057 命を削って創ったもの
この章で一番書きたかったこと。
「これが魔紋獣器なのですね」
「で、これがとりあえず神殿の巫女様全員に一つずつ」
アヴェロンは、トランクを展開して中に入っていた手乗りサイズの魔紋獣器を巫女たちに配っていた。
形は丸だったり、ピラミッド型だったり、はたまた立方形だったりする。
それを巫女たちに選ばせて、毎回契約をきちんと結んだ。
今はその説明だ。神殿に女性しかいないのはさすがに問題があると考えたのか、今日までにこうやって作ってきたものである。
「護衛であり、使い魔でもある、と?」
「そういうことだな」
魔紋獣器はもともと使い魔要素がつよい。もともとはアヴェロンとシルフィールが自分の楽になるように作ったのがそれで、それを転用させたのが魔紋獣器である。
もちろん、魔導を使って「生きている」ため、それらはみんな簡単な魔法を使えるのだ。
結果、物を持ったりというのも不可能ではない。
「……私は必要ありませんね。この方に2個与えてください」
「ん? なぜ?」
シルヴィーアマテノヴァルは首を横に振って、自分には必要ないとした。
一体どうしたのだろう、ともちろんアヴェロンは首を傾げた。
絶対必要なはずなんだ、そもそも彼には自分のものをシルヴィーアマテノヴァルが受け取らないはずがないという確かな核心すらあったのだから。
代わりにシルヴィーアマテノヴァルが指さしたのは彼女自身よりも少々年が下の巫女である。
シルヴィーアマテノヴァルにとって、妹のような存在だ。
「……」
「……まあ、わかったよ」
シルヴィーアマテノヴァルは、なかなか言えなかった。
聖巫女をやめて、アヴェロンと一緒に王都で暮らしたいと。
だから、必要はないし、いつでも作ってもらえると思っている。
アヴェロンは、とりあえずこの問題は終わりにしようとした。
何か理由があるのなら、彼女は遅かれ早かれあとで教えてくれるのだろう。
「なんだか、愛くるしいです」
「そう言ってもらえてありがたい」
シルヴィーアマテノヴァルの妹分の巫女にそう評価され、それに柔らかい笑みを向けるアヴェロン。
その顔は、シルヴィーアマテノヴァルが男に与える影響と同じくらい、女に影響を与える。
「そうだ。……私からも、これをもらってくれませんか?」
「……これは」
代わりに、とアヴェロンに差し出したのはネックレスのようなものだ。
かたどられたマークは三日月に歯車。
アヴェロンはそれを何気ない気持ちで受け取り、そのあとにそれが何かわかって唖然とした。
魔武具だ。しかも、不純物が何もなく薄く何回も魔導を伸ばして美しい芸術品にそれをしている。
純粋な魔導で作った魔武具は、おそらくこのネックレスただひとつだろう。
それは、すでに魔武具ではなく魔宝の粋である。
宝だ、世界の宝だ。これは聖巫女の命を削って作られた聖具なのかもしれない。
「私の魔導で作ったお守りです」
「……時間、かかっただろう?」
「昨日の夜に完成したのです、やっと」
なぜこんなものを、とアヴェロンが困惑してしまう程度にはその魔宝は価値のあるものだった。
アヴェロンであれども、これを作ることは出来ない。
1日の回復量ほとんどをこれに込めないと、たとえ3年かかったとしてもここまで作ることは難しい。
作るだけなら簡単だ。しかし、その姿のままとどめておくには恐ろしいほどの濃度が必要で。
それをアヴェロンは分かっているから、もう何も言えなくなってしまった。
「本当は、来てくれた時に渡したかったのですけど。……ちょっと間に合わなかったというか」
「……本当に、いいのかこれ」
いいのか、どころではない。
端から見ればただの美しい装飾品だが、これを作った人がわかるとおそらく値段が付けられなくなるほど高騰する。
有力者や権力者、大富豪たちがこぞってそれを欲しがる。
なんて言ったって、幻の聖巫女が、愛情を伝えるために贈ったものなのだから。
「……あの、これからもずっと、……私はアヴェロンさんといっしょにいたいです」
「……うん」
でも、もう彼女にはそんな権限はない。
アヴェロンもわかっていたし、自分から言おうとした言葉は消えてなくなった。
命を削ってまで、3年間、自分に愛情を伝えようとした彼女のことを知ってしまったら、もう何も言えない。
彼女に謝りたくなってしまい、アヴェロンは胸に何かがこみ上げてくるのを感じて慌てて顔を下げた。
「顔を上げてください」
「……出来ない」
顔を上げると、ぐしゃぐしゃになった顔が見えてしまうから。
弱さを、相手に晒してしまうから。
ソレを知っていたからこそ、アヴェロンは顔を上げることが出来ない。
周りの巫女たちも、ロザリオも、セシルバも。
その2人の空間が、あまりにも美しくて鑑賞することすら出来ない。
聖神殿は静まり返り、取り乱したように荒い息をしてでも涙を飲むアヴェロンの声と、アヴェロンに触れようとして、でもためらうシルヴィーアマテノヴァルの息が聞こえるのみ。
セシルバは最初何が起こったのかわからなかった。気づいたら周りが静かになってて、アヴェロンの顔は見えないが呼吸は完全に泣く一歩手前。
強く何かを握り、腕の間からはネックレスの紐がこぼれている。
「なんだ、あれ」
「……聖巫女様の命です」
命。それは直接的な意味ではなく、命をかけたものであることはよく分かっている。
エペスレンサはシルヴィーアマテノヴァルのかけてきた作業工程がよく分かっているからか、彼女自身もすでに泣きそうだ。
きちんと想い人に贈り物を渡せた。それだけでも素晴らしいのに、相手が感動で動けなくなるまでの価値を知っている。
3年間は、無駄ではなかったということである。
「おめでとうございます。シルヴィーアマテノヴァル様」




