8.夜襲
村長の村で夕飯を食べた後、俺は気晴らしに夜の村へ繰り出した。
と言っても何か娯楽施設があるわけではない。
ルーナに案内してもらった通り、この村にある施設と言えば商店と診療所と教会くらいのものだ。
別に何か目的があったわけでもないので、俺は村の中をぶらぶら歩いた。
涼しい夜風に当たりながら、夕飯に食べた食事の味をできるだけ思いださないようにする。
夕飯の中の一品、確か名前はブラブラ。
亜人は何故あんなものを食べられるのだろうか。
いや、ルーナの母も嫌そうな顔をせず食べていたのでこの世界の人間には当たり前なのかもしれない。
しかし地球育ちの日本人の俺にはどうにも口には合わなかった。正確に言えば見た目が……。
あの料理は見た目のインパクトが強すぎて味が全く頭に入ってこないのだ。
慣れればひょっとするとおいしく食べられるのかもしれないが、暫くは無理だろうな。
そんな訳での気晴らしでもある。
空を見上げると昨日見たときと同じく2つの大小の月が世界を照らしていた。
無数の星々がキレイに瞬いている。
まるでプラネタリウムの中にいるかのような光景に、俺は正直圧倒されていた。
昨日は月に目が奪われていたし、森の中から見たときは木々が邪魔して一部しか見えていなかった。
しかし今俺の目に映る空は目に見える範囲すべてが星で埋め尽くされている。
地球で見ようと思っても余程秘境に行かなければそうそう見れないだろう。
それにしても月がこれほどでかいのに、目に見える星はばっちり見えているのはどういう事だろうか。
月の光にかき消されそうなものだが、これも異世界ならではなのだろうか。
俺は暫くその景色を眺めつつ、今日何回目かの一服をする。
いつもはそれほど吸わなくても問題ないのだが、こっちに来てからタバコを吸う回数が少し増えた気がする。
別にどうしても吸いたいというわけではないのだが、この景色はリラックスした状態で見たいと思ったのだ。
透き通る空気の中、俺の吐いた煙が空へと昇っていく。
煙が空に散る光景は、星々と相まって幻想的に見えた。
折角なので、昼間に行った木の所まで行ってみるか。そこで寝ながら星空を見るのも悪くない。
本当は丘の方まで行ってみたかったが、村の外に出るのは危険だとルーナに忠告されたのだ。
村の近くまではあまり来ないだろうが、森に近づくほどゴブリンやワーウルフに襲われる危険性が高くなる。
不用意に外に出て襲われでもすれば、力のない俺ではひとたまりもないだろう。
危険なことはできるだけ避けるべきなのだ。
俺は鼻歌を歌いながら木へと向かった。
するとそこには既に先客がいらっしゃった。
「こんな時間に何してんだ。子供は寝る時間だぞ?」
「あ、あんた昼間の」
「よ」
木の下には昼間会った亜人の女の子が、膝を抱えて座っていた。
俺は軽く手を上げて近づくと、その隣に腰かける。
女の子は俺から顔を背けて目元を拭っていた。ひょっとすると泣いていたのだろうか。
「何で勝手に座るの?」
「いや。俺もここに座りたかったから」
「……ふん。勝手にすれば」
女の子は悪態をついて膝に顔を埋めてしまった。
やはり泣いていたのか。
俺は空に向かって煙を吐く。
「俺はハヤト。キミは?」
「……リシティ」
リシティは顔を埋めたまま答えた。
余程見られたくないのか、膝を抱える手にぎゅっと力が入っている。
「リシティはいなくなった子供達のことをとても心配してるようだけど、仲のいい子がいたのか?」
「……」
だんまりか。
まあそう答えたい話題でもないだろうし、いまはそっとしておいた方がいいかもしれない。
俺は何も話さずにしばらくタバコをふかしていた。
タバコを吸い終えた頃、リシティがポツリと呟いた。
「弟がいたの」
突然の言葉に俺は反応できず、リシティの方へ顔を向けた。
リシティも顔を上げて俺を見ていた。
