049 安全性
「よし、準備完了」
アヴェロンは、用意の終わったトランクを持って下階に降りる。
ロザリオとの約束まであと3時間。今からタクシーに乗って空港に向かえば、渋滞に引っかからない限りすぐにつく計算だ。
トランクの中には折りたたみ式の作業台と、それを補助する道具の一式。着替え一式に、シルヴィーアマテノヴァルに渡すための魔武具が幾つか。
いつもは感情を顔に出さないアヴェロンだが、やはり理想の人とまた会える、しかも相手から会いたいと言ってくれたという事実には顔が緩むというものだ。
それも、シルフィールやルカ以外にはわからないほど些細なものであったが、それも本物のアヴェロンである。
「って、あれ?」
彼は、工房に広がった異様な雰囲気に飲まれて足を止めた。
目の前には美しい女性が総勢4人。他の男なら天国空間だろうが、アヴェロンは違う。
彼女たちが、心配そうな顔でこちらを一心に見つめている。
それが、異常なのだ。
「どうしたんだ、みんな」
「……アヴェロンさんの魔導は、安全なんですか?」
なにを今頃、とアヴェロンは考えた。
自分の魔導は安全とかというものとは無縁だ。
命をかけた人に与える能力だが、それは純粋に「与える」「生み出す」ものであり、「削ってその分を与える」などではない。
削って、というのは黒魔法の領域だ。もちろん、黒魔法はこの星で禁止されている。
魔法や魔導を、攻撃に転用するのは構わないが、攻撃や呪詛にしか使えない魔法はこの世界では通用しないのだ。
もっとも、裏社会ではもちろん出回っている。持った人に呪いを与える剣、人の血を吸い切れ味を増す魔剣。
「大丈夫だ。そうでなければ、俺も自分の命を複製しない」
アヴェロンは首をふると、トランクを抱え直した。
ぱちん、と指を鳴らし、4匹の魔紋獣器が彼のそばに付き従う。
1つは青い龍だ。彼が作った中で最長の身体をした、偵察用機体。その名の通り《蒼帝-Soutei-》。
1つは赤い鳥だ。ロザリオに作った《§α¢Яa》の原型ともなったもので、ほぼ上位互換となっている代物。名前は《炎帝-3nT-》。
1つは白い彪。その足には透明で、魔法力を多く含む素材が使われている戦闘・護衛用。名前は《白帝-βak†A-》
そして最後は蛇に巻かれた黒い亀。蛇と亀は2つで1つの個体になっている。亀の体内には様々な救急用具が入っている支援型、名前は《玄帝-GøTe!-》。
アヴェロンとシルフィールが、それぞれ全く機能に対して遠慮をせずに作った巨大種で。プトレマイオスの国宝とも呼ばれているがそれらは生きている。そのため誰も不可侵の存在だった。
「それ、持っていくの?」
「ああ。シルヴィーに見せてあげたいし」
聖巫女のことを愛称で呼んだことに、機巫女であるシアンティーシャテンはぶぅと頬をふくらませる。
そして、彼がそのまま工房の勝手口に向かって、あわててシルフィールが声をかけた。
「いってらっしゃい」
その声を聞いて、アヴェロンは振り返る。
「シアンはかくまって欲しいなら、シルフィールに頼んで。シルフィールとルカは、面倒なことになったら絶対にいやとかじゃなくてヒュリオンに頼むこと。いいな」
「はーい」
「イゾルデは……俺が帰ってくるまでにどうするか決めて」
そして、最後に。
アヴェロンは心のなかで、住人が一人増えたらごめんと、世界で一番美しい少女の顔を思い浮かべながらそういった。
お持ち帰りする気満々なアヴェロンだったが、それを他の人が悟る隙すら与えず、彼は工房から出て行く。
「4匹ともいくよ」
【承知】
返事をしたのは《炎帝-3nT-》だ。慈悲に満ちた優しい声で【彼女】はうなずくと、奇しくもロザリオと同じ方法でアヴェロンを運ぶ。
それに他の3体が付き添う感じで空港を進路へ定めた。
その姿は、まるで神だったと光景を眼にした人々は口をそろえる。
命を与えるという行為自体が神の領域だ。そう考えれば、確かに間違ってはいなかった。




