039 影響力
機巫女、シアンティーシャテン。
今日の目的であった彼女が、いきなり現れたことにアヴェロンは驚きをくせずにいた。
目の前にいる人が、科学の頂点と認められている人なのだ。
彼が魔法系に属していたとしても、その凄さはわかるというもの。
「名前を教えてくれるかな」
こちらからは自己紹介したよ、とシアンティーシャテンは純粋無垢なその視線をこちらに向ける。
イゾルデとアヴェロンは顔を見合わせ、とりあえず跪いた。
機巫女に対する敬意はもちろんある。ないわけがない。
「わわわ」
跪かれたことに対して、シアンティーシャテンは慌てた。
彼女が敬意を表されるのは、専ら科学信仰の人々だ。
魔法信仰、もしくは魔法専門の人々は、その必要のない人々。
「頭上げて。私に頭を垂れたら、科学信仰になっちゃう」
せっかく来てくれた魔法関係者だ。貴重な来客なのにと。
敬意を払うのはいいが、その行動を誤ってはいけないとシアンティーシャテンは2人に諭す。
「頭を垂れる行為が行けないんじゃなくて、誰か他の人に見られるのが」
「それなら、手遅れです」
「敬語もいらない!」
ぶんぶん、と首を振った後。
シアンティーシャテンは、通路からやってきた2人組の女性を見て、血相を変えた。
何かまずいことが起こったのか、という疑問がアヴェロンの頭を通り過ぎる前に、その中の1人が機巫女の腕をガッチリと掴んだ。
「機巫女様、勝手に徘徊されては困ります」
「まって、ちょっとまって」
「あと、そこの2人も。機巫女様に話しかけられても応答するなと言われなかったのです?」
その視線は実際、鋭利な刃のようなものだった。
イゾルデは怪訝な顔を浮かべ、アヴェロンは表にこそ出しはしなかったものの、紫色の炎が心に宿る。
怒りだ。
たまに訳の分からない場所で彼は心に火がつく。
その1番のトリガーは、理不尽な敵意を向けられることだ。
同時に、怒りはアヴェロンの思考を逆に、冷静にさせた。
彼はあることに気づいたのだ。この建物、どこかで自分は関わっていると。
「ヒュリオンに頼まれた建物はここかな」
「はい? なんですか?」
相手の眼が、疑問に満ちた眼に変わった。
敵意、というよりは困惑に変わっている。
目の前の、なんでもないと思っていた男がこの国の『王子』の名前を呼び捨てにしたのだ。
普段ならとんでもない不敬であり、逮捕される可能性だってある。
そもそも、自分が密告すればそうできる。
なのに、その男は明らかに、達観していた。
「どうしたの、アヴェロン」
「ちょっとおもしろく思ってさ。……この建物、俺が補強に携わっているのかもしれない」
その言葉に、女性は目に見えるほど狼狽した。
彼女は知っている。この「科学」の頂点である機神殿に、1人の「魔法」でも「科学」でもない力を持ってプトレマイオス王から依頼を受けて対魔法の補強をしたのを。
もっとも、一番恐ろしいのはソレが「命令」でも「勅命」でもなく「依頼」だということだ。
もし、目の前にいる男がその人なら。
わかっている。自分が、とんでもない人を刺激してしまったことが。
「脅しのつもりですか?」
「いや? ただ、1人の『魔紋技師』が機巫女様と話をしても、問題はないだろうなと思っただけですが?」
煽る煽る。イゾルデは心底この男を恐ろしく思いながら、女性とアヴェロンを交互に見つめていた。
ソレはシアンティーシャテンも同じ。目の前の男がどんな人間か、世間知らずの彼女はわからない。
だが、「紋技師」という言葉がどういう人かというのは分かっているし、それが各分野の権威であることくらい分かっている。
ほわほわ、と「魔」の力へ興味がわいたシアンティーシャテンだが、そんなことを他の巫女たちが許すはずもない。
とりあえず、「魔紋技師」「アヴェロン」というキーワードを、この王都にいるのかだけあとで調べようと心に決める機巫女であった。
「もしよろしければ、もう少し機巫女様との会話を許可していただきたいのですが」
「……」
女性は決めあぐねている。
数十秒経過したあとに、ため息を付いて頷いた。
「いいでしょう。ただし、本人確認をさせていただきます」
アヴェロンは、王都民だということを示すカードを差し出した。
様々なデータがそこには記されており、しかしその表には名前しか見えない。
中身を見るためには、専用の機械に入れなければならない。
女性はもう一度ため息をつくと、「ついてきてください」と2人を奥へ案内した。




