066 親友の存在
「聞いてください閣下!」
「カエスト。聞きたくない」
男は、聖神殿の調査に対して何もできず失敗したという報告書を渡すなりまくし立てるエンジ・カエストを見つめてつぶやいた。
ここは王都【アンドロメダ】の中心部に位置する王城の、『謁見の間』である。
入り口から赤い絨毯が敷かれており、その先に王座は3つ。
うち2つは空いており、真ん中のいっそう煌びやかに彩られた王座に、壮年の男が深く腰掛けていた。
「でも、エグズーバが邪魔しなければ」
「アヴェロンは私の友だ。彼は理不尽に我を忘れたりしない」
ヒュリオンの父親であり、このプトレマイオス王国の国王。
プトレマイオス国王は、目の前の魔法学者に殺意すら抱き始めていた。
「ですが」
「私はもう聞きたくない。ほかに何かあればヒュリオンに言ってくれ」
だが、ここで殺傷をするわけにもいかない。
大切な友人を、命の恩人を邪魔扱いされるのは究極に気にくわないが、一国の王である。
一刻も早く、この男を目の前から消したい。
申し訳ないが、国王は自分の息子に彼を押しつけるように手を払った。
間の直ぐ外で、ヒュリオンは出迎えの為に門へ向かっていた。
それに追いつくようにほぼ駆け足で、カエストがついて行く。
「僕は忠告したはずなんですけど」
ヒュリオンは、彼が聖神殿へ向かう前に忠告をしていたのだ。
決して、『敵と見なされないように』と。
それは巫女ではなく、丁度アヴェロンが向かう時期と彼の向かう時期が重なったからこそ、ヒュリオンが下した結論である。
だが、カエストはそれを見事に勘違いしていた。
「王子、貴方が忠告したのは『外敵と見なされないようにすること』のはずです」
「うん、でも団員が巫女様たちに不埒な行動を働いたって報告書が来たんだ。映像付きでね」
その言葉に、まずカエストは映像がとれたことに驚く。
噂では聖神殿の周りに強力な結界が張られており、カメラなどというテクノロジーを利用した物品すべては扱えないとなっていたからだ。
実際、彼の部下もそれを知っていたからこそ慢心していたのだろう。
そして、その報告書を提出した人の名前を認めて彼は顔をゆがませた。
『アヴェロン・エグズーバ』。先ほど寛容な国王にも殺意を抱かせた彼の言葉は、つい口をついて外に出てしまった。
それが、巨大な地雷であることを知っていながらも。
「プトレマイオスはいつからエグズーバの傀儡へとなり果てたのですか!?」
「……今、なんと?」
城内廊下の雰囲気ががらりと変わったのを、カエストは「しまった」と思いながらも感じた。
今さっきまで柔らかい物腰だったヒュリオンの髪が、怒りで逆立っているのを見ればそれがどのくらいなのかわかるだろうか。
それだけではなく、廊下で掃除をしていたすべての侍女たちが、彼をにらみつけていた。
侍女たちの中には、優秀な技師であるアヴェロンを慕う人も多い。
護衛に囲まれる生活が嫌だ、とアヴェロンに持ちかけたヒュリオンに、アヴェロンが総力を尽くして護衛代わりの魔紋獣器を配給したのは記憶に新しいからだ。
「言葉がすぎるぞカエスト」
ヒュリオンの声は、恐ろしく低く、そしてすごみを帯びていた。
それは、カエストが今まで聞いたどんなうなり声や、魔獣の哮吼よりも恐ろしいものだ。
「本来なら極刑だ、わかるな?」
「……はい」
さて、どうしようかとヒュリオンは決めかねていた。
アヴェロンは大切な友人だ。正直自由に王城へ出入りできる非王族関係者として、その影響力がどれほどの物かはすぐにわかる。
だが、彼の為にこの男を処刑してしまってもいいのだろうか。
いっそ、ここで殴り倒した方が人道的で、スカッとするのではないか。
それとも魔紋獣器の養分になってもらおうか、と様々な処刑方法が頭に浮かび、思わず吹き出しそうになる。
だが、決定する前に2人の前から、声。
すぐにわかる。
親友の、アヴェロンだ。




