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第2版  作者: 八雲 辰毘古
魔女の騎士篇
14/57

2ー3.若きルートくんの悩み

‪ 時は少々(さかのぼ)る──‬


‪ ガーランドとデニスが談話をしているそのあいだ、アデリナとルートは着替えず、ずっと部屋で待機していた。他よりすることがなかったためであるが、おかげですっかり退屈を持て余してしまっていた。‬


‪「あーあ、ヒマだあ……」‬


‪ 椅子に逆向きに座るアデリナは、背もたれにあごを乗せながら、手足ををぶらぶらさせていた。‬

‪ 対するルートは、どこからともなく出してきた、赤い革表紙の書物を開いて読みふけっていた。その本の表題は『神聖叙事詩』──教導会の聖典の、携帯(けいたい)版である。‬


‪ それを見て、アデリナは言う。‬


‪「ほんとに物好きだなー。そんなに勉強していると、肩()っちゃうぞ」‬

‪「……頼むよ、リナ。すこし……静かにしててくれよ……」‬

‪「なあルゥ……お前、ガーランドさんにも言われたろ。魔術を使おうたって、そんな付け焼き刃じゃあ役に立たないぜ」‬


‪ ここで初めてルートは顔をあげる。‬


‪「勘違いしないでね。ボクは強くなりたいんだ。護られてばかりで、足手まといになるなんて……ボクはイヤなんだよ」‬


‪ あの旅立ちの日以来、ルートがどこか塞いでいるのを知らないアデリナではなかった。‬

‪ だがヴェラステラとの戦いにおいて、彼は決して役立たずではなかった。彼は力を発揮し、剣を顕現(けんげん)させた。それがアデリナの手助けとなったことは彼女自身が証明しているし、ガーランドを含めた周囲もまた記憶していることだ。‬


‪ しかしルートにはそのときの記憶がない。‬

‪ (おぼ)えているのはただ、何もできなかった自分だけだったのだ。‬


‪ ゆえにだろうか。‬

‪ ルートは街に着いたすぐに、『叙事詩』の携帯版を求めた。それはギルドの書棚から容易に手に入ったものの、ガーランドは、あまりいい顔をしなかった。実戦的ではない、というのがその主張である。‬


‪『もちろん私たちも魔術──『叙事詩』に基づく神聖体系を扱うけれども、使いこなせるようになるには少なくとも数年は掛かる。ユリアさんからその根幹を教えてもらったからって、すぐにできるわけじゃないんだ。‬

‪ たしかに彼女は、魔術の本質を《記憶》と言っていた。でもそれは暗記とはちがう。私がやってるような祝詞(しゅくし)や所作、それに触媒を見よう見まねで設けたところで、神秘は発現しないんだよ』‬


‪ 彼は魔術の(ことわり)を〈道〉に(たと)えた。‬

‪ 〈道〉には大小がある。大きな〈道〉ほど安定していて、ひとびとが利用しやすい。一方で小さい〈道〉は人通りが少ないため不安定だが、近道になるかもしれない。‬

‪ しかしそれは「目的地」がある場合の話だ。術者が何のために、何を()すのか。そのことがわかっていなければ、せっかく〈道〉を知っていても、迷うことがある。‬


‪『だから魔術を使うものは、自らの行く先──つまり自分が魔術を使って何を為すのかということを、じっくり磨いてゆかねばいけない。〈道〉の何たるかを知り、〈道〉の行く先にあるものを思い浮かべ、そこへたどり着く最適な〈道〉を選択する……これを自在に行えるようになって初めて教導会から〈導師〉の位階を授かるんだ。口先で言えば容易(たやす)いけれども、こんなことは一朝一夕でできることじゃない』‬


‪ だがルートは(かたく)なだった。‬

‪ それでもいいから、何かできることを。‬

‪ ひたすら強請(ねだ)り続けたのだ。‬

‪ そして遂にガーランドを根負けさせた。‬

‪ 簡単な術ならば、という条件付きだった。‬


‪「聖なる炎の術なんて大げさなものじゃなくていい。せめて目くらましとか、ものさがしの術ができるようになれば、すこしは役に立てるはずなんだ。それぐらいできなきゃ、またボクは足を引っ張っちゃうよ……」‬


