024 心の闇
「はいはいロザリオ、殺気を仕舞うんだ」
驚くほど有効な牽制の方法だな、とアヴェロンは半ば感心しながらも、彼のそれを止めさせる。
ロザリオに護符を装着するように指示して、客のほうを見る。
そして客を見て。「あ」と声を上げた。
「……うーん。これは完全にもう、なんていうか」
「……なんか、すまん」
目の前にいるのは、ヒュリオンである。
この国の王子であり、そしてアヴェロンの友人だ。
視察としてこの国を回っていた時に偶然出会い、そこから旅は行きずりで各地を回ったことがある。
「どうしたんだ?」
ええと、とアヴェロンの質問に言葉をつまらせながらヒュリオンは何が起こったのか彼に説明する。
つまり、とすべて聴き終わったアヴェロンは彼に話しかけた。
「ルカを探すために、王都全員を洗い出したわけだ」
「残念ながら、登録はされていないがね」
それはそうである。
今のところ、まだルカは人間と呼べるような状態ではない。
隠し子とかではなく、機械という区分だと思ってるのだ。
感情を持った機械、そうアヴェロンは認識していることになる。
「頼みがあるんだが」
「ルカはやらんぞ」
アヴェロン、ヒュリオンの言いたいことを否定する。
わかりやすいな、とヒュリオンの眼をじっとみつめ、首を振った。
「そんなの、絶対にシルフィールが許さないし俺も許さない」
「権力を使ってでも?」
「使ったら、俺とヒュリオンの関係はこれまでということで」
ここにいる必要も無くなるな。そうアヴェロンが肩をすくめると、ヒュリオンの顔はみるみるうちに青くなっていった。
ヒュリオンは、自分が関わっている人がどんなヒトか知っている。
彼との関係を絶つと、王都がとんでもないことになるのも知っている。
だから、何も言い出せないのだ。
主導権は完全にアヴェロンにわたっていた。
それを、ヒュリオンはいたいほどわかっている。
「ううぬ」
「女の子の気持ちをわかってないと、あとで大変になるぞ」
「わかってはいるんだがな」
しかし、少々こまるんだが。とヒュリオンはもともと青かった顔をさらに青くした。
工房から、鬼神のような顔をしたシルフィールが出てきたためである。
手にはスパナ。もう一つの手には杭打ち機。
両方共機械を扱うための工具だが、強力な武器にもなり得るため恐怖でしかない。
アヴェロンが彼女に向かって「ちょっとまて」と声をかけるのも納得がいくというものだ。
「私の"娘"に何を」
「……いや、誤解だ。いや、本当に!」
どうしようもなく、身体が震える。
恐怖が体を蝕む。
それは不思議と、彼が先ほどロザリオから受けた殺気よりも恐怖に満ちていた。
杭打ち機が、ガコンと音をたてた。
杭が装填される音だ。もう一度彼女が引き金を引けば、勢い良く杭が射出されるという仕組みになっている。
「あの、ルカさんは大丈夫ですか?」
「どこから知ったの」
シルフィールは、目の前の人が誰か知らない。
名前を聞けば誰かわかるのだが、アヴェロンとは違って今日が初めてだ。
故に、今は彼のことを「敵」としかみなしていない。
それは、ロザリオも同じだった。
「いや、あの」
「俺が説明するよ」
アヴェロンが口を挟む。しかしそれで状況は悪くならず、目の前の女性が一息ついたのを見てヒュリオンは九死に一生を得たような顔をしていた。
「ヒュリオン、こちらがシルフィール。仕事の相方で、こっちがロザリオ・リンネ」
恋人って行ってくれてもいいのに、などとシルフィールはつぶやいたがそんなことを、アヴェロンは無視して続けた。
ロザリオは表情1つ変えず、目の前の男を睨むような顔で見つめている。
「シルフィール、ロザリオ。こっちがここ【プトレマイオス】の王子であるヒュリオン・プトレマイオスだ」
「つまり、脅迫したいってこと?」
シルフィールは、権力者が嫌いだった。
それは、前の世界にいたことが大きく影響している。
「いや、そういうわけでは」
「許さない」
アヴェロンは、シルフィールが全く聞く耳を持っていないことに気づいてどうしようかと考えた。
一応、前の世界については何回も聞いているのだが、その奥に彼女の心の闇があることは聞いていない。
だからこそ、こういう時。何が彼女を怒らせているのかよくわかっていないのだ。
「……一旦落ち着こう」
「落ち着けない」
シルフィールは、完全に思考停止に陥っていた。
アヴェロンでさえ、何が起こったか把握できていないところから考えれば、その状態がいかに危険かわかる。
しかし今回、何が悪いのかといえば否はほとんどすべてがヒュリオンにあった。
ヒュリオンは誰かに責任転嫁するような人ではない。
だからこそ、そのせいで。
そのせいで、今の状況は長い間良くなる傾向は見えなさそうだった。




