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002 ハウンド・ドッグ

「おはよう!」


 ふぅ、とアヴェロンが一息ついていると。裏口から一人の女性が入ってきた。

 栗色の髪の毛は一つにまとめられていながらも、腰まで伸びている。 

 目の色は黒で、顔は実に活発そうなイメージを人に与える、元気な女性だ。


「おはよう、シルフィール」


 アヴェロンは振り向き、女性の名前を呼ぶ。

 彼女の名前はシルフィール・フィーリネといった。この店「ゼファーヴェイン・ルカ」の最後の作業員であり、魔導方面を担当しているアヴェロンとは対象に当たる方面を専門としている。


「ところで、今何を?」


 と、アヴェロンの作業台に近づき、椅子を寄せるシルフィールにアヴェロンは先ほど指摘された柄部分を指さした。

 少々人の手にフィットするようにはなっているが、それは彼女の満足には至らなかったようだ。


「それ、まだ【起動】はしていないわよね?」

「うん」


 アヴェロンはうなずき、「技術的なものはわからん」とシルフィールに丸投げする。

 商品なんだから投げちゃだめ、と文字通り本当に投げたアヴェロンに対し、シルフィールは丁寧に受け取って彼の向かい側に座った。


「ところで、この名前は? 肝心なものを聞いていないけど」


 アヴェロンに質問をしながらも、彼女の眼はその武器に合わせてあったし、手も動いている。

 マルチタスクのできる人は羨ましい、とアヴェロンは彼女を見つめながら心底羨ましく思ってしまった。


「《ハウンド・ドッグ》」


 2人の元いた世界で、「猟犬」を意味する言葉だ。

 それは斧をうまく体現している、とシルフィールはうなずく。


 シンプルイズベスト、とはうまくいったものだと。


「魂は実装済み?」

「ああ、そうだよ」


 出来たわ。と差し出す斧を受け取ってアヴェロンは目を閉じる。

 すると、その斧を持っていた右手がほんのりとした光を放ち、斧の刃部分も同調するように光りだした。


「やっぱり、この状態だけでなくすべてに安全機能を付けるべきか?」

「買う人による。……決定してから調整すれば、いいでしょう?」


 質問に質問で返され、少々戸惑ったアヴェロンは、わずかに震えだすその斧を見つめ、目を細くして笑いかけた。


「目覚めよ」


 呪文のように、はたまた吟遊詩人のうたのように詠唱された命令文は、一つの引き金トリガーと、確かになった。

 軽くアヴェロンが斧を放ると、ソレは変形して犬のような姿に変わった。くぐもったような、しかし確かに犬の鳴き声も聞こえてくる。


「うん、完成ね」

「ああ」

 

 魔紋獣器ビースト・アーゼス。通称「ビーゼス」。

 魔法と科学、両方がそれぞれ独立した中でシルフィールの持つ技術力と、アヴヴェロンの持つ高い魔導技術が融合した、この世界でただ一つの技術である。


 普段は「ビースト形態」として使い魔と化し、有事は「武器アームズ形態」となる。

 二人が考えた、一生ものになるような道具だ。


「さて、あとはこれをすだけだ」


 最後の仕上げとして、アヴェロンが取り出したのは小さな印鑑のようなものだった。

 ちょっと我慢しろよ、と《ハウンド・ドッグ》を取り押さえて尻尾の部分……武器としての柄頭ポメルに軽く印を押し付ける。

 魔法として、刻印が捺され製品としての魔紋獣器ビーゼスが出来上がり、ほっと2人は息をつく。


 一つのものに、設計だけでも3週間、最低でも約2か月は要するこの道具は、こうして一つ完成したのだ。

 道具であり、同時に命を吹き込まれた存在である不思議なそれは、2人の目の前で素早くターンをして見せた。


「一回、確認してみましょう」

「そうだな」


 アヴェロンが、《ハウンド・ドッグ》の尾を掴むと再度変形し斧の形態へと変形する。

 再び目を閉じ、斧へ魔力を流し込むと刃の部分が赤く発光し、切断できる状態になったことを示した。


「これが、今回の安全装置って言うわけね」

「魔法を使える人専用に作ったからな。……しかもある程度の魔法力がないと起動しないようになっている」

「つまり、腕力もある程度あって、魔法力のある人……ああ、そういう意味なのね」


 シルフィールはアヴェロンが、誰宛てに作ったのか理解できたようだ。うなずくと、「コーヒー飲む?」と彼に持ち掛けた。

 ああ、とアヴェロン。快くそれを受けて、自分も席を立つ。


 しかし、2人が安らぎのコーヒーへとたどり着く前に、カウンターへと続く扉が開かれてルカがふらふらと入ってきた。

 顔色も少々悪く、不安定だ。


「ルカ!?」


 先に駆け寄ったのはシルフィールだった。

 ルカを一番気にかけている人であり、ルカの親代わりでもある。


 どちらかといえば、アヴェロンは親というよりも兄のような存在である、とルカは数週間前にそう告げたからである。


「はぅぅ」


 なんとかしてシルフィールに支えられ、再び卒倒しそうな状態でアヴェロンを見つめる。


「どうした?」

「お店に……うぁぁ」


 何かを言いかけ、ルカはそのまま意識を失う。

 電源が切れたように動かなくなるルカを抱え上げて、シルフィールは「人間に近づけすぎたかも」なんて独り言をつぶやいていた。


「アヴェロン、行きなさいな。お客さんよ」

「……ルカが驚くってことは、そういうことなんだろうなぁ」


 アヴェロンはぼやく。

 そして扉を開け、カウンターで待っている人を目に認めて。


「……ロザリオ!」


 満面の笑みを見せた。

 

 


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