その目は赤く腫れ、泣きはらした跡があった。
やがてリシティはポツリポツリと語り出す。
「私、親がいないの。お母さんは弟を産んだ時に亡くなった。お父さんは狩りに出かけた時にワーウルフに殺された。骨のかけらも残さずに食べられたらしいわ。だから私は弟と2人で暮らしてたの」
予想外の重いお話に俺はどうしていいか分からなかった。
俺はリシティの言葉に黙って耳を傾けるしかなかった。
「たった一人の家族だったの。でもその弟も数日前にいなくなった。大人に聞いたら森に連れ去られたって言ってた。もしワーウルフに攫われてたら、あの子もお父さんみたいにされてるかもしれない。私は怖いの。弟がどんな目にあってるのか。どんな風に殺されてるのか。夢の中に出てくるのよ。私の目の前で、ワーウルフに食べられてるの。痛いよ痛いよって、弟はこっちに手を伸ばすのに。お姉ちゃん助けてって言ってるのに、ただ見てることしかできないの」
リシティは話しながら大粒の涙をポロポロと零した。
必死になって何度も目元を拭うが、溢れ出る涙を止めることができないでいた。
こんな時どうすればいいんだ。
目の前のこの娘を泣き止ませたい。どうにかして、リシティに弟を会わせてやりたい。
でも俺にはどうすることもできない。その力が俺にはない。
虫のいい話かもしれないが、今だけでいい。あの糞神に頭を下げてもいい。
今ひと時だけ、力が欲しい。2人を幸せにできるだけの力が。
しかし願ったところで何も起ころうはずもない。
俺はその事実に歯噛みした。奥歯がキリキリと音を立てた。
俺はそっと、リシティの体を抱き寄せた。
ポンポンと頭を優しく撫でてやる。
「大丈夫だ。リットは必ず見つかる。明日教会の人たちがきて、見つけてくれるさ。俺だって探す。だからもう泣くな。そんなに泣いてたらリットが悲しむぞ。だから、リットが戻ってきたら元気な笑顔で迎えてやれ」
しばらくの間リシティは泣き続けたが、やがて気持ちが落ち着いたのか顔を上げた。
まだ目には涙がたまっていたが、それでも表情はさっきより和らいでいた。
クシャクシャとリシティの頭を撫でてやる。
「ほら。それくらい元気じゃないとな。それに泣いてばかりだとかわいい顔が台無しだ」
「……ありがと。慰めてくれて」
「どういたしまして。それに、リットも男だ。そう簡単にやられちゃいないさ。何たってリシティの妹なんだからな」
「うん。そだね。ありがと。ハヤト」
その言葉で気持ちが落ち着いたようだ。
リシティは俺に精一杯の笑顔を向けてくれた。
今はこれでいい。悲しむなとは言わない。けどまだ希望を捨てる段階にはないはずだ。
まだ可能性がなくなったわけじゃない。
だったら、最後の最後まで諦めずに探すことが、俺にできる唯一のことだ。
「それじゃあ明日に備えて寝ないとな。しっかり寝て、リットを出迎えてやろう」
「うん。そうね。私、寝ることにするわ」
「ああ。おやすみ」
「それじゃあね、ハヤト。また……明日」
「ああ。また明日」
リシティはぎこちない笑顔を浮かべながら、家へと向かって行った。
後ろ姿が見えなくなった後、1人考える。
本当にこれで良かったのだろうか。
慰めるためとはいえ、叶えられもしない事を言って、無用な期待を抱かせてしまった。
どう転んでも俺には解決できる話ではない。
けれど、約束した以上何もしないわけにはいかない。明日捜索隊が来たら俺も同行しよう。
役に立つか分からないが、荷物持ちくらいにはなるだろう。
また一本、星空をバックに紫煙が燻った。
どれくらいそうしていただろうか。
突然遠くの方で悲鳴が聞こえた気がした。
初めは気のせいかとも思ったが、何か騒がしいのは確かだ。
俺は立ち上がって声のする方を見た。
建物が邪魔で見えないが、薄っすらと星明りに照らされて煙が昇っているのが見える。
それと共に、その煙の元が妙に明るいのに気づいた。
火事だ!
