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6.この世界は存外広いようだ

神父の家を出た俺たちは、ルーナの案内でニルが商売をしているという店へ向かった。

店と言っても特別建物があるわけではなく、路面店のようなものらしい。

村々を行き来しているニルにとって、店舗を持ったとしても手入れをし続けるのは難しい。迷った末の選択だそうだ。

ただしニルが商売をする区画はしっかりと確保されており、村人公認となっているそうだ。


「ニルはどれくらいの頻度でこの村に来るんだ?」

「そうですね。月に1回、1週間ほど滞在する感じです。それ以外は他の村や街で商品を仕入れたり、販売をしているそうです」

「そっか。それだとルーナは寂しいな」

「ええ。そうなんですよ。ニル様がいなくて夜も眠れないって何言わせるんですか!」

「いや。俺は何も言ってないよ」


ルーナってば意外と単純だな。

しかしそういう所が可愛いんだよな。

言っておくが、可愛い可愛いと何度も言ってるが、別に俺はロリコンじゃないぞ。断じて違うぞ。

ルーナはちゃんと10代後半に見えるからな。


「あ、ここが診療所か?」


ニルの店へ向かう途中、ルーナに聞いていた診療所らしき建物があった。

建物の大きさは他の家屋と変わらないが、表に赤い十字の看板が置かれている。意外にも地球と共通する部分があるようだ。


まあ地球でもそのマークが選ばれた理由はあるだろうし、同じような考え方が別の世界にあっても不思議じゃない。

地球より少し外見的特徴が豊かな種族で溢れているだけと思えばそこまで大きな違いじゃない気もしてくる。


「よく分かりましたね。そうです。ここが診療所です」

「そう言えばさっき教会でも怪我を治してくれるって言ってたけど、診療所でも怪我の治療をしてくれるんだよな?」

「はい。どちらも治療を行うのは同じですが、その方法に違いがあるんです。教会の場合は法術という聖なる加護の力を使って傷を癒すのですが、診療所の場合は薬草や魔術を使って傷を癒します。どちらがいいとは一概に言えませんが、法術の場合は自己治癒能力の向上がなされるのに対して、魔術では薬などで内側からの処置を行います。ですので直接的な傷であれば教会へ、体の内面に関する不調であれば診療所と使い分けることが多いですね」


教会と診療所でそういう違いがあるのか。つまり教会は外科で、診療所が内科と言うことだろうか。

しかし法術や魔術と言う言葉が飛び出した事には驚いてしまった。

神からは能力が存在しているということしか聞いていなかったので、てっきり能力を駆使して神を倒せということだと思っていた。

だが法術や魔術と言った超常的な力が存在するのであれば、例え俺に能力がなかったとしても旅をするための武器になる。勿論そう簡単に覚えることはできないだろうが、覚えることが出来れば異世界生活をエンジョイする助けにはなるだろう。


「その法術や魔術は誰でも覚えられるのか?」

「それはどうでしょう。法術については神父様に聞けばわかるかもしれないですが、魔術に関しては魔術学校などで学んだ人でないと中々難しいと思います。簡単な魔法であれば本も出版されているそうですが、それにしても高価なものですので、一般の人では目にする機会すら少ないですから」


つまり魔法を使えるものは限られたエリートと言うことか。

医者の家系は医者、とまではいわないが、少なくともある程度裕福だからこそスタートラインに立てるということだろう。そうでない者は端からレースに参加すらできないわけだ。

しかし裏を返せば金さえあれば魔法の本を手に入れることはできると言うことだ。


これから何を為すか考えてはいないが、一先ずの目標として魔法の習得を目指してみるのも悪くない。

その為にはまず金を稼がねばならないが。


俺たちが診療所を通り過ぎた所で次は商店がお目見えだ。

入り口の上の所にミミズが這ったような線が書かれていた。が、どうやらそれはこの世界の文字らしい。

勿論俺はそれを読むことができないので、ルーナが商店だと教えてくれたのである。

所でニルも商店を出しているといっていたが、村に常駐している商店では一体何が売っているのだろうか。


「この商店では簡易な傷薬や調味料が売られてます。あとは靴やナイフなどの雑貨類が売られてますね。それと、一番はブラナブリアが売られてるので、亡くなったときに便利なんです!」


