056 目覚め
「なんだか、とてもいい一日だ」
セシルバは、目の前にやってきた巫女の1人をじっと見つめながら、顔を緩ませるしかなかった。
聖巫女も美しいが、この少女も息を呑むほど美しい。
「セシルバ様、朝ですよ」
「……ありがとう」
声は鈴のように可愛らしい。
その姿というのは、やはり洗練されているもので、美しい。
下品なことを言えば、抱きたくなる。
だが、セシルバは常識をわかる男であるし、正直神聖な存在すぎてソレをしたいという本能よりも理性のほうがはるかに働いている。
「朝は皆様で?」
「そうしようかな」
敬語を使わないのは、巫女がそういったからだ。
今回セシルバのおつきとなった巫女の名前は、エペスレンサというらしい。
「でも、これも」
俺一人ではなく、アヴェロンがいるからこそここまで待遇がいいのだと思うとやはり少々気分は複雑だ。
セシルバは、エペスレンサからもらった水を飲んでベッドから起き上がる。
食堂に向かうと、そこにロザリオの姿はあったがアヴェロンの姿はなかった。
ロザリオはまた別の巫女と仲良く談笑をしている。
名前はザミェルザーチというらしいというのを、彼はエペスレンサから教えてもらった。
「アヴェロンは?」
「聖巫女様が起こしに行きました」
聖巫女様から直々にかぁ、と少々羨ましく思っていると、上階からシルヴィーアマテノヴァルとアヴェロンが降りてきた。
聖巫女の顔は、セシルバの眼でもわかるくらい心がぴょんぴょんと飛び跳ねているようで、少々上気している。
「お似合いですよね、おふた方」
「……悔しいほど絵になる。認める」
セシルバは素直に頷いた。
アヴェロンの顔は人並み以上だと知っているが、だからといってここまで聖巫女と並んであさらにそれが加速するとは思っていなかったのだ。
それが、今こうやってみたらどうか、納得するしかないし他の余地が何もない。
「溶けそう」
「……ふふふ」
甘い。その幸せそうな顔も素晴らしく甘く見えるし、そのシルヴィーアマテノヴァルの顔がもうなんとも言いがたい。
【……美しい女ばっかりだ。いろいろと人間じゃないのが悔しい】
【……主に番を作ってもらおう、そうしよう】
魔紋獣器の《玄帝-GøTe!-》と《白帝-βak†A-》がなんとかと苦情をたれていたが、巫女の何人かが近づいてくると2匹とも黙る。
「アヴェロン様、魔紋獣器たちは食物を必要とするのでしょうか」
「しないよ」
でも、魔法か魔導を小粒にすればそれは摂取する、とそのまま説明をする。
魔法はいろいろと便利だが、魔武具やいろいろなものには餌にもなる。
「ロザリオ、なんかおかしい」
「そうですね、誰か」
ここで、2人が何かに気づいたようだ。
巫女とともに高台に上がり、窓の方を見るとそこには船があった。
科学的なものではなく、魔法で造形したような船だ。
しかし、それは脅威に等しい。半透明の船体からは、数十人単位の男が見える。
「……魔法船な。とりあえずどうすればいい」
「……どうしましょう」
ロザリオとアヴェロンは、それを脅威だと思った。
2人は、こちらに放たれる感情でだいたい相手が何を考えているのかくらい分かっている。
だからこそ、しかし独断では何もしない。シルヴィーアマテノヴァルの方を向いて彼女が頷いた、それを見てから彼は行動に起こした。
「《蒼帝-Soutei-》、深瀬からそのままアレを解除させてきてくれ。その後元いた場所に返してやれ」
【容赦がないところも貴方らしい。承知いたしました】
蒼い龍が、一瞬笑ったような気がした。
次の瞬間、水の中へと消えたそれは恐ろしいスピードで湖を駆けまわり、水中で魔法船の術式を解体する。
もとの形を保てなくなった船は砂糖菓子が溶けるようにしてなくなり、数十人の男は広大な湖へ投げ飛ばされる。
そして投げ飛ばされるように元いた岸へ投げ飛ばされる。
一人ずつそうやっていくのは、シュールな笑いを誘っていた。
「さて、ご飯にしましょうか」
「そうだな。……ん、俺ここ?」
「はい」
テーブルは円卓だ。誰が上座もなにもない。
その中で、ちょうど開いていた隣同士の席にシルヴィーアマテノヴァルはアヴェロンを誘う。
「では、頂きます」




