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034 ユグドラシル

「ああー、イゾルデたんかわいい」

「その言い方やめろ」


 王都下町、そこからビル群の存在する所要区まで歩いているのはアラガスとアヴェロンだ。

 さきほどから、アラガスはイゾルデについてしか話をしていない。


 それに対し、アヴェロンはため息を付いて。

 周りの、アラガスに配られる目線に気がついた。


「下品な視線をいっつも浴びせられてるんだな」

「しょうがないよ。デメリットだったり、メリットだったりするのは代償だからね」


 まあ、男に向けたところでなのかもしれないけれど、と彼はどこ吹く風だ。

 彼のメンタル自体が強靭なため。という理由も確かに存在するのだが、その強靭さはおそらくアヴェロン以上だろう。


「それにしても、イゾルデたんかわいいなぁ」

「これ以上いったら酒場に半裸で放り込むぞ」

「やめて」


 目線はどうってことないが、性別を勘違いされた上に襲われるのは恐怖だ。

 それは容易に想像できるし、実際アラガスは幾度なくそんな状況に遭遇したことがある。

 災難だ。だが、だからといって彼が対策をしないわけではない。


「最近は居酒屋『セイリュウ』しかいけなくなったし」

「まあ、フルルのところは信用できるからな、いいんじゃないか」


 まったくだ、とアラガス。

 この人の友人には、なかなか全く退屈しない人々で毎日が楽しい。

 この王都だけでも数十人と友人がいるのだ。それはフルルのような店主であったり、またアラガスのように商人だったり、ヒュリオンのように王子であったり職業は多種多様だ。


「すごいよね、本当に」

「何がだよ。……と、そろそろ店だな」


 すぐ目の前には、ビル群が迫っていた。その一角に、アラガスが持っているビルがあるのだ。

 その名も、YGGDRASILビル。中心となる素材商を始め、武具店から雑貨、食品までほとんどのすべてを集結させた、王都の中でもかなりの有名なショッピングビルである。


「入っていかないのかい?」

「社長の息子を送り届けたから俺の役目は、終了だろ?」

「……うう、残念」


 そんな彼の姿は、涙を浮かべている美少女にも見える。

 しかしアヴェロンは首を振って踵を返した。


「じゃあまた行くね、こんどはおとーさんにいっていいもの持って行くからね!」


 アラガスがビルの、自動ドアの奥へ消えていく。

 それを見届けて、アヴェロンは帰路についたのだった。

 





「はい、帰ってきました」

「おはようございます、アヴェロンさん!」


 アヴェロンが「ゼファーヴェイン・ルカ」に到着した頃、すでに店は開いていた。

 エプロンに身を包んだルカとイゾルデが、慌ただしく開店後の作業をしている。


「おかえり」

「ただいま」


 イゾルデの言葉を受け、アヴェロンは工房に戻ってきた。

 工房にはいつもどおり、シルフィールが設計中。今回はイゾルデの魔紋獣器だ。


「イゾルデの難しいよぉ」

「どんな感じなんだ?」

「大鎌。………鎌の部分、どうしようかなって思って」


 動物がなかなか思い浮かばないのだ。

 前回の剣なら、すごく簡単なのに。

 今回は、どうしてもイメージが湧きにくい。


「ずぅーにもいってこればいいんじゃないかな」

「『ずぅー』?」

「Zooな。動物園」


 なるほど、とシルフィール。

 実際いる動物をみるのも、いいかもしれない。


「それとも、あっち行く?」

「ああ、魔獣園」


 魔獣園の方がいいかな、とシルフィールは頷くと、ルカを呼んだ。


「はい?」

「今日はお休み。ちょっと外に行きましょう」

「はい!」


 ここで喜んだのはルカではなく、内心ガッツポーズのイゾルデであった。

 飛び上がらんばかりに喜ばんとするイゾルデに、アヴェロンはその意味を汲み取って微笑む。


「さて、今日は店も臨時休業にしますか。11時までって看板を出しておいて」

「はぁい!」


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