何故か最後の所だけ熱を帯びていたのは俺の気のせいだろうか。亡くなったらという表現がまた生々しい。

話を戻そう。


「ニルの商店と何が違うんだ?」

「ニル様の商店では余所から持ってきたこの村では取れない食べ物であったり、珍しい調味料が売られてます。一応武器も取り扱っているそうですが、それを買うのは村の自警団や神父様くらいで、ほとんど売れないそうですけど。ハヤト様も良かったら武器を買われてはどうですか? ニル様もきっと喜ぶと思います」


先ほど神父の所で金がないから鑑定を断念したことを忘れたのだろうか。

ルーナはどうにもニルの事となると直情的になるようだ。

しかし武器が売っているのなら是非見てみたい。買わなくても見るだけはタダだからな。


それにしてもさっきから気になっている事が一つ。

ルーナが道を歩くと家から出てきた村人がその度に何かを渡してくるのだ。

山菜であったり獣の肉であったり、時には虫であったり。思わず朝の記憶を思い出しそうになる。

そうしてルーナ一人では抱えきれない量の食料を、俺が隣で抱えながら歩いている訳である。

辛うじて、今は前方が確認できるくらいの高さだ。

それだけルーナ、いや、村長の信頼がこの村で厚いのだろう。そうでなければ村人からこれほどの施しを受けるはずがない。

この村は村長を中心に、うまく回っているようだ。


それから暫く歩いて村長の家まで戻って来た。


「あれ? 村長の家に戻って来たけどニルの商店はどこなんだ?」


山積みになった荷物を抱えながら、狭い視界でニルを探す。しかしニルの姿はどこにも見えない。


「一先ずこの荷物を家に置いて来ますね」


そう言ってルーナは手に持った荷物を家の中へ運んだ。俺は外で残りの荷物を持ちながらルーナの戻りを待つ。

すると背後から声をかけられた。


「ハヤト。ずいぶんな大荷物だね」

「おお。ニル。お前どこにいたんだ?」


俺は首だけわずかに傾けてなんとかニルを視界の隅に入れた。

ニルは目を細めながらこちらを見ていた。


「どこって、ずっとここにいたよ」

「ここに?」


その言葉を聞いて俺はまさかと考えた。

つまり、ニルの商店というのは……。


「そうです。ニル様はウチで商売をされてるのです」

「正確には村長さん家の隣だよ」


家から出て来たルーナが俺に説明し、ニルがそれを補足する。


別に何も言わなかった事が悪いわけでもないし、俺だって詳しくは聞かなかった。しかし何となく腑に落ちない気がして、2人に非難がましい視線を向けてみる。


「で、村の案内はもう終わったのかな?」

「教会と、あと診療所と商店は案内してもらったよ。残りはニルの店だって言うんで来たんだ」

「あはは。それは責任重大だなぁ。変なもの見せられないよ」


むしろ変なものの方が見て見たい気がする。

しかし本当に変なものが出て来たらリアクションに困るので口には出さなかった。


「ハヤト様には武器をお見せなったらいいと思いますよ。旅をされてるわけですし」

「確かにそうだね。それじゃあちょっとこっちに来るといいよ」


ニルは村長宅の隣へと進んでいく。少し壁で見えないところの奥に、赤青黄色の三色ストライプが印象的なテント姿を現した。

イメージでいうと見世物小屋やサーカスのそれが近しいだろう。


ニルが店舗を持たずに商いをしていることは先ほどルーナから聞いていたので、一体どんな風に店を構えているのか気になってはいたが、いざ目にすると何となくニルっぽい雰囲気が感じられた。

