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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

有りて知る

作者: 美緒
掲載日:2017/02/27

いつもとちょっと違うテイストのものを、と考えて作ってみましたが……。

力不足を実感してます。

 遥か昔。とある国に、双子の姫がおりました。


 不幸を感じると、その不幸を感じさせた者に不幸を与えてしまう力を持つ姉姫。

 幸せを感じると、その幸せを感じさせた者に幸せを与える力を持つ妹姫。


 ――『人』が望むのはどちらか?


 その力ゆえに、姉姫には全く人が寄り付きませんでした。

 家から遠く離れた庵に閉じ込められ、居ない者とされた姉姫は、教えてくれる者のない状況の中、試行錯誤しながらたったひとりで生きていました。

 不幸を感じさせない為にと、少量の食料や布等が支給されていた為、何とかなっていました。

 最初は失敗していた料理も、裁縫も。生きる為に必要な事全て。

 ひとりで何もかも出来るようになっていた姉姫は、自分を蔑ろにする者しか居ないそんな国なのに、それでも人を恨む事がありませんでした。

 生きている事に、ささやかな食事に感謝し、姉姫は自然体のまま成長していきました。


 その力ゆえに、妹姫には多くの人が寄り付き、囲み、ちやほやしました。

 実の両親も、祖父母も、親戚も、家臣も。そして、国に住む人々も、みんながみんな妹姫を大事に大事にしました。

 妹姫が欲しいという物はこぞって贈られていた為、その身を飾る衣装は常に華麗。豪華な食事は妹姫の気分次第で全てが決まる。

 周りの人間は妹姫に幸せを感じてもらい、自分が幸せになろうと甘やかした。それゆえに、妹姫はどんな事でも口にするだけで良かった。

 それが、当然だった。


 姫達が年頃になった時、戦が起こりました。

 最初は小さな火種でしたが、それはいつしか巨大な戦禍となり、姫達の国も否応なく巻き込まれました。


 国主(こくしゅ)である父は妹姫に問い掛けます。「其方(そなた)はどうしたい?」と。

 妹姫は少し考え、綺麗な着物を指差しました。「こんな着物がたくさん欲しい。着物を作っている国に味方すれば、たくさん貰えるでしょう?」


 愚かにも国主は、妹姫の言葉に従い、身を飾る事に重きを置く国側に味方しました。


 結果、国は敗れました。敵国は、人の生活と武に重きを置く国だったのです。


 勝った国は敗れた国に戦の賠償と、今後戦を起こさない裏切らない証として、それぞれの国主達の子を人質として差し出すよう要求しました。

 裏切らない証――つまり、裏切れば死あるのみ。


 国主は悩みました。

 賠償はまだいい。だが、幸福の姫を差し出すなど出来るものか。かの国に幸せを与えるなど冗談ではない。自分達こそ、これからの為にも幸福の姫が必要なのだ。


 そこで思い出したのが、もう何年も顔すら見ていない姉姫の存在。

 そうだ。あれを送れば良い。あれに不幸を感じさせ、不幸になってしまえ。

 それに、こちらが裏切ったとしても殺されるのは不幸姫。最後の怨嗟により、敵国を葬り去ってくれるかもしれぬ。


 国主は――『裏切る前提』で、姉姫を差し出す事に決めました。




 身一つで住み慣れた庵を追い出され、姉姫はとある国の館に来ていました。

 人と顔を合わせる事などなかった姉姫は、多くの人に囲まれた座敷の中央で小さくなるしかありません。