咄嗟に俺は駆け出した。
しかしそこで待っていたのは俺が予想していたよりはるかに残酷な光景だった。
数個の家屋が燃えている。その只中で、動く影が複数。
その影は逃げ惑う村人を追い、背後から鋭い爪を突き立てた。
その周囲には地に伏して動かない者たち。男も女も子供も、皆一様に地面に転がっている。
影が腕を振るうたび家屋の壁は吹き飛ばされ、村人の体は宙へ舞う。
地面に叩きつけられると一瞬だけビクリとした後動かなくなった。
俺は影を目で追った。
影が燃え盛る家屋のそばを通り過ぎる時、その正体が照らし出された。
その姿は醜悪な、という言葉がよく似合っていた。
血にまみれ、ヨダレを振りまき、ただ獲物へ向かって爪と牙を振るう。倒れ伏したものには全く興味がないのか、動くものだけを追いかける。
まるで戦闘マシーンのように、生きているものだけを判別して襲いかかっているようだった。
「ハヤト! 大丈夫?」
背後から声をかけたのはニルだった。少し離れたところから俺の元へ慌てて駆け寄ってくる。
俺はニルの姿に安堵を覚え、それと共に強烈な嘔吐感がこみ上げて来た。
そのまま胃の内容物を地面に吐き出した。
俺の元までたどり着いたニルは背中をさすりながら話した。
「ハヤト。ここは危険だ。早く村の集会所に避難するんだ」
「あ、あれはなんなんだ? どうして村の人たちが……」
「あれはワーウルフだよ。突然村を襲って来たんだ。今村の男達と神父様がこっちに向かってる。ハヤトは早く避難して」
ワーウルフ。以前俺が見たのはあんなだっただろうか。
もう少し大きかった気もするが、確かに姿は俺の知る狼人間に酷似している。
数体のワーウルフは俊敏な動きで村人達を追い回していた。
その様子にニルはワーウルフが暴れまわる場所へ駆け出そうとした。すんでの所で俺はニルの腕を掴み引き戻す。
「待てよ。どこ行くつもりだ?」
「もちろん村の人たちを助けにだよ。少しでも多くの人を逃がさないといけないからね」
「でもあんなのに勝てるのか?」
ニルは何も言わない。ただ儚げな笑みを見せただけだった。
その表情を見て、俺は自然と腕をつかむ力を緩めていた。
ニルは一言だけ俺に礼を言うと、ワーウルフ目掛けて一目散に駆け出した。
俺はニルの小さくなる後ろ姿を見ていることしかできなかった。
俺はまた、何もできない。
果たしてそうか。本当に何もできないのか。
ひょっとしたら何かできることがあるかもしれない。俺にしかできない何かが。
「……ええい。考えても何も浮かばん!」
気づくと俺はニルを追って駆け出していた。
勝算があるわけではない。むしろその逆だ。
しかしニルを1人で死地へと赴かせるわけにはいかない。
俺が行くことで少しでも生還の確率が上がれば十分。
例えその可能性が変わらないのだとしても、何もしないで後悔するよりよっぽどマシだ。
もちろん死ぬつもりなんてない。それと同じくらいニルを死なせるつもりもない。
俺は今自分にできることを必死に考えながらニルの背中を追いかけた。
てか速い! ニルの足が尋常じゃないくらい速い!
これが人と亜人の差かと内心嫉妬しながら俺も全力でニルを追いかける。
遠くにいるニルが村人を見つけて駆け寄っていた。
しかしそれと同時にワーウルフも反応する。
ワーウルフがニルめがけて爪を突き立てた。
キィィィィィン!
甲高い音が響く。
いつの間にかニルの手には短剣が握られており、その短剣でワーウルフの爪を防いでいた。
そのままワーウルフの腕を跳ね上げ、サマーソルトキックの要領でワーウルフの顎を蹴り飛ばした。
体格差は一目瞭然。圧倒的にニルの方が小さいのに、しかしニルの攻撃でワーウルフは宙を舞う。
信じられない光景に俺は開いた口が塞がらなかった。
しかしそれが致命傷にはならないのか、暫くするとワーウルフが立ち上がる。
ニルも村人を起こしながらワーウルフの様子を伺っていた。何せワーウルフは1体ではないのだから。
1体を吹き飛ばした所でまだ残りがいる。そしてその1体も大したダメージは受けていないのだ。
目に見えるだけでもワーウルフは3体。
その3体全ての攻撃をいなすのはいくらニルでも難しい。
ニルは3体の様子を窺いながら、なんとか立ち上がった村人を逃していた。