単に商いをする上で目立つようにしたかったのかもしれないが。

しかし店は路面店だと聞いていた気がするがこの世界ではこれがそうなのだろうか。


「少し待っててね」


そう言ってニルは俺とルーナを置いてテントの中へと入っていった。

中から何やらガサゴソと音が聞こえてくる。しばらくしてその音が止んだ。


「もういいよ」


ニルの呼びかけで俺とルーナはテントの中へと入る。

正面にはカウンターが置かれており、カウンターの奥にニルが立っていた。


「ようこそ。ここが僕のお店だよ。どうぞ座って」


カウンターの向かいに椅子が2脚用意されていた。

俺とルーナはその椅子に腰かける。

俺は店内を見回した。


テントの内側は思ったより広かった。

大人5人くらいが並んで寝ても問題ないくらいの幅がある。

天井は中心に行くほどすぼまっているが、高いところでは3m近くありそうだ。

その空間にニルが各地で集めてきた様々な商品が置かれていた。


怪しげなお面や年代物の旅行鞄、何に使うのか分からない変な人形。壁にはずらっと帽子がかけられており、脇に置かれた棚には瓶詰めされた香草や液体が並べられていた。

緑色のフラスコ状の瓶はポーションだろうか。ただコポコポと泡が生まれては弾けているので決して飲みたいとは思わないが。


一しきり商品を見た後ニルに再び視線を戻した。


「何か欲しい商品はあったかな?」

「いや。何の商品か全然わからん」

「だろうね」


そう言うとニルは声を出して笑った。明らかに分かっててやってるなこの猫は。

笑い終えると目に溜まった涙を拭って一息つく。


「ごめん。ちょっとからかっただけだよ」

「ああ。分かってる」

「それは良かったよ。さて、冗談はこれくらいにしようか。ハヤトは僕に聞きたいことがあったんだよね」

「そうそう。それだよ。忘れてた」

「そんなで大丈夫なのかな?」


俺の反応にニルは呆れ気味に溜息を吐いた。

薄暗いテントの中でニルの困った顔が部屋の明かりに照らされる。猫ながら何ともコケティッシュだ。


「で、何が聞きたかったのかな?」

「ああ」


俺はちらりとルーナの方に目だけ動かす。

ニルは直ぐに俺の意図に気づいたのか、目を細めて口の両端を吊り上げる。


「ルーナ。ちょっとの間、席を外してもらってもいいかな。余り聞かれたくない質問のようだから」

「聞かれたくない、ですか?」

「そう。男の子特有のそういうあれこれだよ」


その言葉を聞いてルーナは見る見る赤面した。

直ぐに椅子から立ち上がると『先に戻ります!』とだけ言い残して駆け足に村長宅へと戻っていった。

俺はジト目でニルを見つめる。ニルは『にゃはは』ととぼけたように笑った。


「さて。本題に戻ろうか。ハヤトは何が聞きたいんだい?」

「男の子のあれこれについて」

「もう、冗談だよ。そんなことに時間使っても建設的じゃないよ。時間は限られてるんだから」

「……。俺の聞きたいのはこの世界についてだ。色々な所に行商に行ってるニルなら、他の街がどうなってるとか、どんな国や大陸があるかとか、色々情報を持ってるかと思ってな。今後旅をしていく上で世界情勢を知っておくことは重要だろう?」

「確かにそうだね。ハヤトはまだこっちに来て日が浅いようだから、色々と知っといた方がいいよ。行き当たりばったりじゃ、この世界はあまりに危険だ。じゃあまずはこの世界の構成から話そうか」


