047 お忍び
「ここかな」
武具店「ゼファーヴェイン・ルカ」の店頭に、1人の少女が窓の奥を覗いている。
表情は少々不安げで、周りをかなり気にしている様子だ。
顔はフードで覆い、あまり自分の外見がわからないようにしている。
「……いるかな」
「いらっしゃいませ?」
と、ルカが顔を出して少女を見つめた。
開店準備中だが、見慣れない人がのぞきこむようにしていたら、誰だって気にはなるだろう。
そういうことである。
「ええと、あヴぇ、アヴェロンさんはいらっしゃいますか?」
「はい、少々お待ちください」
今日出発だというのに、アヴェロンは一日ずっとルカのそばに居てくれた。
そんな状態で、たびに出るのは危険だ。知っていながらもアヴェロンは彼女にそう一回も言わなかったし、ルカも気づいていたが彼の顔を見ていると何も言い出せなかった。
「店内にお入りください?」
「は、はい!」
ルカについていき、彼女は「ゼファーヴェイン・ルカ」の中に入った。
部屋の中は洒落た骨董品店にも見える。
王都【アンドロメダ】にある店としては、完全に異色だ。
無機物的な感じは全くせず、温かい。
それが彼女の心に、着実に染みこんでいく。
「アヴェロンさんのご友人ですか?」
「ええと……」
ルカにそう聞かれて、彼女は言いよどんだ。
なんて言えばいいのかわからない。
あったのは数日前に1度だけで。
でも、待つのは我慢できなかったから、神殿を抜け出してきただけなのだ。
「とりあえず、ここでお待ちください!」
ルカが工房に入っていく。
それを見届けたあと、彼女……シアンティーシャテンはちょっとだけ見て回った。
機械のサイドも、彼女が見る限り最先端。機神殿にあるものよりも1段階上の技術が使用されているが、彼女が目をつけたのは動物型の動く魔武具だ。
魔法サイドのことがよくわからない彼女には、それが何なのか見当すらつかない。
しかし、それらが眼を覚ましたように稼働したのを見つめ、あっと声を上げて感激したようにソレを見つめる。
「はい、どうなされましたって、シアン」
「きちゃった」
きちゃったどころの話ではないだろうと。
アヴェロンは、目の前に現れた機巫女をため息を付きながら見つめる。
「俺、昼から出発なんだが」
「え」
「アリスタルニクスに行く。……イゾルデはいるから、ちょっとすまん」
アリスタルニクス。とシアンティーシャテンが聞いて思い浮かぶのはただ一人だ。
聖神殿の聖巫女。それしか思い浮かばない。
「聖巫女?」
「ああ。来てくれって言われたからな」
そもそもシアンティーシャテンとアヴェロンは恋人でも何でもないが、彼女はそれを待つことなく「浮気者」と罵りたくなった。
しかし、それを口にする前にアヴェロンの顔が全く浮かれていないことに気づく。
そして、目の前の男性が全くそういう気持ちに気づこうともしていないことに気づき、はぁと息を吐いた。
「……次はいつ会える?」
「さぁ、いつになるかな。……ながくても1ヶ月で帰るから、そのあとすぐに機神殿に行く」
口約束だが、約束は約束である。
シアンティーシャテンは素直に、そう言ってくれる人が嬉しかった。
今まで神殿内で話の出来る人は少ない。だからこそ、そういう人がいてくれて助かる。
「イゾルデ、あとは頼んでもいいか」
「はいー!」
と、最終準備をしにいくのか、アヴェロンは踵を返す。
彼女は、こちらに歩いてきた白髪の女性を見つめたあと、魔紋獣器を指さした。
「これなに?」
「魔紋獣器。ここの技師2人が発明した、この世界でここにしか売ってないものだよー」
2人。
しかし、彼女にはイゾルデが技師にはとても見えない。
実際、イゾルデではないのだからそれは間違っていないのだが。
「あそこにあるでしょ? 2人の【紋技師】の名前」
「……アヴェロン・エクズーバと、シルフィール・フィーリネ」
誰だろう、後ろの人。
彼女がそう思う前に、その答えはやってきた。