‪ 俯きつつあるルート。‬

‪ アデリナは頭を掻いた。‬


‪「んー、別に足手まといだなんてことはないと思うんだけどなぁ。ルゥは頭がいいから、すこし気が回りすぎるだけでさ。アタシはほら、剣を振り回すぐらいしかできないんだから、それをやってるだけで。ルゥはルゥでできることをめいいっぱいやれば、いいんじゃないかな」‬


‪ ルートはアデリナをにらんだ。‬


‪「ボクは昔語りのお姫さまさながらに、背後で控えてろってわけ?」‬

‪「いやそんなこと言ってねえし」‬

‪「なんだよ、リナは脳筋だから、無力感なんて味わったことないんでしょ!!」‬

‪「えっ、はァ? それとこれとはカンケーねえだろ!」‬

‪「そういうとこが脳筋なんだよ! バカ!」‬


‪ 彼はそう怒鳴ると、ベッドに飛び込んだ。‬

‪ アデリナはさらに頭を掻いた。‬


‪「あーもう! てめえは女かっての!」‬


‪ そうこうしているときに、新たな客があったのだ。‬


‪「ちーッす、てアレ? お取り込み中?」‬


‪ ひたすら気まずい沈黙が流れていた。‬

‪ 入ってきたのは栗色の束ね髪──シャラ・エヴァンズだ。ガーランドを案内して階下に降りたのがつい先ほどのことだったはず。しかしその(はしばみ)色のひとみは退屈しのぎに、見目麗しいふたりのすがたを、輝かしいまでに反映させている。‬


‪「やっぱり可愛い……」‬


‪ 唐突に呟いた言葉がそれだった。‬

‪ またもや気まずい沈黙が流れたのだった。‬

‪ ようやくアデリナが、恐る恐る尋ねた。‬


‪「シャラ……さん? どうしたんだ?」‬

‪「ウン?‪ ああ、ガーランドたちに追い出されてきたンだよ。うちはあいつらの仕事にとっちゃ邪魔モンでしかないからな。あ、でも来なくて正解。お客さんはとてもとても臭かったンだからね」‬


‪ 鼻をつまむしぐさをする。‬

‪ と、そこにシャラはルートの姿勢を見てけげんな顔をする。ベッドに伏していたのが、上体だけ起こして扉を見つめているそれだ。‬


‪「なにやってンのさ」‬


‪ ただひと言、それだけだ。‬

‪ びくり、とルートがおののく。‬


‪「いや、それはこっちが訊きたいよ」‬


‪ むっとして言い返す。けれどもそれがシャラにとっては楽しくて仕方ないようだった。無邪気に「暇つぶしさ」と応える。ルートはため息を吐いた。だんだん落ち着かない気分になって、そわそわとシャラの方を見やるが、彼女は微笑するばかりだった。‬


‪「ねえ、シャラさん。ガーランドさんたちが何やってるか、て気になったことないの?」‬


‪ ようやくルートは口を開いた。‬


‪「うーん。ねえなぁ」‬

‪「でもさ、付き合いは、長い方でしょう?」‬

‪「そうだな。あいついま二十八だったと思うけど、まあ従騎士になる前から換算すると、もうその半分以上はある付き合いだよ」‬


‪ これにはアデリナも驚いた。‬

‪ 前にもたれていた姿勢が正される。‬


‪「ガーランドさん、てもとは騎士だったのか?!」‬

‪「あれ、知らなかったン? そうだよ。あいつはね、もともとギルドの商家が貴族になったところの()でね。そこから数代は経ているけど、うちらエヴァンズ商会との付き合いがあるのはそういう伝統があるからだよ」‬


