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021 安心感

「おー、イゾルデちゃん来たのか」

「来ちゃった☆」


 というわけで夜、イゾルデは居酒屋「セイリュウ」にやってきた。

 彼女の風貌はまるっきり少女であり、フードで顔を半分隠しているとはいえそれだけでも恐ろしいほどの扇情さと、その美貌は隠そうともしていないためか男からの視線がすごい。


 間違いが起こったら店としても困るためか、だからこそフルルは彼女に声をかけたのだ。


「何が飲みたい?」

「魔導酒はある、かな」


 魔導酒とは、酒に多少の魔導を注ぎ込んだものである。

 魔導というのは液体でもあり、気体でもあり、個体でもある。

 不思議物質と言ってしまえばそれだけで通じるものだ。


 イゾルデの頼んだそれは、普段口の中で弾ける感覚がするもの。

 炭酸とは違い、爆発感のあるそれは人気があるが、なかなか高い。


「やっぱり美味しい」

「……それ、アヴェロンから提供してくれた魔導だ」

「倍のお金払う」


 即答に、フルルは吹き出した。


「そんなにアヴェロンのことが好きなのか」

「私、強い人が好きなの」


 これには、聞き耳を立てていた男性勢はぐうの音も出ない。

 アヴェロンに勝てる人なんて1人もいないからだ。

 彼の強さは、その魔導だけではない。

 もちろん魔導も利用するが、その身体能力やチカラの使い方、判断力などは「すべての動きを把握している」と誤解してしまう程度には、整っているのだ。


 アヴェロンがこの王都にやってきた頃、幾度なくここにいる猛者たちは彼に決闘を申し込んだ。

 決闘というよりは、競技に近い。「よそものの魔導師」だったアヴェロンをこの王都から追いだそうとした人は3桁を超える。

 しかし、その人々を全員突破したのだから、少なくとも王都の中で彼のことを知らない人はいないのだろう。


「難しいだろうな」


 フルルは、イゾルデよりも前からずっとアヴェロンに思いを寄せていた人を知っている。

 その人は誰よりも彼と長い時間一緒にいたし、それにアヴェロンは気づいていながらも、結果を先延ばしにしているに過ぎない。

 大切な仕事仲間だから、というのもあるのだろう。今までの関係が保てなくなる可能性を、環境の変化をあまりアヴェロンは好まない。

 出会いは歓迎するが、別れは歓迎しないのだ。アヴェロンという男は。


「シルフィールのことは知ってる。……だから、ナンバー2でもいいよ、今のところはね」


 ずいぶんと簡単に覚悟のできる人だな、とフルルは印象を受けた。

 簡単に覚悟でき、その先が破滅であっても突破していけるような人だと、フルルは彼女のことを認めた。

 

「これからは、王都で暮らすのか?」

「今まで、居場所がなくて世界を旅していただけだからね。……お仕事探さないとなぁ」


 魔導酒を飲みながら、彼女はぼやく。

 まだ、王都民としての権利をも持っていない。

 都民になりたいのであれば、まずは冒険者以外の職か、2人以上の身元保証人が必要になる。


 アヴェロンの店でルカとやっていくということもできるだろうが、シルフィールに迷惑をかけるのも良くない。

 イゾルデは、自分の事をよく知っていたし決して察しの悪い迷惑な女でもないと自分で自覚している。


「うーん。……まあ、どうしても見つからなかったらここで働くか?」

「ぅん。ありがとう」


 これも出会いの1つか、とフルルはそう感じた。

 だから、彼女を誘った。

 アヴェロンから確かな影響を受けて、彼女に援助を差し伸べる。


 それを、イゾルデ・トリストラムが。

 「悲しみ」の意味をなした騎士の名前を関した少女がその「手」をつかむかは、彼女次第だ。


「なんだか、ここは温かいね」


 イゾルデの、声が震える。

 感動してしまったのだろうか、フルルの言葉に。

 それとも、何か別のものを感じ取ったのか。


 フルルには何が起こったのかわからないし、周りの男たちも近づくことはできない。

 声をかけようなんて人はいなかったし、新しく入ってきた客も異様な雰囲気に気づいて離れていく。


 変に声をかけたらいけない、とわかっているのだ。




 しかし、そんな緊迫した状態も、1人の男が店に入ってくることでみるみるうちに溶けた。


「……あー、すごいなお前」

「よう」


 アヴェロンだ。


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