010 魔導武器庫
「2年前と同じって……あ、私知らない」
「それはシルフィールがどんな非常事態でも慌てず騒がず自分の研究に没頭していたからだ」
前回の非常事態は、龍の襲撃だった。
科学の力では傷ひとつつかなかった、完全対策の龍に、ロザリオとアヴェロンが2人で立ち向かったのだ。
大きさは高層ビルほど。それほどの巨大なものを2人で倒し、王都の復旧も半年ほどで終わるほどだったということを聞けば、彼らがどのくらい強いのか予想できるだろう。
だからこそ、2人は英雄と呼ばれているのだ。
「でも、さすがに魔法師くらい導入しただろ、王都も」
「まだ、情報が出ていませんから。何がくるのかわかっていないというのが現状です」
それはおかしい、とアヴェロンは顔をしかめた。
以前非常事態になったとき、発生源は王都横にある大森林であったため、そこだと思っている。
のに、今回は出現地すら情報が出ていないというのはどういうことなんだろう?
「シルフィール、とりあえず調べてみて」
こくり、と頷く彼女を見つめて、アヴェロンはいくつかの魔法を発動する。
ひとつは、工房のこの空間に武器庫の扉を設置する魔法。
ひとつは、武器庫の鍵を開く魔法。
そして最後に、武器庫の中身を持ち出す許可を得るための魔法。
「ロザリオ、好きなだけ選んでくれ」
「好きなだけ、ですか。……やはりアヴェロンの作品は美しいですね」
武器庫の単純な大きさは、ロザリオの目測で工房よりも大きい。
そのなかに、ところ狭しと並べられているのはアヴェロンとシルフィールが創りだした様々な武具たちだ。
もっとも、2人がいう「武具」は武器と道具の総称であるため、何のために使うかわからないような武器から、なにやらすべてあるが。
「お、大剣もある」
ひょい、とロザリオが手にしたのは銀色に光り輝く巨大な剣だ。
それの容貌はすでに剣という域を超えており、角柱もかくや完全に鈍器である。
「これ、技武具ですよね」
「ああ、シルフィールの作ったものだ。そこのボタンを押すと」
言われるがまま、ロザリオが柄の部分にあったスイッチを押し込むと。
武器が変形して、「壁」になった。
「……壁ですね」
「壁でしょ?」
作った本人ですら、反応がこれだ。
すでに盾という範疇を超えているのが、誰の目からもわかるような形をしている。
「しかし、浪漫があります」
剣豪ロザリオ・リンネは鈍器を構えると、試しに何回か振ってみる。
もちろん、武器庫および工房に被害が出ないように力を調整してだが、アヴェロンたちに風が、牙を向いて襲いかかるあたりすでに冗談ではない。
「ルカも、好きなモノを選ぶんだ」
「はいです」
ルカは迷わない。1本の斧槍を掴むと、「起動をお願いします」とアヴェロンに差し出した。
全体が青く。青よりも蒼く、しかし青には溶け込んでいない不思議な武器だ。
ロザリオの目からは、その武器の全貌を捉えることができない。
視界には、そのリーチがどうしても曖昧に見えてしまう。
「ルカのは魔武具:《蒼朧》。ロザリオは技武具:《Di$∀βLe》だな」
「あの、読めません」
アヴェロンが名付ける場合、一般的には常に直球だ。
商品の特徴をそのまま伝える、最も直線的に相手に伝わるようにネーミングされている。
が、対照的にシルフィールは相手に読ませる気がない。
それはこの世界での「決闘」という制度の対策のためだ。
暗号のように複数の文字を組み合わせるのは、最低限使用者がわかるようにということと、敵に対して誤解を生ませるためである。
ちなみに今回、ロザリオの選択した技武具:《Di$∀βLe》の意味は「無効にする」こと。
敵をその圧倒的な重量による暴力で蹂躙し無力化させ、敵の攻撃は壁で無効化する。
コンセプトに、最もあったものだと彼女は感じていたし、それを剣豪がつかうことに対して誇りを持っていた。
「使いやすかったら、こっちも購入しましょうかね」
「時代が追いついていない感覚がしたから、あと10年はお蔵入りの予定だったんだが。……まあいいか」
時代を先取りした、と言うよりは時代を超越しても受け入れ難そうなデザインではある。
が、彼女はそんなことを気にしない。
自分に魔法は使えないかわり、可能な範囲で自由に作ればいいと思っているから。
そんな彼女の顔を見て、アヴェロンは少し感心してしまう。
「あ。……でた。今回も龍みたい」
「……前と同じかぁ。……到着時間は1時間後」
かなり3人とも気楽モードだが、シルフィールは何も言わない。
「出て行ったら、ちゃんとここだけ守るね」
「おうおう。アレを作動させれば問題はないと思うから。……コーヒーでも作って待っててくれ」
英雄2人が、出撃するまで。
あと、半刻。
とりあえず、10万文字までは突っ走ります。