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マーメイドは地上に夢を見る  作者: karoha
幼少期編
3/3

孵化

 

 生誕してから一か月ほど経過しただろうか。

 身体が出来上がり、殻がもはや限界と叫びそうなほど伸びている。


 孵化する時が来たのかもしれない。

 身体を確認する。


 全身はクリアブラックな透き通る鱗に包まれ、その下に薄紫の皮膚がある。

 下半身は全体的にクジラに近い尾ビレになっており身体の向きに対して水平に広がっていて、背ビレなどもない。

 色が黒いが、薄く脆そうな見た目のそれは出目金のようであり、あまり強靭な生き物ではなさそうだ。

 クジラの身体下半分に鱗をくっつけ出目金の尾ビレをつけたような見た目だった。


 推進は上下の運動で行うようだ。

 筋肉もしっかりと付き、力を込めれば、上下左右へと振ることができた。

 そこは魚と違い、尻尾のように動かせた。

 支点が感覚的に腹筋のため可能なようであるが、左右に振っても推進力が生まれないので、あまり必要性はなさそうだ。

 僕としてもバタフライの要領で泳げそうなので、助かったところである。


 鱗には覆われているが、人間の身体でいう腰骨あたりから上が構造としては人に近いものになっている。

 上半身は脊椎が人でいう背骨の位置にあり、背筋に押されるように下半身に行くほど、身体の中心へ脊椎が伸びているようだ。

 肋骨もあり、手もある。

 首があり、その上に頭があった。

 目鼻口は人間のようにあり口も開くが、呼吸は口から吸って、肩あたりにエラがあり、そこから排水する形で行っていた。

 さながら下半身が魚なゲームで見たサハギンであった。


 魚人の生態は分からないが、もしかしたら両生類のように地上でも活動できるかもしれない。

 ここまでの成長でわかった僕の身体についてはこんな感じだった。

 人に近い身体を手に入れられたのは運が良かっただろう。

 何もわからない間に捕食されたりすることはなさそうである。


 ただ油断は禁物だろう。

 魚人のような体つきではあったが、まだ幼体のようで身体のサイズはちんちくりんであった。

 全長50cm程だろうか、人でいうところの乳幼児ほどのサイズである。

 背中や頭にもヒレはなくつんつるてんであり、人の形で鱗に覆われたちょっと不気味さのある状態であり、大型の捕食者がいれば、格好の餌でしかないだろう。


 自分の身体を確認しつつ、視界に入った隣の卵を見る。

 そこには、自分と同じであろう魚人であるのに、輝かしいまでに存在感のある生き物がいた。

 成長して更に薄く透明度が増した鱗は光の反射で淡く虹色に輝いている。

 上半身が人型であるのに、その姿は観賞用の高級魚のようである。

 よく見ると目も切れ長でまつ毛もカールを巻いているように見える。

 瞳は美しい金色をしている。

 個体による違いが顕著に表れており、魚人という種の特異性が見て取れた。


 この地味な色が原因で苛められたらどうしよう。

 そんな思考に至るほど対照的な皮膚の色、鱗の輝きであった。

 向こうも孵化の準備が整っているようで、薄く伸びた殻は全力をかければ破れそうである。

 しかし、外に対して未知なる世界への恐怖があるのか飛び出せないでいるようだ。

 かく言う僕もその一人であり、身体を覆ってくれている殻に本能的に安心感を覚え、二の足を踏んでいた。


 しかし何も知らないわけではない。

 僕は意を決して殻に向かって手を伸ばした。

 力を込めると指先から裂けるように殻が破れた。

 途端に外の海水と卵内の液体が温度差によって入れ替わる。

 冷たい海水の温度を感じるが、鱗のおかげか寒さとしては感じない。


 破れた裂け目から頭をだし、外を伺う。

 周りにはなにもない。

 広場のような空間が円形に広がっている。

 住宅街にある小さめの公園ぐらいの広さだ。

 空間の先が途切れているため、高台のような場所なのだろうか。


 おそるおそる外海へと身体をだす。

 軽く尾ビレを振ると問題なく前へと進んだ。

 水は自分の意志に反応するように動くのを手助けしてくれた。

 進もうと考えた時には、周りの水が身体を支え、一緒に動くような感覚がある。

 この海に意思があるのか、魚類にとっての水中はそういうものなのかはわからないが、便利な感覚であった。


 少し浮いて広場を見下ろす位置まで上がる。

 卵は全部で5つあったようだ。

 薄く伸びた殻の中に見える肢体はそれぞれ違う色であり、自分の鱗だけが色違いではないとわかり安堵する。

 まだ僕以外に孵化したものはいないようで、卵の中からこちらを伺っているのがわかる。


 僕は彼らのことは後回しにし、外に意識を向ける。

 外海に出たことで感じ取れる水中の範囲が広がった。

 そのおかげで分かったのだが、ここは産卵用に守っている場所のようだった。

 広場だと思っていたここはお皿のような形であり、浮いていた。

 その周りを球体状に海流が流れており、保護されている。

