033 かわいい物好き
「いろいろと商品を仕入れてきたんだよ。ほら、こんな感じの風貌だからちょっとお願いしたらね」
「それはありがたいんだが、先に相方へ説明してくれるかな。……完全に勘違いしてるよ」
ああ、とその意味が分かったかのようにアラガスはむすっとしているシルフィールの方を見つめた。
美しい女性だな、と感じながらアラガスは思う。
ちょっとうらやましいとも、思った。
「アラガス・ドラシルだよ」
あ、この人男だ。
シルフィールは彼のこえをしっかりと聞いて、そう判断した。
扉越しだと声が曖昧になってよくわかららなかったが、容姿にはまずシルフィールはダマされない。
彼の骨格が、完全に女だったとしても。
それは、無表情で無機物な声が普通だった、シルフィールの前世が関係しているのだろう。
ルカのような、表情豊かな機械人間だったらまだいい。
性能を求めるあまり、視界を求めてバイザーにしたり、またマスクをつけたりと表情のとても読み取りにくい世界にいた彼女は、相手がどんな人なのか見分けるのが必須スキルとなっていたのだ。
「ええと、シルフィール・フィーリネよ」
「君がアヴェロンの相方なんだね、話はよく聞いてるよぉ」
まあ、そんなことはおいといて、とアラガスはポケットを探り始めた。
中に入っていたのは、魔武具や魔法薬の材料に使われる素材の数々だ。
そこら辺に履いている、特に珍しくもなさそうな薬草もあれば、この前の龍のものらしい魔石などもある。
「どれか欲しいものはあるかい?」
「それよりも先に工房へ入りなよ。玄関先で話をしていたって仕方がないし」
「アヴェロンは律儀だねぇ」
おじゃまします、とアラガスが工房内に進入した。
彼の眼の前に広がるのは工房だ、通り道を真ん中として片方に魔紋獣器、片方にアヴェロンとシルフィールそれぞれの作業台がある。
不思議とオイルの鼻を突くような匂いはしないし、むしろなんだか、シトラスらしい匂いがした。
「俺の作業台でしようか。椅子をとってくれるかなシルフィール」
椅子を差し出され、アラガスはそこに座る。
商談といっても、アラガスはアヴェロンの友人でもある。
友人だからこそ、ということもあるのだが。
「今回はいいの、ないな」
アヴェロンは作業台に展開された物々を一目見て、残念そうにつぶやいた。
今日、持ってきたものを見ても、彼が有意義に使えそうなものは何一つなかったのだ。
唯一使えそうなものは、彼が飽きるほど持っている。
「魔石とか、かなりいいものだと思うんだけど……」
「それ、飽きるほど持っているんだよな」
アラガスの指さしたのは、アヴェロンが討伐した龍の産物である。魔石だ。
それならルカが、袋1杯分ほど回収している。だからこそ、不要だとアヴェロンは説明しながら、その袋を差し出した。
「おもっ」
「全部魔石」
「……なんか、アヴェロンにものを売る気がなくなってくるね」
強者は1歩先を行く、王者は2歩先を行くというが、アラガスにとってアヴェロンは3歩先を行く存在である。
恐ろしい人だ。まるで未来何が起こるのかわかっているような人である。
だからこそ、彼と付き合っていて楽しいし、飽きることがないのだが。
「また来るよアヴェロン」
「はいはい。次は、シルフィールの使う素材も探してくれるとありがたい」
うなだれたように肩を下げ、立ち上がる彼にアヴェロンは声をかけた。
素材商はこのような感じで利益にならないことも多いが、普段は店を構えているため客が自然と集まってくる。
今回、アラガスが「ゼファーヴェイン・ルカ」に来た理由も、単純に友人だったからである。
もちろん、先ほど「売る気がなくなる」といったのも冗談だ。
「フィーリネさんは何がほしいの?」
その声を聞いて振り向くアラガスの姿は、シルフィールの目から見ても美しい。
容姿が原因で間違いが怒らなかったのか、と不思議に思ってしまうほどだ。
「触媒かな」
触媒。彼女が作る素材に含まれる、特殊な素材のことを指す。
その中でも、彼女が求めるのは合金の元になる触媒。
「高くつくかもね」
「相応のお金は払うけど?」
むすー、とまた機嫌が悪くなった彼女をみて、アラガスはいいなーと恨めしそうにアヴェロンを見つめるのだった。
アラガスは、見た目に反することなく可愛い物が大好きである。
ただ、交際を申し込むと「同姓と付き合ってるみたい」とか言われてたいてい断られるが。
「ととと、おはよー!」
と、乱入者がやってきた。
愛くるしい姿そのものの寝間着姿で、やってきたのはイゾルデである。
「きゃわたん」
「お客さんかな」
アラガスが思わず口に出してしまった言葉は、運がいいのか悪いのか誰にも聞かれることがなく、空気に溶けていった。
イゾルデがアヴェロンに問いかけ、彼が頷くとイゾルデは慌てたように踵を返した。
「わわわ、先に言ってよ」
言ってくれたら準備するんだから、と彼女はアヴェロンを真似るようにぱちんと指を鳴らす。
途端、寝間着は煙に包まれるように消え、いつも彼女が着ているフード付きマントが現れた。
「これでよし!」
なんだこのかわいい小動物は、とアラガスがハートを射抜かれるまで、あと数十秒。