そう言ってニルはカウンターの下をごそごそと探ると、巻物のように巻かれた一枚の紙を取り出した。

縛り紐を外して丸まった紙をカウンターの上に広げる。


そこに描かれていたのはこの世界の地図であった。

大陸らしきものがいくつかあり、上端にも島のような図がある。

空白部分には国か大陸の名前だろう文字が書かれていた。

地図には所々黒く塗りつぶされた部分も見られたが、それが何を意味するのかは俺にはわからなかった。


ニルは地図を見せながら説明を続けた。


「まずこの世界は6つの大陸に分かれている。中央のグリンクラント大陸、極北の地エーデリア大陸、魔界フージャッカ大陸、浮遊都市エスメルダス大陸、水の大地アクアメナス大陸、熱砂の地ヴァルバッカ大陸。今僕たちがいるのはグリンクラント大陸だよ。そして――」


ニルが大仰な動きで地図の一点を指差す。

そこには小さな丸と、何か文字が書かれていた。


「ここがアパトの村だよ。地図じゃイメージし辛いだろうけどね。丁度村の南側に見える山脈地帯が地図上のこの部分。ハヤトが歩いてた街道はこの山脈の下に広がる森の端っこだよ」


ニルがアパトの村から山脈筋、そこから木のようなマークがいくつも並んでいる部分を指して言った。

森と隣り合った形で一本の線が伸びており、やがて森が途切れた先の山脈の果てへと続いていた。しかし道は途中で切れ、そこから、(かね〜、先は山裾が広がっている。

更にそこを超えると大陸自体が切れていて、その先は海が広がっていた。

その海の方へと伸びる一本道上には村の痕跡はない。つまり、アパトの村はこの大陸のほぼ端っこ、最南端に位置する村だった。


俺はアパトの村の位置から少し上、北側へと視線を動かす。

そこには大陸を分断するように線が引かれており、線に囲まれた場所には山形のマークが書かれている。それが9つ。


「この線で囲まれた所は国か?」

「そうだよ。グリンクラント大陸は9つの国からなっているんだ」


大陸の大きさに対して9つの国と言うのは聊か狭小な気もしたが、実際この大陸の南側、半分以上は山と森で覆われている。国があるのは上半分だけで、大陸の大きさから見てもさほど違和感は感じない。

周囲の大陸の方がよっぽどグリンクラント大陸よりも大きいからだ。


「実は100年くらい前まで各国睨み合いの戦争をしてたんだけど、ある国の王様がこの戦争を終わらせたんだよ。それ以降9つの国家は統合して手を取り合ってきたんだ。元々国ごとに独自の文化が濃くて、そのせいで戦争になったこともあってね。それからは相互交流も盛んになって、今じゃすっかり平和な時代になったよ。ちなみにアパトの村が属しているのは農業国リーデイロ。共和国の中で最も歴史ある国なんだよ」

「農業国……。農業が盛んなのか?」

「言葉通りね。ここから首都に行くまでは広く農耕が行われていて、小麦や野菜なんかがこの国の一大産業だよ。ただこの辺りは森と山しかないから、農業より放牧や狩猟が中心だけどね。でも森の方はワーウルフやゴブリンなんかも潜んでいるから、狩猟を行うのは腕利きのハンターや冒険者が主なんだ」

「ハンターは何となく分かるが、冒険者って何をする奴らなんだ?」

「ハヤトの世界にはそう言った人たちはいないんだね。冒険者は冒険者ギルドに所属している人たちの集まりを指すんだよ。お金をもらって色々な依頼を請け負っているんだ。ちなみにハンターって言うのは冒険者と似てるけど、所属するギルドがハンターギルドの人たちのことを言うんだ。まあハヤトの世界にもハンターはいるみたいだし、そんなに違わないのかな」

「あ、ああ。まあな」


咄嗟に口をついて出てしまった言葉だが、まさかゲームの話だなんて言えるはずもない。現実にいなくはないとは言え、残念ながら俺のハンターのイメージは"狩りに行こうぜ"しかなかった。

