032 アラガス・ドラシル
第2章出港
1話めはちょっと短めで。
「アヴェロン、売りたい材料があるんだがー!」
「ゼファーヴェイン・ルカ」の裏口から若い女の声がして、シルフィールは顔をしかめた。
朝の七時だ。開店は10時で、ルカとイゾルデはまだ目覚めてすらいない。
アヴェロンは上で朝食を作っている最中である。
「ええと。とりあえずアヴェロンを呼んだほうがいいのかな」
しかし、自分で呼びに行くのも時間がかかる。
シルフィールはため息を付いて椅子に座り込み、そこに心配するかのように1機の魔紋獣器が近づいてくる。
その魔紋獣器をじっとみつめたあと、ちょんとつつく。
「ちょっと呼んできてくれる?」
こくり、と白鳩型魔紋獣器:《HVV!†3》は頷いた。
読み方は「ホワイト」。西洋の大国の言葉で「白」を指す。
シルフィール色の濃いネーミングではあるが、これはアヴェロンとシルフィールの開店初期に作ったものだ。
変形機構は簡単なもので、ただ文鎮になるだけであるが2人はとても気に入っている。
今こうして使い魔として重宝されているのは、数年前の、魔紋獣器が生物として成長した証であるからだ。
「どうしたシルフィール」
アヴェロンが《HVV!†3》を肩に乗せて降りてくる。
不思議そうに首を傾げる彼に対して、勝手口の方を指さした。
むすっと、何故か不機嫌なシルフィールだがアヴェロンはその理由がわからない。
彼女に言われるまま、勝手口を出たところで彼はその人に気づく。
「ああ、シルフィールが不機嫌になる理由がわかったよ」
目の前にいる人は、どうみても女だったからだ。
女性的な顔、女性的な身体。だが胸はない。
だれがどうみても、その女性は美しいと思うだろう。
男ならだれでも振り向くだろう。
しかし、彼は男だ。女ではない。
「今日はどんな要件で? アラガス」
「いつもどおり、素材を売りに来たんだよ」
素材とは、その名前の通り魔武具の作成に使うものである。
魔獣から出る魔石であったり、その他魔獣の身体の骨や、革や、毛だったりする。
しかしそれらは、普通出回らない基調なものだ。
王都で許可をもらった商人たちが少数、高額な値段で……とりわけ相応しくない値段で売りつける。
「君は大切な友人だからね、ちょっとくすねてきた」
彼の名前はアラガス・ドラシル。




