005 アインクイーア
夕方もそろそろ夜となり、ルカとシルフィールが店じまいを始めたころ、二人の男が帰ってきた。
妙にげっそりしているアヴェロンと、やるべきことはやったと満足顔のロザリオだ。
「雰囲気、変わりましたね」
「……アヴェロンが、護符を作ってくれたんです」
そういって、ロザリオは十字架型に整えられた護符を二人に見せた。
この世界で、十字架には特に意味はない。聖なる、などというよりも剣の象徴として扱われるため、今回の場合彼に似合ったものはほかにないだろうというほど、彼の胸で輝いていた。
「また街中でやったんですの?」
「うん」
ルカの質問に、アヴェロンが応え。呆れたように肩をすくめるのはシルフィールだ。
科学優先のこの国で、魔法を惜しげなく披露するなど、悪く言えば挑発行為にも取られる可能性がある。
しかし、だれもアヴェロンに突っかからなかったのは、彼が腕の立つ【魔紋技師】だからだけではない。
彼は英雄なのだ。この王都、【アンドロメダ】をどうしようもない状況から救った。
だからこそ、店も構えられたというわけである。
「夜ご飯は?」
「まだだよ。みんなでとろうか」
そういいながら、アヴェロンは工房の中にロザリオ含めた3人を招き入れ、上階に続く階段を指さした。
「あそこから住居スペースへ行ける」
「ということは、一度ここを通らなければならないわけですね」
「そうなる」
ロザリオは、自分のために魔紋獣器を作っている2人の邪魔にならないか恐々としていたが、2人とも問題ないといっていた。
上は、ルカが案内してやってくれ、とアヴェロンは案内をルカへ丸投げし、ロザリオが上階へ消えたところを見てシルフィールの設計内容を点検に入った。
「鷲、か」
「そう。……どう? ちなみに名前は《アインクイーア》」
シルフィールの差し出したものは、設計図ではなくラフ画である。
いきなり設計に入るのではなく、アヴェロンとシルフィール、2人の意見に相違がないか確かめるのが目的だ。
そして、獣器の名前はそのまま「鷲」を意味する、別言語を融合させている。
「大きいな」
「確かに。……でも、彼の剣と目測では同じくらい、かな」
刃渡り1メートルくらいはあるため、尾の部分を半分保護するように翼がついているのだ。
翼は、剣を抜いたときに鞘から鍔へ変形するようになっている。
剣は、【獣形態】に変形した時、切れ味を完全になくして尾になるよう設計されていた。
「うん、いいよ。可動部と本体は別々に、いつもどおりね」
「はーい」
「あ、明日からでいいから」
今日はゆっくり休もうと、アヴェロンは彼女をねぎらう。
「う、うん?」
「なんか変か?」
「……前よりも、やさしくなったなって思って」
「ロザリオに、大切にしろって言われたんだ」
嘘は言ってない、とアヴェロンは少々ロザリオに言い訳をした。
絶対に付き合った方がいいとかなんとか、たくさんの事を吹き込まれて先ほどまでげっそりしていたが、正直彼自身、自分がシルフィールと接している期間が長い為に今更恋も愛もないだろうと思っている。
「そんなことよりも、どうするよ」
「ん?」
「ルカの性別」
「女の子でいいんじゃない? 看板娘だし……」
どちらでもなく、またどちらでもあるはずなのだが。
まあ、いいやとアヴェロンは開き直るとほぼほぼ無意識に、シルフィールの頭を2回、ぽんぽんと撫でて上階に上がっていく。
シルフィールの頭の中は真っ白になり、いったい何が起こったのかわからなくなていた。
うれしい、とも幸せ、とも。色々とまじりあって混沌と化した感情は、彼女を処理過多に貶め、シルフィールの顔は真っ赤に高揚した。
「……ロザリオさんが来てから、確かにアヴェロンの人が変わった……」
これが、人と人のかかわりによる影響か。そんなことを考えつつ、彼女は自分の頬をそっとひねった。
痛みがつっと走るが、同時に意識も醒める。
シルフィールは最後、戸締りの確認だけをやって、みんなのいる2階へと上がっていった。