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042 シルヴィーアマテノヴァル

「あの方とはもう会えないのでしょうか」


 一人の少女が、目の前で大切な人が息を引き取ったような顔をして食事を見つめている。

 悲しみに満ちた目だ。世界の終わりを思わせるような暗い表情だが、それであっても彼女は美しい。

 彼女の姿を見たことのある人なら、皆口をそろえて「世界一美しい」と答えるだろう。


 金糸のような輝きを持つ髪の毛に、花が咲いたような美しい顔。

 その目は紫で、紫水晶アメジストとも龍眼石レザリガルズとも例えられる中毒性がある。


 白い肌は雪のように不純物がなく、なめらかな肢体をみて貪りたくならない男はいない。

 ……いや、1人だけいた。


「アヴェロン……」


 聖神殿に唯一単独で乗り込んでこれた人だ。

 今まで聖神殿に来れた男がそもそも少ないが、だいたいの場合数十人の魔法師を雇って数で攻めてくる。

 何回も暴力を受けそうになったことはあるが、聖巫女に秘められた魔導はそれを許さない。


 しかし、アヴェロンはまず、1人でやってきた。

 1人で何人分の魔法力、及び魔導を扱えるのかは分からないが、衰弱した様子もなく悠々と走ってやってきたのである。


 次に、聖巫女に話しかけはすれどおかしな言動は何一つ無かった。

 最初こそ聖巫女に敬語を使ってはいこそしたが、彼女が「使わないでくれ」と頼めばそれに従った。

 彼女にできた、初めての「友人」という物になったのだ。


 何年も会えないうちに、聖巫女の中では恋慕に変わっていたのだが彼女自身がそれを理解することはなく。

 アヴェロンも、理想は理想と割り切っているためただの友人としか思っていないだろう。


「うう」


 1度しか会ったことは無かったが、彼は旅人で1ヶ月は滞在していたし、言動から彼女の記憶に残ることはたやすい。

 すでに3年も会っていないと、聖巫女がうなだれていれば周りの巫女たちは慌てた。


 ほんの昨日まではふつうだったのに、何故こうなってしまったのだろうと。

 まるで、昨夜までは綺麗に咲いていた花がいきなりしおれたような衝撃だった。


「……アヴェロンの居場所だけでも分かれば……って、あ」


 聖巫女は何かを思い出したように立ち上がると、神殿の自室から一つの包みを取り出す。

 アヴェロンからもらった献上品である。「友人」となった以上、これは必要ないかとも彼女は考えていたが、もしかして何かヒントが紛れているかもしれないと3年ぶりに取り出したのだ。


「……なんですこれ」

「さぁ……」


 手のひらに乗るほどの立方体だ。黒一色で、溝がいくつかあって、しかしそれが何を意味するのか科学をまるでといってもいいほど知らない彼女は首を傾げる。

 実は技武具っぽく作った魔武具なのだが、もちろん聖巫女がそれを知る由もない。


 彼のいる間にそれをあければ良かった、と後悔しても後悔後に立たず。

 しゅん、となったあと、彼女が思い出したのはアヴェロンの魔導の、特性であった。


「たしか、彼は生命の魔導を扱うはず……」


 魔導を扱える人は世界の中でも限られている。

 全種族併せてこの星での人口は70億を超えた。その中で魔導を使える人は、公表されているだけでも三桁に満たないと言われている。

 しかも、「生命」を扱える人など、どこの資料をみてもアヴェロン以外に見つからないと「されていた」。


「同じ引き金を持つ私になら、もしかしたら」


 公表はされていないが、聖巫女にもそれは扱うことができる。

 とはいっても純粋な生命ではなく、彼女のものは疑似生命にしかなっていないのだが。


「魔導を流し込めば、起動しますでしょうか」


 そう言いながら、彼女は魔導をそこへ流し込む。

 左手でその立方体を持ち、人差し指と中指から雫のように魔導を滴らせた。


 5滴も落ちれば、その立方体の溝から僅かに光が漏れる。

 10滴で、それは完全な物となり、ぴくぴく動いたと思えば一気に展開。翼のような部品が細かく動き、それは飛び立つ。


「……アヴェロンに、シルヴィーアマテノヴァルが、また会いたいと伝えてくれますか?」


 ちょん、と聖巫女は人差し指で「それ」をつつく。

 それがたしかに頷いた気がして、彼女は息を吸い込む。


「では、よろしくお願いします」


 疑似生命の魔導には、簡単に言えば燃料が必要だ。

 それが、彼女の垂らした超高純度・高濃度の魔導。

 それさえあれば、この広大な星を何周もできる。


 流れ星のように神殿から飛び出した魔武具をみて、彼女のできることは。

 ちゃんとそれがアヴェロンの場所へ届いて、彼が答えてくれることだけだった。


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