ワーウルフもニルのことを警戒しているのか、ニルを取り囲むようにして動かない。
しかしその均衡は唐突に破られた。
ワーウルフの1体がニルに襲いかかった。
ニルは短剣で爪を受け止め先ほどと同じようにワーウルフの顎を蹴り上げる。
すかさず2体目がニルに飛びかかり、今度は鋭い牙を突き立てた。
しかしニルも素早く体をひねり、その牙を躱す。
地面に着地し一瞬で距離をとった。しかしそれが悪手だとニルはすぐに気づく。
飛び退った先に、3体目のワーウルフが待ち構えていた。
背後に退いて動きの止まった一瞬。その致命的な一瞬を見逃さず、ワーウルフはニルめがけて爪を振るう。
「グゴァ!」
突如3体目のワーウルフが悲鳴をあげて体制を崩した。
その隙にニルはワーウルフから距離を取る。
他の2体は仲間が傷を負ったことに見向きもせず、ニルの動きだけを注視していた。
「ニル! 大丈夫か?」
「ハヤト! 今のはハヤトがやったの?」
ニルは未だ苦しんでいるワーウルフを指差し訊いて来た。
俺も同じくワーウルフを見る。
その傍らには長い一本の棒が落ちていた。
それは槍投げの槍だった。
その槍は先ほど俺が生み出して投げたものだ。
高校の時陸上をやっていた俺は、槍投げの選手として活躍していた。県大会の決勝にも出たことがあるが、それ以上の成績は取れなかったので、大学では別のことをする事になったが。
高校以来で久しぶりに投げたものだが、意外と命中したことに自分でも驚きだった。注意を引ければくらいに思っていたからだ。
ひょっとすると俺の槍投げ人生はこの瞬間のためにあったのかもしれない。
ただ、今の一投で俺の肩が悲鳴をあげるくらいには体がなまっていたようだが。
「まあ結果オーライかな。でもさっきのはまぐれに近いから、期待されても2度はできないぞ」
「十分だよ。おかげで助かったよ」
「なら良かった」
俺たちはワーウルフに視線を向けた。
見える範囲に村人はいないが、まだ隠れている人もいるはずだ。それに倒れている人もまだ息はあるかもしれない。
しかしワーウルフを撃退しない事には助ける余裕がないのもまた事実。
そうこうするうちに、先ほどの1体も起き上がりこちらを警戒する。
絵面は2対3。数も戦力もこちらが不利だ。
俺の残り手持ち武器もエアガンくらいだし、生み出すにしても有用そうな武器が何も浮かばない。
槍投げの槍を出した所でこれだけ近いと助走も何もあったもんじゃない。
俺は軽く肩を回して体の具合を確かめた。
今の疲れかたから言っても、何かを生み出すのは後2回が限度だろう。
それ以上やるとこちらがぶっ倒れてしまう。そうなれば却ってニルの足を引っ張りかねない。
となれば先手必勝だ。
俺は懐からエアガンを取り出しワーウルフ達へ向けた。
ニルが俺を見て怪訝そうな表情を浮かべているが説明は後だ。
弾は夕飯前の暇な時に補充済み。準備は整っている。
狙いを定めて、引き金を絞った。
パンッ!
軽い発砲音があたりに響く。
俺の撃った弾は寸分の狂いもなくワーウルフの体へと突き刺さった。
「……」
弾の当たったワーウルフは体をわずかにピクリとさせる。しかしそれ以上の反応は示さなかった。
もう一度引き金を絞り、数回の乾いた銃声が響いた。
「……?」
ニルはますます怪訝さを増した表情を浮かべていた。
うん。分かっていたとも。こんなおもちゃでダメージが与えられないことくらい。
俺が当たっても多少痛いくらいだ。
この逞しい体つきのワーウルフに、そんな攻撃が通用するはずもなかった。
こういう時に本物を出せればもっと戦えたろうが、今さら悔やんだところでどうしようもない。
俺の人生で銃に触れる機会などなかったのだから。
ただわずかばかりの時間稼ぎにはなったようで、ワーウルフの背後で無事な村人が避難していくのが見えた。
結果オーライ。
敵を騙すにはまず味方からというしな。
俺は再び銃を持つ手に力を込める。
狙いはワーウルフから外さない。
このまま時間をかければ村人達が駆けつけるはず。
応援が来るまで持ちこたえられればなんとかなるかもしれない。
「ゴガァァ!」
ワーウルフの一体がこちらに突進して来る。
俺は慌てて銃を撃った。
しかし弾が当たってもワーウルフは全く怯まずこちらに突っ込んできた。
