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043 愛称

「アヴェロンはいるかい」


 朝、開店2分と立たずに「ゼファーヴェイン・ルカ」にはヒュリオンが入ってきた。

 ひっ、と苦手そうな顔をするルカに対し、「今日はルカさん目当てじゃないんだ」と切羽詰まったような顔をする彼をみて、ルカはコクリと頷く。


 すぐにアヴェロンが出てきた。


「おはよう」

「おはよう。早速だが、これを見てもらえるかな」


 ヒュリオンの取り出したのは一枚のプラスチックパネルだ。

 特定の動きで画面をなぞれば、それはタブレット機器と様変わりしてとあるデータを映し出す。


「聖神殿から、光の玉みたいなものが現れて、こっちに向かっているらしい」


 ほう、とアヴェロンは頷いたが正直王子が何を言っているのかわからなかった。

 光の玉、ということは魔法でできている何かなのだろう。彼のはなしによるとそこまで大きいというわけでもなさそうだ。


 それなら、脅威になることはないのではないか? とアヴェロンは考えている。


「でも、魔法からの宣戦布告もありえるし……」


 しかし、そんなことよりも早くその結果はやってきていた。

 

 開け放たれた店のドアから、それがやってきていたのだ。

 ヒュリオンは腰が抜けたように崩れ落ち、その状態をルカが冷めた眼で見つめている。


「なんだこれは……」

「俺の作った魔武具だな。これが来たってことは……シルヴィーかな」


 コウモリ型魔武具は、アヴェロンの言葉を受けて頷く。

 魔導で直接アヴェロンに、「また会いたい」と言っていたことを伝え終わると、それは役目を終わらせたようにパタッと立方体へ戻って、動かなくなる。


「……君の作成物ってことは、危険はないっていうことだね?」

「ああ。シルヴィーが会いたいって言ってるらしいけど、どうしようかな」


 シルヴィーとは一体誰のことなのだ。

 ヒュリオンは顔を上げて、アヴェロンに質問をするが、彼から帰ってきたのは予想斜め上をはるかにいくものだったのである。


「ん、聖巫女っていえばわかりやすい?」

「聖巫女、シルヴィーアマテノヴァル様のことか!?」


 うんそれ、となんでもないことのようにアヴェロンは頷いたが、彼の中では一大事である。

 そもそもヒュリオン・プトレマイオスはそこまで彼のことを知らない。

 彼と関わったことは、間接的にはたくさんあるが実際に長時間一緒にいたのはたった1週間のことで、その後も互いは互いのことを、王都で出会うまで知らなかった。


 だから、アヴェロンはさすがに、ヒュリオンが王子であることを知った時は目を見開いたし、ヒュリオンはアヴェロンが世界的にも認められている「紋技師」であることを知った時、まっさきに父親に機神殿と王城の補強を進言したのだ。


「シルヴィーが会いたいって言っても、彼女はこっちに来れないからなんとも言えないな」

「聖巫女様と知り合いってどういうことなんだ本当に」

「先日、シアンにも会ったよ」

「機巫女様とも!?」


 彼には、アヴェロンが2人の巫女に出会っていることよりも、彼が2人のことを「シルヴィー」「シアン」と愛称で呼んでいることのほうが衝撃的だった。

 どうしても、目の前の男が恐ろしくて仕方がない。


 一昔前なら、謀反を起こすのではないかとやきもきしていたところだろうが、今はそんな感情を起こす必要もない。

 ヒュリオンは分かっているのだ。アヴェロンがそんな気を起こすのは、ヒュリオンたちが権力を盾にしない限りないことを。


 だから、ルカの件は諦めたほうがいいのかもしれないと、彼は思う。


「後でシルフィールにも伝えないといけないな」

「何をだ?」

「星の裏側にいくんだ。その間、魔紋獣器ビースト・アーゼスは造れないし許可は必要だろう」


 用は終わっただろ、なら帰れとアヴェロンはそっけない。

 狐に包まれたような顔をして、ヒュリオンは「ゼファーヴェイン・ルカ」をあとにした。



 

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