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第2版  作者: 八雲 辰毘古
番外篇1:〈緑の礼拝堂〉
32/57

外ー5.〈神殿〉攻略戦(2)

「なんなんだいったい……」


 組み立て直されている陶兵たちを見ながら、アデリナはつぶやく。

 すでに三つ目の横線は引き終わっている。あとは最後の壁の作業をこなし、結界の効果を弱めるだけだった。

 しかしその最後というのが厄介だった。というのも、最下層に降りる石段があるからで、完全な横線を引くことができない。仮に行なうとしたら、そのきざはしをまたいでひと苦労しなければならなかったのだ。


 陶兵たちの瓦礫の山は、次第に盛り上がり、新たなかたちを取ろうとしていた。

 それは言うなれば、一個の巨人だった。体長は八メテレにも達し、〈光〉に反射して、そこかしこに精巧に象られた顔がのぞく。頭部というべきものは存在せず、さながら巨鬼(トロウル)のごとき得体の知れない怪物が、闇から生まれ出ようとしていたのだった。


「シュヴィ! あいつらの動きが変だ! そっちからなにかわからないのか!」


 アデリナはとっさに上に呼びかける。

 すると、天井に花火のような閃光がほとばしり、大きく描かれた五芒星が照らし出されたのである。


「《魔女》の、刻印……?!」


 奇しくもふたりは同じ言葉を漏らした。

 だが時はふたりに容赦なく判断を迫った。


 完成した巨大陶兵が、さっそくこぶしを振り下ろしたのである。その腕には青銅の武器が無数に連なっていて、ただの打撃以上の破壊力があるのは一目瞭然だった。

 アデリナはこれを勘で避けた。前転し、大きく腕から間合いを取る。おかげで生命は助かったものの、振り返って、彼女は自分の失敗を悟った。


 石段が、壊されたのである。


 巨大陶兵は最初から彼女を狙っていなかった。というより、退路を断つことを最初に考えていたようだった。ここで捕らえて、二度と陽の光を浴びせないという魂胆がそこから透けて見える気がして、アデリナの背筋が凍りついた。


 と、そこに、〈矢〉が降り注いだ。

 シュヴィリエールだった。

 刻印の弓を構えて、暗がりから連射する。しかしまるで石に針を立てるように、まるで効いている様子がない。


「ダメか……!」


 シュヴィリエールは気づいていなかったが、〈矢〉はたしかに巨大陶兵に傷を与えていた。しかしあまりにも微細すぎることと、本質に対して弱すぎたことの二点が、その傷を無意味なものにしていたのだった。

 もしよく目を凝らし、関節などの重要部位を射抜くことができたら、大打撃にすることができただろう。しかし、現時点でシュヴィリエールにはその技量も、ましてや弱点を見抜く視野もなかった。そのため、彼女は攻撃対象を切り替えた。


「アデリィ、持ちこたえてくれ! わたしは〈神殿〉の上書きを優先するから!」


 アデリナは応答しようと思ったが、する間もなく腕に追われた。上から振り下ろされるもの、横に薙ぎ払われるもの、振り回されているうちに飛んでくる青銅の刃などを、ひたすらに避け、ときには鼻先三寸の地点で土煙に(いぶ)されることすらあった。しかし、アデリナは俊敏だった。股の下をくぐるなどの工夫で、見事に時間を稼いで見せたのだ。

 その間に、シュヴィリエールはアデリナの描いた横線に、縦線を書き足す作業に徹した。立体的に見れば縦長の直方体になるこの空間を上書きするためには、最低四方の壁を押さえる必要がある。〈神殿〉の境界はとりあえずひと回りでまとまっていなければいけないからだ。天井の五芒星は想定外の代物であったが、四方を押さえることさえできれば、上書き行為そのものに支障はきたさない。たとえ、この場所がすでに《魔女》の掌中にあったとしても。


 引き絞った弦から、無数の〈矢〉が飛び出す。先ほどから絶え間なく連射しているために、刻印の弓もそろそろ保たないだろう。


「耐えてくれよ……」


 もはや祈るしかなかった。


 と、そのときだった。

 アデリナが転んだ。青銅器や陶片を散らかした最下層の床の上は、もはや走るには最悪の状態であった。むしろいまのいままで避けていたのが良かったと言っていいぐらいだ、とシュヴィリエールは視認しながら思ったぐらいである。だが、転んだところをすかさず、陶兵の腕が降りた。


「アデリィ!!」


 シュヴィリエールは叫んだ。

 土煙りが彼女の視界を邪魔する。

 つかの間手が止まり、固唾を飲んだ。

 どうか生きててくれとねがった。

 長い長い祈りの時間が経っていた。


 そして……


「くそっ……たれ……がぁっ!!」


 腕が落ちる音と、アデリナの怒鳴り声が同時だった。シュヴィリエールは胸をなでおろす。よかった、彼女は無事だ、と。

 だが、シュヴィリエールが思っているほどにはアデリナは無事ではなかった。とっさに床に落ちていた斬魔刀を拾い、振り落とされた腕をいなしたものの、ふたたび持ち上げるにはまだ肩の傷が癒え切ってなかった。それに、まだ横線を引き終えていないのである。


 シュヴィリエールは気づかない。そのままあと二、三の〈矢〉を放てば、上書きが完了するとさえ思い込んでいる。


 マズい、とアデリナは思った。


 肩がズキズキ痛むし、全身の血が沸騰しそうなほどに激しく巡っている。頭はもうすでに理性を宿していないし、脚は棒になりかけてすらいる。

 けれども、やらなければ死ぬしかない。

 アデリナは、決意を固めた。


 走り出す。そこかしこに散らばる瓦礫と青銅器を避け、頭上からの攻撃も躱しつつも、彼女はとにかく石段の残骸がのこる壁にひたすら走っていた。

 〈矢〉がほとばしる。縦に一直線。じつはこの攻撃で刻印の弓が壊れてしまっているのだが、アデリナはそんなことは知らない。これで陣が完成する、とシュヴィリエールが思い込んでいるそのほんの一瞬前に、


 アデリナは、短剣を叩きつけた。

 そこで交差は完成した。


 ──空間が青白く光った。


 まるで水源を掘り当てたかのように、交差された壁の傷から光が溢れ出る。それは空間全体を浸し、空気そのものを一新するかのようにまぶしかった。

 光に包まれ、ふたりは目を閉じる。

 やがて目を開けると、そこには崩れ落ちた陶片の山と、その中心にぽっかり空いた、地下へのさらなる穴だった。


「ようやく……なのか?」


 アデリナはなにげなくその塚山に登り、中をのぞき見ようとした。

 ところが、すかさずシュヴィリエールの怒声が聞こえた。


「ばか者! 油断するな!」


 そのときだった。

 瓦礫の山から黒ずんだ腕が現れた。アデリナがそれに気づいたときにはもう遅かった。ふくらはぎのあたりを強く握りしめられて、ぐいと引きずりこまれたのである。

 口汚い罵り声を上げながら、アデリナは、短剣をその腕に叩きつける。すると刃が欠けてしまったが、おぞましい声が上がって、腕が引っ込んだのだった。


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