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064 帰宅

「さて、そろそろ帰りますか」


 1ヶ月。ちょうど1ヶ月。アヴェロンがシルフィールたちと約束したその日に、彼は3人に話しかけた。

 前日から用意はしていたため、全員の用意は出来上がっている。


 ロザリオ・リンネ、セシルバ・イグゼキュディーヴァと、シルヴィーアマテノヴァル。

 そして、そんな4人を新しい聖巫女となったルナスタシアが見つめている。


「これから、ここをよろしくお願いいたします」

「何かあれば、アレを使えばいいんですよね?」


 アレ、とはアヴェロンがここの巫女たちの為に、聖神殿の奥に設置した魔導陣である。

 テレポートを可能にするものだ。つなげる先はまだ指定しないが、それは後に「ゼファーヴェイン・ルカ」のどこかになる。


 何か緊急時、問題なく頼ってくれとアヴェロンが伝えたのだ。


「皆さま、ありがとうございました」


 シルヴィーアマテノヴァルが、頭を深々と下げる。

 18年間、お世話になったみんなに。

 そして、これからお世話になるだろうアヴェロンたちに思いを伝えようとする彼女の声は、自然と震えていた。


 いつでも、人々に包まれた人生だった。

 自由というものこそなけれども、ずっと幸せであった。


 それも、今日で終わりである。


「はい。……アヴェロン様方も、またお越しください」


 ルナスタシアの言葉に、アヴェロンは答えを返さない。

 ただ、振り返ることなく岸まであるくと、空に向かってサムズアップした。


「ザミェルザーチさん、ありがとうございました」

「エペスレンサ。また会いに来るよ」


 ロザリオとセシルバも、別れは済ませた。

 あとは、この岸から出るだけだ。


 セシルバはもう少しエペスレンサが大きくなったらアヴェロンみたいにすることは可能だろうか、と考えていたが。

 ロザリオは、やっぱりルカのほうが魅力的だったと自分の決意を固めることになる。


「船は……いいか」

「そうですね。ついていきますよ」


 シルヴィーアマテノヴァルは、アヴェロンに返事をする。

 言葉の中には「一生」という言葉も含まれていたし、それを彼は理解している。

 だからこそ、彼女の手をしっかりと握ったのだ。


「さ、帰ろう。プトレマイオスに」


 その前に、シルヴィーアマテノヴァルの苗字はどうしよう、とアヴェロンは首を傾げる。

 当分の猶予はあるが、決めておかねば、と息を吐いて。


 魔導を発動させた。






「明日にはこちらにつくそうです」


 ルカが、メールをキャッチしてみんなに報告する。

 その声に3人が顔をあげ、全員の表情は花が開いたように明るくなった。


 しかし、ルカの顔は少々暗い。

 何が起こったかといえば、もちろんその後に続いた文面である。


「住人が増えるそうで。ソレにともなって、隣の空き家を買うそうです」

「……男なの女なの?」

「そこまでは」


 これは、わざとぼかされた。

 イゾルデとシルフィールはそう判断し、むすっと顔をしかめる。

 そんな大人勢のことなど露知らず、シアンティーシャテンは首を傾げながら椅子の下で足をぶらぶらさせていた。


 とくに特別な感情を持っておらず、魔導の権威とお話ができるというだけで彼女は満足できているのだ。

 アヴェロンに恋慕の念を抱いているシルフィールやイゾルデに比べれば、何十倍も精神的には楽だろう。


「ともかく、だれが増えるかが問題だね」

「……うん」


 ルカはというと、ワンチャンスでもいいからロザリオとまた一緒に暮らすことは出来ないのだろうか、と考えている。

 夢見がちな乙女にへと変貌してしまったのだ。


「でも、今回はあってくれますよね」

「ルカねえちゃんは誰を待ってるの?」

「……剣豪ですよ?」


 その言葉に馴染みのないシアンティーシャテンは、首を傾げる。

 剣豪ってなんだろう、と考えたあと、分からない彼女は検索にかけることにした。


「……ロザリオ・リンネ」

「そうそう、その方です」


 確かに、かっこいい人ですねとシアンティーシャテン。

 そんな彼女を見て、まだ付き合いもしていないのに胸を張るルカ。


 工房のなかは、今日も平和であった。


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