003 ロザリオ・リンネ
ゼファーヴェイン・ルカの前に、一人の男が立っていた。
「ここが、彼の店ですか」
ロザリオ・リンネ。世界の中でもかなり有名な剣豪である。
世界中を常にめぐりまわり、放浪の旅をしながら更なる極みを目指す。
アヴェロンとは、すでに数年来の知り合いであり共に龍を打ち倒すなんてこともしたことがある。
そして今日、たまたまこの店を見つけたのだ。
「王都のはずれで店を構える、と確かにあの時言っていましたが。本当に実行するあたりアヴェロンらしい」
すぐに、察しがついたようだ。
何かを深く考えるように、うなずいてロザリオは店の扉を開ける。
「はっ!?」
「すみません、この店にアヴェロン・エクズーバという男はいらっしゃいますでしょうか?」
店員らしい、カウンター近くに立っていたルカにロザリオは声をかける。
と、見る見るうちに相手の顔が青白く変貌していくのを見て、これはやってしまったかもしれない、と後悔した。
「少々お待ちください」
やっと、といったように言葉を言い切ったルカがおぼつかない足取りでバックヤードに下がったのを見て、はぁと息を吐いた。
あの目は恐れの眼だったな、と判断して天井を仰ぐ。
どうも、自分にはほかの人から本能的におそれられるという特質があるらしい。
それをロザリオはしっかりと認識できていたが、今のところ何もできていないのが現状である。
「ロザリオ!」
この、アヴェロン以外は、だが。
旧友の姿を視認して、彼の諦めがちな顔は一気に弛緩した。
ロザリオ本来の穏やかな表情が戻り、彼はアヴェロンの差し出した手を躊躇なくとった。
「5年ぶりかな?」
「そうですね。立派な店をお持ちのようで」
そこまで意思疎通をしてから、ロザリオは彼が背にしたドアの隙間から、2人分の美しい瞳がこちらをうかがうように見つめているのに気づく。
片方は、先ほどカウンターで見たあおい瞳。もう片方は、初めて見る赤い瞳。
赤い瞳の方は、自分を全く恐れていないことにも気づき、ロザリオは流すような笑顔を見せた。
「どうした?」
「いえ、後ろ」
「ああ……。2人とも、怖くないから出ておいで」
そろーっと、ドアが開かれ2人が顔を出した。
アヴェロンは困ったような笑顔を見せたまま、シルフィールとルカに手を振って、ロザリオと対面するように手で示す。
「こっちがシルフィール。で、こっちがルカ」
「……よろしくお願いします、お二人とも」
これが、今の彼の家庭なのか。
ロザリオは、幸せそうな顔で笑いあっているシルフィールとアヴェロンを見て、盛大な勘違いをしていたが、言葉に出していないため3人は気づいていなかった。
勘違いが、修正されないまま時は流れていく。
なるほど。
シルフィールは、ロザリオ・リンネを一目見てルカがおびえている意味が分かった。
彼は殺気を放っているわけでも、こちらに敵意を持って接しているわけでもない。
だというのに、シルフィール自身の本能が「逃げろ!」と叫び散らしている。
例えれば、百獣の王が常に放っているオーラ、というべきか。
彼の周りだけ、空気が違うのだ。
「よろしくね、ロザリオさん」
無意識の……いや彼自身は気づいているだろう威圧を頭からそらしながら、シルフィールは返事を返す。
殺意を向けられるのは慣れている。
前の世界では半機人と機人に、人間でありながらも活躍していたのだ。
機械に覆われ、または機械でありながらも、それらのシグナルから発せられる殺意を読み取れていた。
だからこそ、殺意には人一倍敏感な彼女であったが、この剣豪からはそういったものは全く感じ取れていない。
それどころか、興味心すら向けられているところを感じ取り、ルカの背中を叩く。
「大丈夫」
「でも」
それでもルカは不安げな顔だ。しかし、ルカの性能から察するに、すぐ打ち解けられるだろうとシルフィールは判断する。
「アヴェロンの友人に、変な人はいないでしょう?」
「……毎回、驚かされる人ばかりですけどね」
ルカは、わずかに安心したように顔を緩ませる。
そして、剣豪と心底楽しそうに、そして嬉しそうに話をしているアヴェロンの方を見て、ふふふと笑みをこぼした。
「ところで、今回は何日くらいの滞在で?」
「まだ決まっていませんが、そのあとは南へ行くつもりです」
「なら、ここに泊まっていけばいいな」
また一時的に住民が増えたらしい、とシルフィールはあきれたように肩をすくめるが、彼女は決してそれを嫌とは思えなかった。
アヴェロンのそばにいれば退屈することがないし、何よりも毎日が楽しく感じる。
その気持ちが仲間意識などではなく、れっきとした思慕だということに彼女が気づくのは、もう少し先の話。
「あと、ここの名物を一つ、頼みたいですね。時間はどれだけかかってもいいので」
「剣か」
「はい。魔紋獣器を一つ、お願いしたい」
確約の注文だ、とシルフィールは心の中でガッツポーズをする。
そしてどうしよう。と完成し工房を走り回っている《ハウンド・ドッグ》を見て、ため息をついてしまったのだった。