 そこへ、一人の若者が入ってきて上座に腰を落ち着けました。


「……其方が、『幸福姫』か?」


 名乗る事もせず若者が姉姫に問い掛けます。

 姉姫は首を傾げました。


「いいえ。『幸福姫』と呼ばれるのは、多分、妹です」


 姉姫は一応、言葉遣いだけは教えられていました。

 もっとも、不幸になっても構わない老女をあてがわれていた為、少したどたどしい部分があります。

 若者が問うた『幸福姫』は国主の姫。その姫を『妹』と呼ぶ以上、ここに居る者も『姫』の筈。その割には、態度も、言葉遣いも、所作も、姫らしくない。

 姉姫を囲む者――家臣達が騒めく中、若者は視線だけで黙らせ、姉姫を見遣りました。


「では、其方も彼の国の姫という事か」


 姉姫は再び首を傾げます。


「『姫』とは、どのような者の事を言うのでしょうか?」

「――何?」

「妹のように、多くの人に囲まれているのが『姫』ならば、わたしは違う。わたしは、生きているだけの存在です」

「……どういう事だ」


 姉姫は自分の事を包み隠さず話しました。その力ゆえに、ずっとひとりであった事も全て素直に。

 まともな教育を受ける事がなかった姉姫は、突然庵を追い出された理由なんて知りません。ましてや、ずっとひとりだったのです。戦があった事も知りません。

 自分という存在を、どういう風に利用しようと思ったのか、知りません。


 家臣達が怒号を上げます。

 彼の国は我が国に不幸を押し付けおった。裏切るつもりで不幸姫を差し出した。押し付けてきたのだ、と。


 喧騒の中、若者はジッと姉姫を見ていました。

 姉姫はそんな若者を静かに見ていました。その瞳には、怒りも、悲しみも、恨みも、何もありません。ただただ静かに『今』を見ているだけでした。


「静まれっ!!」


 若者が突然、騒ぐ家臣達を一括しました。


「しかし、殿――!」


 何か言おうとする者を視線だけで黙らせ、若者――敵国の若殿は姉姫を真っ直ぐ見ました。


「姫に問おう。己を不幸だと思うか?」

「いいえ」


 迷うことなく断言した姉姫。

 それまで騒いでいた家臣達は驚き、姉姫を見ます。


「それは何故だ?」

「だってわたしは生きてます」


 姉姫はただ静かに若殿の姿をその瞳に映しています。


「わたしに言葉を教えてくれたお婆様はとても良い方で、言葉だけではなく、様々な事を教えてくれました。世の中には、生きたくても生きられない者が居る。物を食べられない者が居る。住む家を失った者が、家族を亡くした者が居る、と」


 姉姫は、本当に嬉しそうに、幸せそうに微笑みます。


「わたしは、生きている。物を食べられる。住む家がある。家族が居る。ほら――これのどこが不幸なのでしょう?」


 その微笑みと言葉に、その場は静まり返りました。


「……其方は、彼の国の者を『家族』と呼ぶのか」

「はい? 『家族』とは、血の繋がりがある者の事なのでしょう?」

「……何も、知らぬのか」


 若殿は静かに息を吐き、姉姫にそっと片手を差し出しました。


「……これからは、我やこの館の者が其方の『家族』となる。これまで以上に様々な事を学び、知るが良い」


 姉姫は首を傾げながらも若殿の手を取りました。




 若殿の手を取ってからというもの、姉姫の生活は激変しました。

 それまで、誰も居ない事が普通だったのに、姉姫を気に掛ける元気な女房とおっとした女房の2人が必ず身近に控え、その女房達の下に姉姫より少しだけ年下の女小姓が1人。姉姫を守る護衛が交替で複数人。姉姫に所作等を教える教育係が2人。

