006 不思議能力
「うまくいかない……」
シルフィールは、嘆いていた。
どう頑張っても、うまくいかないのだ。設計が。
剣豪、ロザリオ・リンネが使う剣ということもあって、彼女の設計は慎重だ。
加えてアヴェロンの旧友でもある、そんな存在の彼の商品を、適当に作るわけにはいかない。
それどころか、今までで一番気合を入れないといけないのかもしれないと、シルフィールは頭を振って意識をはっきりさせる。
すでに、剣豪がここに来て1か月がたとうとしていた。
春はすでに夏へと一歩一歩、歩みを確かに進めて行っている。
しかし、彼女の作業は進むどころか、すでに歩みを止めていた。
「おはよう、シルフィール」
そうこうしていると、アヴェロンが工房にやってくる。
今日は素材を注文しに王都に言っていたらしく、昨日は帰ってこなかった。
「おはよ」
「悩んでる?」
「うん」
特に長い言葉は必要なく、短いスパンで話が進められていく。
難しい顔をして、ディスプレイとにらめっこをしているシルフィールを見つめて、見かねたのかアヴェロンも覗き込む。
「……ここは可動部なくてもいいぞ」
「ん? でも」
「魔導で何とかする。前から言っているはずなんだよな、技術でなんともならなくなった時は、不思議能力を利用しろって」
この世界には、魔法が得意な種族と魔法の使えない種族がある。
世界には10以上の種族が存在しており、その中にすべての人々は分類されている。
その中で、アヴェロンは特に魔法に秀でている【魔導族】なのだ。
行き過ぎた科学は魔法に匹敵する、というのはこの世界でも言われることだが、しかし彼の魔法は不可能を可能する。
だからこそ、彼は「魔力を注ぎ込んだ対象に生命を与える」という彼にしかできないことができるのだ。
「うん。なんかごめんね」
「俺の負担を考えて行き詰ってるんだろ。誤ることなんかない」
頭を下げかけた彼女に、アヴェロンは首を振ってそれをやめさせる。
そして、未完成の設計図を軽くなぞるように眺めると、いくつかのポイントに丸を書きこむ。
「初めて、まともに設計図を見たかもしれない」
「そうだっけ」
「うん。……で。囲んだ辺が、可動部の必要がないところかな」
全て魔法で創るのもできるのだが、とアヴェロンは考えた後ですぐその選択肢を黒で塗りつぶした。
魔法ですべてを作ってしまうと、それはもうよくわからない生命体になってしまう。
やはり、ちゃんとこの形にしてほしいときは、シルフィールの助けが必要なのだ。
片方だけでは、やはり魔紋獣器は作れない、と2人は確信する。
確信したからこそ、助け合っていかなければ、と相思相愛になる。
「今日中に終わらせるね」
「わかった。……じゃあ、とりあえず素材だけ製錬して合金化してみるよ」
魔導でも、鍛冶っぽいことはするのだ。
ただ、素材を作成するだけだが。
そのあとは、シルフィールのほうで加工してくれるため、とりあえずよくわからない機械の中にすべて放り込んだ。
「何入れたの?」
「【風】の要素を含んだ材料をいくつか、鋼」
「わかったー」
普段は、緩い会話。しかし、2人の顔はまじめそのもので。
それが、逆にシュールさすら醸し出しているのだから可笑しなものである。
「……おはようございます」
開店まであと1時間、となってやっとルカが起動した。
工房に降りてくると、2人に礼をしてコーヒーを淹れる。
今日も、3人分ではなく4人分だ。
コーヒーの匂いが攻防に充満すると、外で鍛錬を積んでいたらしいロザリオも入ってきた。
「今日は、ここのお手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか。力仕事ならできます」
「おう、悪いな」
「いえいえ。助け合いが大事なのですから」
ほのぼの、と時は流れる。
それはもしかして次の瞬間にはなくなってしまい、災禍がこの世界を包むのかもしれない。
しかし、「今」は確かに、平和であった。