そりゃそうだ。ただの豆鉄砲が当たった所でどうにかできるわけがない。
ワーウルフは俊敏な動きであっという間に俺の眼前に迫った。
身近で感じるその速さは俺の予想をはるかに超えていた。
無情にも、ワーウルフの腕が俺に振り下ろされる。
「ハヤト!」
割って入ったニルがワーウルフの腕を切りつけた。
しかしワーウルフは怯むことなく、もう片方の腕をニルに叩きつける。
ニルはその一撃を防ぎきれずに吹き飛ばされ、家屋に激突する。
家屋がガラガラと崩れ落ちた。ニルの反応はない。
ワーウルフは一度ニルの吹き飛ばされた方を見るとふいと視線を逸らし、残った俺を焦点の定まらない瞳で睨みつけた。
怖い。怖すぎる。
目の前にある圧倒的な死の恐怖に、俺は後退る。
俺が後ろに下がると、ワーウルフは恐怖を楽しむように喉を鳴らしながら俺との距離を詰めてくる。
何かないか。何かこの化け物に通用するものはないか。
俺は無我夢中で手に持ったエアガンを投げつけた。
しかしそれは簡単にはたき落とされる。
続けて携帯灰皿とタバコを投げる。しかし全く意味をなさなかった。
こういう時何を生み出せばいいのか、全く頭が働かない。
今まで生み出したものを思い出し、俺は割り箸を投げつける。
割り箸はワーウルフに当たるとぽとりと地面に落ちた。
何投げてんだ。そんなもの効くはず無いだろうが俺!
追い詰められた俺は尻餅をついてその場にへたり込んだ。
ポケットに手を突っ込み、ポケットに残っていたタバコを1本取り出した。
投げようとして、その手を止めた。
やはり最後に残るのはこれか。
俺はワーウルフの振りかぶった腕を見上げながら、タバコに火をつける。苦し紛れに煙を吹きかけた。
そのままばたりと大の字に横たわり天を仰ぐ。
満天の星空の下殺されるなんて、なんてロマンチックなんだろうか。
この世界に来てワーウルフに殺されかけるのは2回目だが、これでゲームオーバーかと思うと少し寂しく感じられた。
知らぬ間にこの世界に情が移っていたのかもしれない。
タバコをワーウルフに突きつけ、俺は映画のように最後の悪態をついた。
「くたばりやがれ、化け物が」
するといきなりワーウルフが頭を抱え苦しみ始める。
膝をつき、口から涎がダラダラと流れ出ていた。それが俺の足にかかる。
ゴホゴホとむせるたびに、涎が俺の全身を汚して行く。
その臭いに思わず顔を顰めた。
他の2体を見ると、同じく苦しみ踠いている。
何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。
暫くワーウルフが苦しんでいると、何処かから声がした。
『戻れ』
その声を聞いた途端、ワーウルフ達は直立し、村の外へと駆け出した。途中の村人には目もくれず、ただ出口を目指して走って行った。
やがてワーウルフ達の姿は見えなくなり、周囲はまだ燃え続ける家屋と吹き出す黒煙、俺のタバコの匂いだけが残っていた。
ガラガラと瓦礫を崩してニルが倒壊した家屋から姿を表す。
「ニル! 大丈夫か?」
「ハヤトこそ。ワーウルフ達は、ハヤトが追い払ったんだね。ハヤトが何か呟いた途端ワーウルフ達が苦しみ出した。あれはハヤトの魔法だったんだよね?」
魔法だと? そんなものを使った覚えはないんだが。
しかし確かに俺が悪態をついた途端ワーウルフ達は苦しみ出した。
ということは、俺は無意識のうちに魔法を使っていたのかもしれない。
まあ無いだろうが。
一先ず俺は立ち上がりニルのもとへ行こうとした。
体を起き上がらせるため力を込める。
「あれ?」
俺は上半身を上げたところで、糸の切れた操り人形のようにパタリと倒れた。
体に力が入らない。起き上がることができない。そして強烈な眠気。
俺はその感覚を知っていた。
物を生み出しすぎた時に襲ってくるあの疲労感。
しかしまだ限界には至ってないはずだが。
あ、そうか。最後のタバコ、あれは俺の願望が生み出したものだったのか。
割り箸とタバコ(1本)。今日の生成限界を迎えている。
せめてベッドにたどり着くまではと必死に抗うが、抵抗むなしく眠気に負けて微睡みの海へと沈んで行った。
ニルの呼ぶ声が微かに聞こえるが、体はどうにも反応しない。
やがて意識が完全に途切れると、俺の記憶はそこで途絶えた。