‪ シャラが語ったガーランドは、ふたりが見知っているものとはまた違う側面を垣間見せていた。‬

‪‪ 昔語り──とくに騎士道物語が好きで、英霊の魂に想いを馳せ、シャラと戯れながら、その夢を語る。そこに点描(てんびょう)されるのは無邪気でらんまんな少年時代だった。(ほうき)を馬に見立てた騎馬戦ごっこや、(ひのき)の棒で執り行った決闘もどき……ときには草原で摘んだ野花を冠にして、騎士の誓いを立てたこともあったという。‬


‪「でも……それは昔話さ。遠い昔の話」‬


‪‪ そう呟くシャラは、どこか淋しげだった。‬

‪‪ アデリナはそれを見て、心なしかにやにやしていた。‬


‪「シャラさんってさ。ガーランドさんのことが好きなのか?」‬


‪‪ シャラはきょとんとした。そして、腹を抱えて笑いだした。‬


‪「そいつァひでえ冗談だ。現在進行形みたいに言われるなンてな……」‬


‪ 言いながら、彼女は奥歯で笑いを噛み殺していた。腹痛にでも見舞われたかのように腹を抑えている。‬

‪ 溜まった(なみだ)をぬぐいつつ、彼女は続ける。‬


‪「ああ、もう笑わせやがって……まあたぶん、そうだったかもしれないね。けれども、もうそれこそ昔の話だよ。あいつは遠くに行ってしまった。うちとはもう違う世界の住人なのさ」‬

‪「……あなたはそれでいいんですか?」‬


‪ 問いかけたのはルートだった。‬


‪「あなたは、その、ガーランドさんたちがどんなことをしてるのかわかってて、それで何もできない自分を、自分の無力感を、恨んだことはないんですか? 一緒に同じ道を行きたいと、ねがったことはないんですか?」‬


‪ 嗚呼(ああ)──とシャラは嘆息した。‬

‪ なんだそんなことか、と言いたげに。‬


‪「なかったと言えばウソになる。だけど、うちはできないと思った。あいつが進もうとして、いまもまだ進んでいる道に、自分が一緒に居られない、と思った。それは、いまあいつが何をやってるのか、わかってるからこそそう言えるンだ。‬

‪ その点許嫁(いいなづけ)さんはイイよなぁ、何も知らず、何も知らされないまま、優しいあいつの顔だけ見られるンだからね」‬


‪ けどな、それで良いンだ、と彼女は言う。‬

‪ それで良いンだよ。うちは自分があいつの背負ってるものを肩代わりできないけれども、あいつのやりたいことの手助けぐらいはできる。自分の持ってるものや、してきたことの積み重ねの上にしか、それはないンだよ──と。‬


‪「だから、もし坊やが何か思い悩んでいるようなら、ムリする必要なンてない。人間ひとりじゃ何もできないからね。いつか絶対ガタが来るときがあって、そういうときに、キミにしかできないことが支えになる。それで良いじゃないか。いつもいつも役立とうなンて踏ん張っていたら、くたびれちまうよ」‬


‪ ここまで言って、シャラは苦虫でも噛み潰したような渋い表情に変じた。それから首を振ると、我に返って、‬


‪「やれやれ。ガラにもない説教なンかしちまった。いまのは忘れてくれ。情けなくて面白くもない、小噺だよ」‬


‪ 言い終わって、早々に部屋を出ようとしたとき、ガーランドが帰ってきた。‬

‪ 扉で鉢合わせる男と女。‬


‪「なんだシャラ、ここにいたのか。先ほどから話し声が聞こえていたようだが……何を話していたんだ?」‬

‪「ヒ・ミ・ツ」‬


‪ へらっと乾いた笑いを浮かべて、シャラはガーランドの傍をすり抜けた。その背中の影から、彼女はアデリナとルートに向けてウインクをしていた。‬

‪ それを知らず、ガーランドはただシャラの背中を見送る。振り返ると、‬


‪「なあふたりとも、シャラと何を話していたんだい?」‬


‪ ふたりは顔を見合わせた。それから暗黙に心を通じ合わせると、いたずらっぽい笑顔を浮かべて、ヒミツだよ、と言ったのだった。‬

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