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046 エナ

「え、来ていただけるって!?」


 聖神殿で、シルヴィーアマテノヴァルは飛び上がるようにして喜んだ。

 彼女に前渡した魔武具は、完全な生命を持って彼女の元に帰り、きちんと連絡を伝える。


 やっとだ。やっとだと彼女は抑えきれない感情が決壊する前に、自室に戻った。

 そして自分の部屋で、その感情は崩れる。

 喜びのために涙をながすなんて、初めてのことだとシルヴィーアマテノヴァルは自分を分析した。

 ソレほどまでに、自分は彼に出会いたかったのだろう?

 それとも、何か他の感情が、自分に芽生えたのだろうか。


「……シルヴィーアマテノヴァル様、大丈夫ですか?」

「大丈夫です」


 今回は何日一緒にいてくれるのだろう、むしろずっと一緒にいてくれないだろうか、といろいろな妄想が捗る。

 それがすべて幻想だということは十分理解していたが、そうしないと精神が保てないのだ。


 早く会いたい。できるだけ早く。

 待つことすら面倒になってきて、シルヴィーアマテノヴァルはベッドに倒れ込む。


 その姿からは美しさというよりも、愛くるしさが際立っているような様子だが、そんなことを全く彼女は気にしていなかった。


「幸運なことに、私の場合次の候補がありますから」


 最悪、伴侶となりたければ、聖巫女の場合は自分の役職を破棄することができるのだ。

 10年もやっていれば、すでに聖巫女の役目は果たしているとも言える。

 次代に席を譲って、シルヴィーアマテノヴァル自身は引退するという方法が使えるだけに、だからこそ聖巫女は「恋愛自由」なのである。


「夕ごはんお持ちいたしました」

「はい! はい!」


 ありがとうございます、とトレイを受け取り、自分の部屋で食べる。

 今日もエナだ。実際はお粥のようなものだが、ほんのりと甘い味と、調べれば恐ろしいほどの栄養値が検出されるだろう。


 聖神殿にいる人しか食べることの出来ない食物で、魔法で作られているとか魔導で作られているとか言われている。

 謎の多い食材だ。だが、その食物があるからこそ聖神殿の少女たちは美しいとも言われていた。


 実際にソレを食べたことのある学者が開発しようとしたが、見事に失敗したことを考えるとそれがどれだけ神秘に包まれたものなのか、わかるということだろう。


「今日も美味しいですね」


 その日の気分によって、味が変わる。

 幸せいっぱいなシルヴィーアマテノヴァルには、今日の味は至高のものになっていた。


「それにしても、エナは便利ですね。ご飯にもなりますし、デザートにもなります」


 これ以外何か必要かと言われれば、別の食事も食してみたい。

 だが、基本的にこれだけで十分な、万能食物なのである。


「それにしても、今からもう待ち遠しいのですけど。今アヴェロンさんはどこにいるのでしょう」


 旅人だから、ちょっと遠いのかもしれない。

 何日待てばいいのだろうと、ちょっとだけ不安になってしまったシルヴィーアマテノヴァル。彼女はまだ、寂しさがすぐに自分を蝕むとは考えていなかった。








「ほう、アヴェロンがアリスタルニクスに?」

『はい』

「彼に、私も行くと伝えてください。明日王都空港で会いましょう、と」

『かしこまりました、ロゼ』


 剣を極めた旅人は、不死鳥とそう会話をする。

 外国に行くのも悪くない。


 旅行も旅である。


「《§α¢Яaサクラ》、私を支えて王都まで飛べますか?」

『造作も無いこと。どうぞ』


 不死鳥は、男の体重を軽々と持ち上げて大きく空へと羽ばたいた。

 ロザリオが、大空を舞っているという興奮にあふれる程度には、その光景は素晴らしい。


「世界樹って、雲を突き抜けているのですね」

『山より巨大な個体もあるそうです』

「そして、その中には【聖禮族アーケイロス】が住み着くと」


 【聖禮族アーケイロス】とは、白い翼の生えた耳の尖っている種族だ。

 魔法に比較的秀でているが。逆に体力面では恐ろしいほど劣っている。

 歩くときには宙に浮いて移動すると言われているのを考えれば、それがどれだけのものかわかるだろう。


『でも、なかなか降りてきませんしね』

「まあ、いろいろな種族があるということなのですから。友好的な部族も存在しますし」


 人それぞれだから気にしなくてもいい。いろいろな地に向かったことのある彼は、ソレをよく知っている。

 アヴェロンと一緒に旅をすれば、飽きることは少なくともないだろう。


 明日が楽しみだ。


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