しかしハンターギルドか。


「この世界には他にもギルドがあるのか?」

「小さなギルドから大きなギルドまで様々あるけど、大きく分けてギルドには3つの系統があるよ。一つは肉体系のギルド。さっき言った冒険者ギルドとハンターギルドはこの最大手で、実際に身体を動かして様々な依頼に応えるんだ。両方とも大手だから、冒険者とハンターという呼び名はこれを区別するためだね。もう一つは頭脳系のギルドで、主に魔法に長けた者が所属しているんだ。日々魔道の研究を行っていて、魔法の生活への利用なんかを考えてるギルドが多いよ。そして最後が商工系のギルドだ。物を作ったり売ったりすることを生業にしている。ギルドに入ると色々有利なことが多いから、殆どの商人は何れかの商工ギルドに属しているね。勿論僕もね」


話を聞くと、どうやらこの世界でのギルドと言うのは会社のようなものらしい。


ギルド自体は昔からあったそうだが、その数は年を追うごとに増加している。元々どこかのギルドに属していた者が独立し、新たに別のギルドを立ち上げるそうだ。地球で言うとベンチャー企業と言った感じだ。

そうして今では多くのギルドが乱立しているという。

その最も有名な独立ギルドがハンターギルドだそうだ。


ハンターギルド創設者は元々冒険者ギルドに属していた。

しかしギルド内での諍いが原因でその人物は冒険者ギルドを脱退、新たに似た系統のハンターギルドを立ち上げた。それから時が経ち、今では冒険者ギルドと肩を並べるほど巨大な組織になったそうだ。

独立して会社を興し、巨大企業へと成長する。よくある話ではあるな。


「ちなみにギルドには俺でも所属することはできるのか?」

「うーん。ハヤトはこの世界の人間じゃないから難しいかもね」

「異世界人はダメなのか?」

「そうじゃないよ。よっぽど特異な姿でなければ見た目には異世界人かなんて判別できないからね。ただこの世界での後ろ盾がハヤトには無いんだよ。身の証明と言うか、何者であるかを保証する術がない。つまり信用が置けないってことだよ」


なるほどな。

確かに見ず知らずの人間を雇うかと言うと、俺が社長であれば絶対にノーだ。それはどんな人間でもそう思うだろう。

身元もわからない、過去の情報も何も照会できない。いつ自分を裏切るか、あるいは初めから裏切られているかすら分からないのだ。

何も情報がないということは即ちリスクに他ならない。情報を得るということはそれだけリスクを減らすことにつながる。リスクしかない俺をギルドに加入させるような奇特な人間はそういないだろう。

寧ろそれで俺を加入させるといわれれば、何か裏があるとしか思えない。


ニルもそれが分かっているからか、厳しい表情を崩さなかった。

俺たちは暫し沈黙する。


「まあギルドに絶対入らないといけないってわけでもないからね。そもそも皆がギルドに入ってるわけじゃないし、所属しなくても商売をしている人や冒険者をやってる人もいるから。ハヤトもそっちを考えてもいいかもしれないね」

「でも入ると有利なことは多いんだろ?」

「共通の意識を持った人間が大勢集まってるからね。それだけ色々な情報も集まるから、それだけでも十分有利なんだよ。一人でできることは限界があるからね」

「確かに、一人じゃできなくても大勢いれば解決できることも多いだろうからな」

「そうそう。魔物の討伐とかも人数が必要になってくるから、いくつかのギルドで協力することもあるくらいだからね」

「そうか。残念だな」


俺は突き付けられた現実に肩を落とした。

そんな俺を見て、ニルは細い目をさらに細めながら口元を歪めた。


「ハヤト。やっぱりギルドに入りたい?」

「そうだな。具体的な希望があるわけでもないけど、そのうち入れたらとは思うな」

「そっか。一応手がないこともないんだけど」

「ほんとか!?」


俺はニルの言葉にカウンター越しに身を乗り出した。

ニルは腕を組みながら胸を反らす。鼻を鳴らしてどこか偉そうな雰囲気を醸し出していた。


「そうだね。いくつか方法はあるよ。1つはさっきから言ってることと同じだけど、信用だね。つまりは後ろ盾を得ればいいんだよ。ギルドのメンバーと仲良くなって推薦してもらうんだ。もう一つは自分でギルドを作ることかな」

