007 居酒屋「セイリュウ」
ロザリオ・リンネは、生涯一人だったはずの男だった。
両親は幼いころに無くし、親戚に預けられたもののそこに「愛」はない。
愛という言葉は知らないわけではなかったが、それを発することができない状態である。
本来の性質である、持っていた「威圧」の発散が制御できず。
少年期には友人どころか、彼に話しかけようとする人すらいない。
制御できないもののせいで、上級生からは睨まれ、その自衛のために「剣」という武器を手にした。
17歳になり、社会に旅立つときは「一生戻ってこない」という約束の元、親戚の家から1年分の費用を渡され、追い出されるように出ていく。
そんな彼の目に留まった職業が、「冒険者」だった。
自分の実力のみで上へ這い上がり、同時に少年期から唯一の取柄であった「剣」の道を極める。
それしか、考えられなかったのだ。ロザリオ・リンネには。
転機は22の時。王都【アンドロメダ】で、ひと時の休息をしていたころのこと。
酒場で、一人飲んでいたロザリオにアヴェロンが話しかけたのだ。
上位種族ということもあって、【魔眼族】は一目置かれてみられる。
そんな存在が、こちらにやってきたこと自体ロザリオには信じられないことだったのだが、彼はそのまま彼に近づくと「一緒に飲まないか?」と言葉を投げかける。
その顔は、ロザリオがはっとするほどに明るいもので、……そこで初めて彼は、孤独ではなくなったのだ。
「……。なんだか、懐かしいなぁ」
ロザリオとアヴェロンは、3年前に出会ったそのままの酒場で盃を交わし合っていた。
飲んでいるものも、前と同じ。
ここ、居酒屋「セイリュウ」の店主はアヴェロンとも接点がある。
看板娘代わりに、彼らの作った魔紋獣器を複数個配置しているところで察することはできるだろう。
「というか、私ももう1ヶ月もここにいるのですよね」
「そうだな」
「今年で一番長い滞在なのかもしれないです」
そういって、ロザリオは柔らかな笑顔を見せる。
「こういう温かい場所も、いいですね」
「確かに。……てんしゅー!」
「はいはい、アヴェロン久しぶりだな」
店主が2人の向かい側までやってきた。
カウンター席で座っていた2人に「新しい酒だ」と注ぎながら2人を興味津々な目で見つめている。
「それにしても、ここを救った2人が。2年ぶりにここにくるとは……どういう風の吹き回しなのかい?」
【アンドロメダ】の英雄、2人はそう呼ばれている。
2年前、龍から王都を救った救世主が、アヴェロン・エクズーバとロザリオ・リンネであるのだ。
「別に、私はアヴェロンに魔紋獣器を作ってもらうだけですよ」
「ほう、剣豪が、ねえ」
「設計はできたから、あとは創造だな」
アヴェロンが、店主とロザリオ2人に聞こえるよう、作業の状態を伝える。
作っている風景を、ロザリオは今回の滞在で何回も見ていたのだが、それでもやはり興味深い、と。
魔法と科学の融合というのは、視覚的にもとてもいいものなのだとロザリオは心のなかでサムズアップする。
実際、それを見ることができるのはロザリオ自身が、アヴェロンの友人だからということだが。
普通の人が、2人たちの作業を見ることなんて、絶対にないともいえよう。
それが、王であっても。