031 ナイトメア
本編よりも小話のほうが長いってどういうことさー!
目が覚めた時、視界に飛び込んできたのは見慣れた工房ではなく、一面の青空だった。
モヤがかかったように曖昧な視界。しかし、そこにあるのは確実に、天井ではなく天である。
「うっ!?」
体を起こそうとしてみれば、見えない天上位頭をぶつけたがごとく痛みが走る。
何が起こっているのかよくわからなかったが、手を天に伸ばしてみればドーム状の何かに包まれているのがよくわかった。
「どこだここ」
意識がいまだはっきりしていないのか、それとも別の何かが自分の視界を邪魔しているのか。
それとも、確かに存在しているドーム状のそれが、自分の五感に対して影響を与えているのか、よくわからない。
彼は、なんの気なしに指を鳴らした。
普段からやっていたことであり、くせにもなっている。
ぱちん、と。
彼の持つ能力の引き金でもあった。その因果化、ガラスの割れるようなけたたましい音が鳴り響き、視界がはっきりする。
「ああ。なるほど」
彼は、あくまでも冷静だった。
男の名前はアヴェロンという。
魔導師だ。【魔導】という存在を操ることができる人を指す言葉である。
なんとなく自分置かれている状況が把握できたのか、彼は勝手に納得してしまう。
「……3回めか」
絶望したように、そうつぶやいて起き上がる。
これが初めての経験ではないからだ。
十数年前、彼は確かにこんな経験をしたことがある。
1回めは鉄骨事故だった。1度死んで行き帰り、「転生者」として魔法の世界での再誕を果たす。
2回めは事故による転移。魔導陣を発動させてしまい、魔法と魔導、科学を融合した世界に放り出されてしまう。
そして今回、しかし彼の記憶には確かな「転生」「転移」といった記憶が無い。
正しく言えば、直前の記憶が全くないのだ。
2回とも始まりは草原だった。草と天以外何一つないのどかな場所に放り出されて、そこから始まる。
が、今回のような世界樹では決してない。
……世界樹?
「!?」
勢い良く起き上がったアヴェロンは、今更気づいた目の前の光景に面食らった。
天に届き、雲よりも高い、巨大な樹の枝に自分が乗っていたのだ。
枝一つ一つが高速道路ほどの幅を持っており、転げ落ちるのを防ぐためかさくも設置されている。
彼が驚き、思考も混乱しままならない状態であるというのに。
後ろから話しかけられて、アヴェロンは飛び上がる。
「アヴェリロニア様、起きられたのですね」
「……ルカ?」
彼に声をかけたのは都市半端も行かないような少女だ。アヴェロンの元いた世界の年齢で考えれば、10代前半ではないかと推測できる。
アヴェリロニアが自分のことを指しているのは彼女の視線から分かったが、そもそも自分がどんな状態で、相手がどんなヒトかわからないが、アヴェロンは思わずそうつぶやいてしまう。
前世、と説明すればいいのだろうか。前いた世界にいた大切な人の一人に、その容姿があまりにも酷似していたからである。
「アヴェリロニア様、頭が混乱しているのですか? たしかに私はルカニですが、ルカではありませんよ?」
あどけない顔できょとんとしている少女に、とってつけるようにしてアヴェロンは順応しようとした。
次に転移させられた世界では、最初から【様】と呼ばれるほどの地位を獲得しているらしい。
ということは、これは「転移」「転生」ではなく「憑依」なのではないか。
アヴェロンは新しい可能性に嘆き、記憶を引き釣りながら彼女に話しかける。
「夢を見ていたようだ」
「夢、ですか」
「どこか懐かしい雰囲気でね、まるで現実のように……鮮明だった」
「それ、夢です」
アヴェロンははっきりと告げられた声によって、意識を急覚醒させた。
その反動か飛び上がってしまい、ベッドから転げ落ちる。
腰を抑えながら上を向くと、そこにいたのは確かに、機械人間のルカである。
「夢」
「さきほどから、うんうん魘されていましたので。起こしましたがどうですか?」
「いや、それはいいんだが」
なんとも言えない感情が、決壊してアヴェロンはルカを抱きしめた。
何が起こっているのか、理解できないといったようにルカは「はぅ」吐息を漏らし彼に向き直る。
「どうしたんですか? 珍しい」
「夢で本当に良かったと思ってね。……本当に良かった。本当に……」
ルカに抱きつくチカラが強くなった彼を見て、女神のような慈悲にあふれた笑顔を見せる。
そしてアヴェロンをあやすようにして、体を彼に預けて口を開く。
「安心してください。私は、【ルカ】は。ちゃんとここにいますよ」
ルカはアヴェロンやシルフィールの感じる恐怖を知っている。
合計2回以上「転移」または「転生」を経験したことのある人は、いつ自分が何らかの世界へ行ってしまうか恐怖心を抱くことがあるのだという。
目が覚めたら、別の世界だったら。そんな本来、子供が抱くような恐怖心が真に迫るというのは、一体どんな感覚なのだろう。
特にアヴェロンは、脂肪からの転生と転移という両方のケースを経験している。
何かの拍子で、というのは十分に考え得るからこそ、思い出したようにうなされる。
今までの作り上げてきたすべてがやり直しになるのだ。
愛する人とも離れ離れになり、相手もこちらも生きているのに会うことができない。
永遠の別れを切り出されるどころか、別れの言葉すらかけることができなかった。
アヴェロンはそれを1度経験している。
だからこそ、同しようもない恐怖心がされば、次にやってくるのは安堵感だろう。
「違う世界へ行き来できる装置があれば、いいのですけれども」
「全くだよ。……転移者には天から、そういう【能力】を授かりたいものだ」
アヴェロンの顔は真剣であり、ルカを抱くチカラも全く緩められていない。
ぬくもりに縋っている、タダの甘えであることは両方とも理解出来ていたが、ふたりともソレに甘んじることでしか、精神を安定させられなかったのだ。




