7、痣
レイは湯殿に浸かっていた。
しばらくここにいても良いといってもらえたので、よかった。
さっきのやり取りを思い出して、レイはクスッと笑いをもらす。
「レイ、一緒に入ろうぜ。」
ウェルコットさんの「レイさん、お風呂先に入ってくだされ。」という言葉に甘えて、
「はい。」と頷いたところにかかったサイの一言だ。
かなり驚いた。
「男同士なんだし別にいいだろ?お湯も少なくてすむし。」
そう言われては反論ができない。
だが、サイには男だといったが、実際、レイは女なのだ。
どうしたものかと困っていると、助け舟を出してくれたのはウェルコットだった。
「いや、サイ。知り合ったばっかりで裸の付き合いをしろというのは酷じゃないかの?
もしかしたら、見られたくない傷とかもあるかもしれないしの。」
「う〜、どうだレイ?」
サイに問われる。
サイがいい人だというのは分かっているが、それに女だというのもサイにならばれても構わない。
・・・が、一緒に入れるかといったら無理だ。
「一緒はちょっと無理かな。」
目に一杯の懇願をこめてレイは言った。
「まさか、一緒に入ろうなんていうと思わなかった。」
森の中の一軒家にしては広い湯殿にレイのつぶやきが響いた。
体を洗おうと思って、ふと気付く。
「あれ?この痣みたいなのなんだろう...?」
左肩のあたりに何かの模様のような痣が出来ていた。
洗っても落ちない。
こっちに落ちたときにぶつけたのだろうと、模様の意味を深く考えずに、レイは温かいお風呂を満喫した。
お風呂から出ると、服が用意されていた。
サイが着ていたような服だ。
麻の生地、襟元や裾、袖に刺繍がしてあって、風通しがよさそうだ。
男物なのか刺繍の柄は可愛らしいものではないけれど。
その服に袖をとおすとやはりサイズが少し大きかった。まあ仕方ないだろう。
「お、結構似合うな!」
服を着て、部屋へ戻るとサイが言った。
「ちょっとサイズが大きいけど・・・。」
レイが答える。するとサイがあきれたように言った。
「それ一番ちいさいサイズだぞ?まあ、女みたいに細っこいから仕方ないか。
それにしても、お前の服変わったやつだよな。あんなの着て動きにくくないか?」
「う〜ん、考えたことなかったな。それが当たり前だったし。それに普段は違う服だよ?あれは試合用。」
そう指摘されて、あの袴が余り機能的でないと気付く。
「そうか。いずれにしろ、あの服じゃ目立ちすぎるからな。明日、お前に合う服買いに行くぞ!」
隣でふたりのやり取りを聞いていたウェルコットは楽しそうに頷いていた。
翌日、朝食を終えたサイとレイは、市場に来ていた。
色とりどりの野菜や果物を並べた店、干し肉を店先に吊るしている者、身を飾り立てる装飾品を扱う店・・・。
様々な店が軒を連ねていた。
人もそれなりにいて、結構にぎわっているようだ。
「え〜っと、服屋は・・?あれだ。」
そう言いながらサイはレイをどんどん引っ張っていく。
レイはというと、なじみの無い風景に目をパチパチとさせている。
「こいつに合う服が欲しいんだが。」
店には、サイや今のレイが着ているような服が並べられていた。
裾が広がったものもある。
「はい、お客様。こちらなどはいかがでしょう。」
サイに答えて、店主が取り出したのはかわいらしい刺繍の施された裾の広がった服だった。
「そいつは女物じゃないか。こいつはこう見えて男なんだ。」
サイの言葉で、その裾の広がった服が女物だとレイは知った。
なにしろ、こちらに来てから男の人にしか会っていなかったのだ。
「へぇ〜、旦那さまでしたか。これは失礼致しました。それにしても、きれいなお顔で。」
「ありがとう。」
レイは少しはにかんでお礼を言った。
その表情を見て、サイは奇妙な感覚に襲われたが、店主が声を掛けたのですぐに忘れてしまった。
「少し、小振りな方ですから、これはどうでしょう。」
店主が次に差し出したのは、袖や裾に紐がついていて縛れるタイプのものだった。
「ああ、これなら多少大きくても大丈夫だな。レイ、これにするか?」
「うん、いいんじゃないかな。」
レイが同意を示すと、サイは店主に言った。
「じゃあ、これを。そうだな、出来れば柄違いとかで、3枚くらいあるかな?」
「もちろんでございます。ありがとうございます。」
サイが代金を払い、ふたりは店を後にした。