 海流の先は感じ取ることができなかった。

 流れが速すぎて認識が難しいようだ。


 とりあえず、外敵からの危険性はないと判断し、まだ孵化していない卵のほうへと向かう。

 隣で育っていたピンク色のところへ行く。

 近付くと驚いた素振りで縮こまってしまった。

 僕は、伝わらないとはわかっているが口パクで「大丈夫だよ」と言った。

 まだ言葉も知らないため伝わることはなかったが、何かを感じたのかおそるおそる僕の真似をして殻に手を差し出す。

 限界まで伸びていたそれは出る意思を感じ取ったかのように破れ、裂け目から手が飛び出す。

 そのあとゆっくりと頭から殻の外に出てきた。


 周りでは僕らのやり取りを見ていた他の卵から同じような半人半魚の生き物が出てくる。

 皆一様に生まれて初めての外海に少し興奮気味であり、窮屈な殻からやっと外に出れた嬉しさなのか、伸び伸びと泳ぐ練習をしている。

 ピンク色の子も外海の水に慣れるように身体を動かし、挙動を確認している。

 本能的に泳ぎ方はわかっているのか、戸惑うことなく泳いでいる。


 泳ぎの練習をしている皆を見ながら思う。

 見た目が鱗に覆われているだけで、手もあり、水中で息ができる。

 広い海の中を自由に泳ぎ、生きていくことができるのは、魅力的に感じた。

 ハズレな生まれ変わりでなかったことには感謝しなければいけないだろう。

 さらに、幼馴染になりそうな美しい同種の生き物もいる。

 これからの生に希望を抱いた瞬間だった。


 ふと、周りの海流が弱まったように感じた。

 少しずつ霧散するように流れの勢いがなくなり、うねりを上げていた海流の筋が減っていく。

 やがて完全に覆われていた流れの筋が消えると遠くまで見渡せるようになった。

 浮いているというだけあってかなり水面に近い場所にいるのか、海底の地面は見渡す限り確認することは出来なかった。


 辺りを伺うと、ぽつんと一人の女性がいるのが見えた。

 ひどく憔悴しているように見える女性はこの広場の端に手を乗せ、肩で息をしている。

 そう、女性が水中で息をしているのである。

 それは海中であることを考えると、前世の知識ではありえない光景だった。

 長い金髪が波に漂い、ふわふわと広がっている。

 顔立ちは東洋系のようだが、目鼻立ちがしっかりしており、ロシア人のようだ。

 肌も透き通ったように白く、整った美しさだ。


 彼女を見ていると不思議と安心感が生まれ、胸に温かみが広がった。

 他の子たちも同じようで、彼女の次の行動を見守るように漂っている。

 彼女は何度か大きく深呼吸をすると、目を開いてこちらを見た。

 瞳は髪の色と同じく金色で息をのむ、近寄り難い美しさがあったが、しかしその顔には安堵の表情が窺えた。


 彼女は腕に力を入れるとその全身を広場の上に露わにした。

 上半身は水着のような胸当てにカーディガンのような服を羽織り、前世に見慣れた人の身体そのものであったが、その下半身には魚の尾ビレがついていた。

 鱗は純白で、光に反射して輝く鱗はその下の皮膚の色が確認できないほどである。

 その姿は前世でイラストでしか見たことのない、空想上の生き物である「人魚」そのものであった。


 彼女は徐に近付いてくると、広場の真ん中あたりで止まった。

 そして、右手のカーディガンのポケットから丸い球のようなものを出すと、それを割った。

 すると先ほど消えた海流と同じような海流がまた一筋、二筋と現れ、うねりを上げて広場を覆った。

 それを確認するように仰ぎ見たあと、彼女は気を失ったように横たわってしまった。


 一連の流れは僕の頭の中に疑問符しか生まれなかった。

 理解ができない行動の連続に誰かに説明を求めたいが、周りの同時に孵化した子たちも手持ち無沙汰で漂っている。


 僕は意を決して彼女に近づいて行った。

 そろりそろりといった感じで尾ビレを動かし、見目麗しい人魚に近づいていく。

 腕を枕にして横たわる彼女は自分の身体の3倍はあった。

 見た目には居眠りしているようであり、呼吸で身体も上下しているため、死んではいないようである。

 一目見た時から本能的に敵ではないと認識しており、無事に生まれたのも彼女のおかげだというのが理解できていた。

 そのため警戒心はなかったが、見た目が魚人と違う人魚である彼女がなぜという疑問があった。

 人魚と魚人は共生でもしているのだろうか。

 近付いても起きる気配はない、試しにほほをつついてみる。

 指に伝わる感触は前世の人の肌そのものであり、その親近感湧く感触に顔がほころぶ。

 現在の全身が鱗に覆われた肌では感じれないその柔らかさは生まれ変わったという不安が和らぐ心地よさであった。

 肌に触れても、彼女からは反応はない。

 最初に見た時もかなり憔悴していたようだったし、起きるまで待つしかなさそうであった。


 こうして、孵化後の生誕1日目は良くわからないまま過ぎていった。


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