取った。
田中は為す術なくこかされてしまった。
「田中くん!大丈夫!?」
「いって!何すんだよ!」
「僕は白石さんとととと、話してるんだ!邪魔するな!」
そういう四ノ宮の目は光がなくどす黒いものを感じさせた。
田中はそれだけで萎縮してしまう。
「暴力はあまり良くないわ。私たちは七不思議について聞きに来たの。冴子の行方を知るためには必要なのよ。」
その言葉に今まで以上に小刻みに体を震わせはじめた。
「さ、さ、冴子…ぁあ、ああぁ!!さえこぉお。彼女と七不思議がなんの関係ぃーがあるんだい?」
「…まだ分からないけれど、七不思議の1つ童子の廊下で冴子を見たというの。田中くんがね。」
四ノ宮は取れるんじゃないかと言うほど目を見開き、田中を睨んだ。
「本当か?猿顔?おまままえは本当に見たのののか?」
「はい!見ました、見ました!本当です!」
「嘘だったら、生きてるより辛い思いをさせてやるから……な?」
「はいいぃぃ!!」
若干来た時よりも小さくそして老けたような気がする田中をよそに、四ノ宮は七不思議についてとうとうと語っていった。
「まぁ、この事件の真相が分かれば彼も立ち直れるわ。きっと。」
「そうだな。で、どの七不思議から行くんだ?」
「それは…」
白石が答えるよりも早く田中が割り込むように喋りだす。
「そんなの決まってるだろ。首吊り女教師だよ」
「まずは童子の廊下よ。」
「わかった。じゃあ侵入するか。」
完璧なまでのスルーに少し呆気にとられるが、田中は負けじと校門を超えていく。
華麗に降りる白石。颯爽と飛び越える黒目。
飛び越えるまでは良かったが着地で躓く田中。
運動能力がとても顕著に出ていることに黒目は少し苦笑いをうかべた。
「旧校舎に向かうぞ。今はもう巡回の先生も回っちゃいないから簡単に行けると思うけど。一応こっそりいこう。」
新校舎を低い姿勢を保ちつつ、早足で通り過ぎていく。中庭に入ると
いつもは普通の旧校舎だがとても寂れて、まるで幽霊が居ますよと主張しているようだった。いや、いるのだ。
「ほんとに入るのか?」
黒目は2人を横目に言うが、2人は当然。と目で返してきた。
それを見て、少しため息をつきつつ諦めたように旧校舎の扉を開いた。そこからは底冷えするような異様な冷気が空いた扉から解放され、黒目達の体を通り過ぎていく。
一様に身震いしながら1歩旧校舎に踏み入れた。