「ギルドを作るなんて簡単にできるのか?」


少し予想外の言葉が飛び出した。前者はわかるが、後者はそれよりも難しいんじゃないのか。

そもそも信用がないからギルドに入るのが難しいのに、作るとなるともっと難しいように思う。

ペーパーカンパニーならいざ知らず、本格的に会社を起こそうと言うのだ。異世界人の俺にはそう簡単な話ではないだろう。

しかしニルの言葉は全く逆だった。


「出来るよ。ギルド作りますって言っちゃえばそれで出来るんだよ」

「そんないい加減でいいのか?」

「まあね。一応ギルドを統括している管理委員会があるからそこにギルドマスターの名前とメンバーの名前、何をするためのギルドかを書類に記載して申請すれば大丈夫なんだよ。ただ作るのは簡単だけど、作った後のことは保証できないけどね」


予想外の簡単な内容に俺は半ば呆れていた。

もう少しきっちり管理した方がいいんじゃないだろうか。何だか心配になってくる。

とは言え俺にとってはその方が都合がいい。ややこしい審査や手続きが必要なほど、俺にとっては困難が大きくなるからだ。

それにニルのいうとおり、簡単に作れたとしてもそれを持続させる方が難しい。しっかりと内容を固めなければ他のギルドにすぐ淘汰されてしまうだろう。


「一応一つ目の方法だと僕も協力することはできるよ。例えば、僕が所属ギルドにハヤトを入れてほしいって推薦すれば、きっとギルドマスターはキミを受け入れてくれると思うよ。それは僕が今まで信用を積み重ねてきたからこそだけど」

「流石ニル!」

「えへん。もっと褒めるといいよ。ただこの方法は紹介者もリスクを負うことになるから、相応の信頼を築く必要があるんだ。つまり現状、僕が所属するギルド以外に選択肢がないんだ。その場合、一つ問題が発生するんだけど……」

「何だ?」

「ハヤトはうちのギルドに入りたい?」

「……うん。あまり興味がわかない」

「だと思った」


ニルは苦笑いを浮かべる。


別に商工ギルドが嫌ってわけじゃない。ただせっかく異世界なのだから、もっと違ったことができるんじゃないかと思っただけだ。

とは言え先立つ物は必要なので、ギルドに入らず手伝いだけでも出来ないか聞いてみることにした。


「別に構わないよ。僕の旅のお供って感じでよければだけど」

「ホントか。それは助かる」

「お安い御用だよ」

「ありがとな。もし俺がギルドを作ったら、一番初めにニルをスカウトするよ」

「ふふ。僕は高いよ」

「望む所だ」


と言うわけで、ニルがこの村を発つ際俺も街まで連れてってもらうことになった。


一先ずこれが俺の異世界の旅の第一歩だ。

これから何が起こるのか全く予想もできないが、ニルの話を聞いて世界を見て回りたいと思った。

この世界に一体どんな景色が広がっているのか。

俺は今までに見たこともない雄大な景色を想像しながら、期待に胸を膨らませた。


「そう言えばもう一つ聞きたいことがあったんだが。いいか?」

「うん。何かな?」


そこで俺はこの村にきてからの疑問を口にする。

何故村人に落ち着きがないのか。


俺がきたときもそうだ。村人のあの異様な殺気だった雰囲気はただ事じゃなかった。

村を回ってる時も何だか村全体が暗い雰囲気だった。


そう言えば村人に囲まれた時、ニルは村長に何かを教えて貰えと言っていたが、結局その話をせずに紹介だけで終わってしまった。


ニルの紹介がなければ俺が犯人のような捉え方をされかねなかったわけだが、そうすると一体何の犯人なのか。

俺は一体何を疑われていたのか。


俺のその質問に、ニルが重い口を開く。


「誘拐だよ」

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