014 ヒュリオンの一目惚れ
王子は、ルカと店主:フルルが魔石を砕き終わったあとにやっとその場へと到着することができた。
空中ではロザリオとアヴェロンが前線どころか、完全に圧倒している。
強大な存在であり、その被害は天災の一種にでも例えられるそれを、たった4人で食い止められているのだからヒュリオンは眼を白黒させていた。
目の前で起こっていることが、理解できていないのだ。
「どういうことなんだ」
「……さあ、私にも何が何だか」
眼を上の方に向けると、アヴェロンがちょうど糸を紡いでいるところだ。
何をやっているのかよくわかっていないヒュリオンには、それがこの世の不思議のように、訝しげな顔を見せた。
魔法を使っている人の考えはほんとうにわからないな、と首を振った。
だが、今のところ王都が派遣した魔法師が全滅し、本隊は主要区に侵入されそうになるまで動いてくれない。
ヒュリオンにはそれが一番心に来るものだった。
主要区が陥落するとこの国自体が動かなくなるため、確かに守らなければならない。
だが、下町に位置するこれらだって、大切な王都の民なのだ。
なのに、国はなにもしないのだからむず痒いだろう。
彼の頭のなかから、魔法師という存在はすでになくなっていた
役に立たなさすぎたのだ。印象が薄いのも仕方ないといえるだろう。
「自分は無力だな」
「いいえ、そんなことはありません」
それを否定するのはセリシトである。
セリシトは知っている。まず、アヴェロンの存在がいい意味で異端だということを。
アヴェロンは転生者だ。この世界では到底ありえないことの1つや2つ、可能であることは知っている。
だからこそ、どうしてもヒュリオンを攻めることが、心からもできなかった。
「それにしても……!?」
ヒュリオンは恐怖に息を呑んだ。目の前に、龍の薙ぎ払った尾が迫ってきたのだ。
広範囲も何も、周り一帯を巻き込むほどのリーチの中に、もちろん彼も入っている。
死んだ、とヒュリオンは覚悟した。
何もできないばかりか、このまま無駄死するのかと。
だが、自分にはなんのチカラもない。
恐怖で体が動かないし、恐怖から心も冷えきっている。
「危ないですよ、おふたりさん」
だが、彼が死ぬことはなかった。
守ったのは、ルカだ。
存在断定不可能な魔武具《蒼朧》でいともたやすく尾を跳ね上げると、そのまま2人に駆け寄ってきた。
ヒュリオンには、彼女の詳しいことはわからない。
機械でできていることすら知らないヒュリオンは、ルカを見て。
「美しい」
と、声を漏らしてしまっていた。
「?」
しかしルカは気づかない。
龍の方に注意を向けながら、セリシトとヒュリオンを安全な場所まで避難させる。
近づいてきたらダメですよ、と釘をしっかりと刺して、すぐに戦闘に戻っていったのだ。
「……セリシト、このまま終わったら彼女のことを調べてくれないだろうか」
その一言で、セリシトはヒュリオンがルカに一目惚れしてしまったことに、気づいた。
何か、彼が知っていたら。
知っていたら、止められたかもしれなかったのに。
セリシトもルカのことを知らず、ヒュリオンの頼みに頷いてしまった。
彼が、自分の運命を大きく狂わせたことに気づくまで、そう長くは必要なかった。
そして、すぐに彼らの任務も終わる。
剣豪が、龍をシルフィールからもらった技武具:《Di$∀βLe》ではなく、自身の剣で切断したのだ。
スライスに近いかもしれない。アヴェロンの紡いだ魔導の糸に絡め取られた龍を、……捌くようにして薄切りにしてやったのだ。