 ひとりに慣れていた姉姫はとまどいました。

 混乱して泣きそうになっている姉姫に女房の1人が言います。


「姫様の身の回りのお世話等をするのが、若殿様に申し付けられたわたくし達の仕事なのです。姫様は気になさる事はありません」


 気にしなくて良いと言われても、人に何かをしてもらった事のない姉姫は気にしました。

 その時、思い出したのです。自分に、唯一様々な事を教えてくれた老女の言葉を。


 ――どうか、感謝の出来る方となって下さい。


 その言葉がスッと沁み、姉姫の心は決まりました。


「ありがとう」


 姉姫は、どんな立場の人であるかなど関係なく感謝の言葉を述べます。

 女房達は感謝などする必要はないと諭しますが、姉姫はガンとして聞き入れません。

 そんな姉姫の頑固なまでの真っ直ぐさを――いつしか、敵である筈の国の人々が受け入れていきました。


「不便はないか?」


 それは、毎日のように姉姫の部屋を訪れる若殿も同様でした。


「殿様」


 初めて会った時から変わらない微笑みを向けられ、若殿の顔にも笑みが浮かびます。

 あれから随分経ち、姉姫は様々な事を学び、故国の思惑も、自分の立場も全て理解しました。それなのに――『変わらない』。

 若殿はそんな姉姫に少しずつ好意を寄せていきます。


 そして姉姫もまた――初めて会った時から自分の目を真っ直ぐ見て、笑って話し掛けてくれる。そんな若殿に好意を寄せていました。

 ただ、自分の気持ちが『好意』である事には全く気が付いていません。

 様々な事を学んでも……深く人と接するのはこれが初めてな姉姫の情緒面は未発達なままでした。




 時間は、ゆったりと流れていきます。


 姉姫の故国の思惑を知り、反発を覚えていた家臣達は――いつしか、きちんと姉姫を見るようになりました。

 そして知ります。彼の国の思惑通りに事が運ぶことはないと。

 姉姫は、蔑ろにされていたのが嘘の様に、彼の国の人々を恨んでなどいません。

 拙かった所作が見惚れるくらい優雅になり、言葉遣いのたどたどしさが消え、機知に富んだ会話が出来るようになっても――恨み言など口にせず、穏やかに優しく微笑んでいます。

 その優しさや強さ、頑固な無垢さ、そして正直さを愛し、認めるようになりました。


 元は敵国の姫。しかも、自分ではどうしようも出来ない『力』を持っている。

 しかし、自分達の周囲で『不幸』など起こった事がない。それが事実として浸透し、姉姫への評価は高まるばかり。

 だからこそ――若き主君と姉姫の二人を見守る事にしました。


 そんな家臣達の温かい視線に気が付いている若殿は、居心地の悪さと共に擽ったい気持ちを味わっていました。

 認めてもらえて嬉しい。だが――。

 自分ではない誰かが話し掛け、それに笑みを返す姉姫。その姿を見掛け、浮かぶのは安堵と嫉妬。

 それが積もりに積もった時――若殿は行動する事にしました。


「其方は、我の事をどう思うておる?」


 女房達を下がらせた姉姫の部屋で、若殿はとうとう問い掛けます。

 姉姫はキョトンと若殿を見詰めた後、ふんわり、微笑みました。


「好ましく思っております」


 それは、どういう意味での『好ましい』なのか、姉姫の表情からは分かりません。

 若殿はゆっくり姉姫に近付き――そっと頬を両手で包み、桜色の唇に接吻を落としました。


「――嫌か?」


 不安に揺れる眼差しと声で若殿が問い掛けると、熟れた林檎の様になった姉姫が微かに首を振ります。


「ぃや、ではない、です」


 潤んだ眼差しが若殿を見上げ、微かに逸らされる。

 それは、未発達であった筈の情緒が花開いた瞬間でした。




 お互いを大切に思い、支え合おうとする若い二人を国中の人々が祝福しました。

 元は敵国であった事など関係ありません。だって姉姫は、この国に来る事が決まった時から彼の国の人ではなくなっていたのですから。

 厳かに祝言があげられ、姉姫は若殿の妻となりました。


 愛しい人の腕に抱かれ、若妻は初めて会った時の事を思い出します。


「……これからは、我やこの館の者が其方の『家族』となる」


 その言葉通り、殿様は本当の家族(・・・・・)になってくれました。


「これまで以上に様々な事を学び、知るが良い」


 学ぶ機会を与えられ、知った事実。多少、胸は痛んだけれど、逆に彼の国に住む人へ感謝の念が浮かび上がった。

 だって、厳しさの中に、溢れるほどの優しさと強さを秘めた人と出会わせてくれたのだから。


「どうした?」


 自分を抱きしめてくれる旦那様が優しく問い掛けてきます。


「いいえ……ただ、幸せだと思いまして」

「ああ……我も幸せだ」


 瞼や唇に振る温もり。

 本当の幸せというものを知ったからこそ、姉姫は漸く気付く。

 自分の、最大の『不幸』に――――――――――




 若き君主は、最愛の妻と共に国を良く治めた。

 どれほど時が経とうとも、寄り添い、微笑み合う二人は、新たに夫婦となる人々の憧れとなっていた。


 その裏で、妻の故国について知る者は口を閉ざす。

 彼の国は――歴史の中でひっそりと消えていた。幸せを知らぬ『幸福姫』と共に。

姉姫が『気付いた』からこその終わりです。


ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。


2017.02.27 追伸

妹姫に関して、少しだけ活動報告に書きました。

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