022 居場所
「よう」
アヴェロンは異様な雰囲気を感じ取ると、そのままカウンターまで直進してきた。
お手上げというように肩をすくめるフルルを見つめ、何が起こったのか察するとノータイムでイゾルデをそっと支えて立たせる。
今回は別にフルルから第6感を受けた、というわけでもなく単に仕事を終えたあとの1杯をやろうとしていただけである。
そんな状態でも、イゾルデを見て状況を判断するのはさすがとしか言えない。
「イゾルデ、帰ろう」
「うん。……一人で歩けるよ」
イゾルデは、支えたアヴェロンの手を振り払った。
そうやって出て行く2人を見ながら、どう見てもカップルとしては成り立たないものだよな、とぼやく。
「絶世の美少女だな本当に」
そのボヤキに、店中が湧いたのは言うまでもない。
「シルフィールが羨ましくなっちゃった」
「なぜ?」
「貴方と一緒にいられるから」
アヴェロンは、視線を彼女に移さない。
代わりに、彼女に「何故?」と再び問いかけた。
イゾルデはその質問には答えず、彼をみて「鈍い」と一言。
そのあとは「ゼファーヴェイン・ルカ」につく直前まで、両方共声を発しない。
アヴェロンは決して、彼女の気持ちに気づいていないわけではない。
数ヶ月前の彼なら気づかなかったかもしれないが、ロザリオに指摘されて自分に向けられるものに敏感になれたのだ。
だからこそ、イゾルデの気持ちをわかっている。
だが、まだ彼女と出会って3日ほどしか経過していないことから、その理由がわからないのだ。
「でも、まあ気にしないで」
「おう」
アヴェロンは、次はどんな魔紋獣器をつくろうかと考えている。
ロザリオとの別れは、確実に近づいていた。
「そうだ。私も魔紋獣器、作って欲しいかな」
「とりあえず、コンセプトと武器だけ教えてくれるか」
すでに店は見えている。その前にはシルフィールたちの姿も見えた。
少なくとも、今の2人には帰る場所がある。待ってくれている人もいる。
だから、やっぱりここは温かい。イゾルデはそんな気持ちを抑えようとして、わずかに失敗する。
やはり、ここを終着点としてもいいかもしれないと。
「時間はたっぷりあるな」
「……そうみたい、だね」
さて、どうやってシルフィールに説明しようか?
イゾルデが困り果てるまで、あと数秒。
「ヒュリオン様」
プトレマイオス、王都【アンドロメダ】。主要区・王宮の一室で、王子の名前を呼ぶ声が聞こえた。
声の発生源は執事のセリシトだ。少しまずい状況だといった、バツの悪そうな顔で王子に向き直る。
対して、ヒュリオン自身は。完全に呆けていた。
「ルカさんの情報か!」
この通り。
あの時命を救ってもらった「ルカ」という少女にすっかり心を奪われていた。
父の前では決して言わないが、このように自室に戻ればこの有り様である。
「ええと。……【ルカ】という少女は数人いますが、どれも容姿が一致しません。つまり、この王都にそんな人はいないのです」
はっ!? とヒュリオンは声を上げる。
自分も、セリシトも確かに「ルカ」という名前を聞いているのだ。
「ただ、一つだけ該当した項目があります」
「うむ」
「【ゼファーヴェイン・ルカ】という武具店を知っていますでしょうか」
「アヴェロンの店じゃないか」
それくらいは知っている。開業を初めてすぐに、何度か立ち寄ったことがあった。
「そこにいる従業員に、1人【ルカ】と呼ばれている娘がいるとのことですが」
「……都民として登録されていないのか」
都民どころか、人間として登録されていない。
それを知ったヒュリオンは、嗚呼と溜息を漏らしたのであった。




