036 それぞれの理想
「好きな人がいるんです」
胸が妙にもやもやする。
ルカは、説明したくても出来ない、不思議な感覚をどうにか押さえようとしながら、シルフィールにそれを説明しようとした。
完全な心、または心臓を持たないルカに、その感覚を説明するのは難しい。
「その方といると、自然と気持ちがぽかぽかするんです」
その様子を、シルフィールは一言も発せずに静かに聞いた。
アヴェロンか、ロザリオのどちらかだろうとは考えている。
むしろ今の状況、ロザリオ説の方が優勢だろう。
アヴェロンは、なんだかんだいってルカの良くて兄、悪くて親だ。
禁断の愛、なんていう物をルカが学んでいない限り、ルカが彼を異性として好きになるわけには……。
「ロザリオさんなんですけどね」
「うん、知ってた」
ほっ、とシルフィールは二重の意味で安堵した。
ひとつはルカが禁断の愛を学習していなかったことと、もう一つは自分のライバルが一人減ったということだ。
ただでさえ、アヴェロンは異性に人気がある。
その素っ気ない態度と、それに反しての優しさ。そのギャップにやられる人は多いし、容姿も人並み以上だろう。
実際、イゾルデが一目惚れしてしまい、王都に残ると発言したのだ。
彼の影響力は、計り知れない。
「ロザリオさんとの交際が決まったとして、そのあとはどうするの? ……彼は完全に旅人気質っていうか、放浪癖がある気がする」
「あぅ。そこなんですよね」
ロザリオは、同じ場所に3ヶ月以上とどまれない。
彼の親友である、アヴェロンが言った話である。
剣豪の収入源は主に、臨時講師や特別授業の授業代だ。
剣での戦い方、または冒険者としての生き方を教える。
この世界での冒険者は、一つの人気職業だ。
まだ、この星には解明されていない場所が沢山ある。
科学の力を持って侵入しようとも、魔法がそれを拒むことが多々ある。
その為、依頼を受けて冒険者が自分の身体でそこに入るのだ。
もちろん、死の危険はある。
が、その代わりに成功すれば名声と名誉、そして膨大な金額の通貨がもらえる。
王の勅命なら、そのまま次代の王になることすらあり得る。
ハイリスクハイリターンの世界だが、だからこそ不思議な魅力があるのだろう。
実際、1年に1000人以上の人が、冒険者育成スクールに入学するのだ。
「私も冒険者になります、と言ったら?」
「……私は賛成しないけどね」
ルカは、その言葉を受けて悩んだ。
自分を文字通り、「作り出して」くれた人が賛成しないと。
やっぱりルカは実質上の親である、シルフィールとアヴェロンのことも、大好きなのだ。
「なんだか、こういう雰囲気大好き」
「……ん?」
「完全にサイエンスフィクションなのに、そこにいる住民はファンタジーな雰囲気。私は好きよ」
「そうか」
アヴェロンは、いよいよ本気でイゾルデに「あなたは転生者ですね」と話しかけたくなってきた。
嘘をつくにしてはボロを出しすぎである。
「もー、素っ気ないなぁ」
しかし、イゾルデはアヴェロンの表情に気づかない。
幸せなのだ。今の状況が。
今の、好きな人と一緒にいられるという状況が、そもそも幸せを呼び寄せているようだ。
イゾルデの心はぴょんぴょんと、飛び跳ねるようにお花畑へ飛び込んでいた。
そのため、自分に都合の悪いことは視界から消えている。
「脳内お花畑か?」
「うん。とっても幸せだよ」
否定しない。そんな状況で、アヴェロンはどうしようもなくなり、空を仰いだ。
普通、女性というのは……男性もだが……いくら幸せだろうとも、相手とつきあっていないばあい、それを隠すべきでは?
などと考えつつ、しかしアヴェロンは自分がイゾルデのことを異性として意識しているか、と考えれば否、である。
鈍感、というよりはあまり興味がないことだ、まだ、死ぬほど心惹かれるような女性とは、出会ったことがない。
シルフィールでさえ、言い方は失礼だろうが「妥協」でいいと思えるラインである。
今の言葉で、アヴェロンは男と女両方を敵に回しただろう。
「どんな人が好みなの?」
「……聖巫女」
しばしの間のあと、アヴェロンが掲示したたとえは、とんでもない人だった。
その言葉の威力は、実にイゾルデが「無理」とうなだれて生気のない目をすることで、分かるだろう。




