一話『冒険の心得』
サクシヤの言っていた通り転移はすぐに終わった、というか少なくとも次郎には一瞬だったように感じた。
脳を引っ張られる感覚に襲われて意識を失ったと思った次の瞬間にはもう意識を取り戻していたのだ。
目を開いて飛び込んできた光景は先程までのカラオケのような現代らしさなど微塵も無い、一面が緑の絨毯に覆われたかのような美しい草原だった。
「ぅうおおおおお!! すっごいなあこれが異世界か……」
しばらくは辺りを見回していたが、サクシヤの事前の説明どおり近くには俺以外の生物の気配はない、安全は確かなようだ。
まあ姿を消せるモンスターとかがいるかもしれないと一応警戒しながら、日本ではなかなか見られない広大な自然を楽しむことにした。
レムーハに季節があるかはわからないが地球に合わせて表すなら今は春のようだ。
桜に似たピンク色の花を頭につけた木や名も知らない色とりどりの花があちこちに咲いている。
地球にいた頃はまったく興味がなかったがこうしてじっくりと見てみると自然も良い物だな、美少女の次に。
十分に景色を楽しんだ後は少し歩いたところにあった川で自分の姿を水面に写して観察してみる。
顔は元の世界のままだ。崩れているわけでもないが整っているともいえない微妙な顔は焼けて小麦色になっている。生まれつき少し茶色がかった短い髪と合わせてどう見てもやんちゃな体育会系だ。
そのまま視線を落として服装に、こっちは転移前とは大きく変わっているが予想していたのとはかなり違った。
金属の鎧を装備しているものだと思ったが次郎が着ているのは普通の村人が着ていそうな簡素な茶色の布の服だ。
そりゃあ鎧だと重いからめんどくさそうだと思ったがこれはあんまりだ。冒険者の要素が上に羽織られたフードつきのマントくらいしかない。
サクシヤの奴服装の代金をケチ『おい次郎』りやがったな。次にあったときもう一度胸を『いい加減に気付きなさい』揉んでやろう『おい!!』
怒鳴り声で驚き、ようやくその声を認識した次郎は辺りを見回してみたが誰もいない――ということはファンタジーでよくあるあれなのか。
「テ、テレパシーみたいなやつか??」
『そんなようなものね。あたしの声はあなたにしか聞こえないけどあなたは口に出して答えないと私に聞こえないから注意してね』
予想通り声の主はサクシヤのようだった、別れ際のセリフからして次に話すのはもっと後だと思っていたが……早い再会だ。
「なあこの装備貧弱すぎないか?? スライム相手にも殺されそうなんだが」
『ただの服だから当然ね、その辺はさっき説明した[加護]で補えるから大丈夫よ。というか文句があるなら自分でお金を集めて買いなさい』
「じゃあせめて武器をくれ。このままだと素手でぶん殴るなんて見苦しい戦い方を小説に書くことになるぞ」
『そのためにこうしてコンタクトをとったのよ。何か希望の武器はあるかしら?? 出来ればインパクトのある派手目のやつで』
「インパクトのあるねえ……」
サクシヤの口ぶりだと[加護]は相当な効果があるらしい、だったら武器はそこまで使いやすさにこだわる必要は無いのだろう。
とは言われたもののそこまで武器に詳しいわけでもない次郎にはパッと思いつくものはない。
「とりあえず剣でいいよ。町でも見つけたらそこで何か探してみる」
『そう、わかったわ』
返事の後すぐに背中にずっしりとした重みがかかる。見るとそこには少し大きめのまっすぐな剣が皮の鞘に収まっていた。
先ほどと同じように水面で自分の姿を写してみる。
――結構様になっているんじゃないか。
自画自賛してしまうほど気分が高揚している。やっぱり男なら誰しも一度は憧れるだろう。
『クレイモアというやつね、大剣の中では小さい部類のものね』
「へー…… 思ったよりは軽いんだな」
『馬鹿ね、さっきまでのあなたならまともに振り回せる重さじゃないわよ。レムーハに転移するときに身体の機能も底上げしておいたわ』
ためしにクレイモアを持ってみると確かに違和感を感じるほど軽く感じた。
本来は両手で扱う物なのであろうが次郎は片手で軽々と持ててしまう。振り下ろすと空気を切る音がブォンと鳴る。
『ただし魔法に関しては余り期待しないほうがいいわよ。魔法に必要なのは知識と精神力よ。単純な肉体の力だけじゃどうにもならないわ』
「わかりやすく言うと」
『魔法は生まれ持ったセンスと原理を理解する頭が必要なのよ。詳しくはそっちの世界の魔法使いに聞きなさい』
「わかった」
元々身体を動かすのが好きだし難しいのなら魔法にはそこまで興味はない。
それよりもサクシヤの単語の中に気になるものがあった。
「魔法使いってのは職業か何かか?? それとも魔法を使えるやつは皆魔法使いって呼ばれるのか」
『冒険者ギルドで冒険者として登録するときに選べるのよ。それに応じて[加護]を得られるんだけどその中で魔法を専門とするものを選んだものが魔法使いと呼ばれるわ。
その辺の事も詳しく知りたいなら自分で冒険者ギルドにいってみなさい。』
「[加護]って俺が持ってるみたいなやつか」
『あなたのほど強力じゃないけどね』
それじゃあ最後に……とサクシヤが言葉を続ける。
『あなたの新しい名前を決めましょう。この世界で日本の名前は目立つから』
「名前も変えるのかー…… 別にこだわりがあるわけじゃないからいいけどさ」
『私が付けてあげましょうか。ドスケベとかどう??』
「悪意がありすぎるしそのまんますぎて面白くない」
『それじゃあカハンシンとか??』
「もう神の名前から適当に付けてくれ」
『じゃあエロースね』
「下ネタからはなれろぉーーー!!」
※※※※※※※※※※※※
結局、名前はエロースの綴りを並べ替えたローズに決まった。
この世界にはバラは無いらしいので人名としても問題ないらしい。
『用件はこれで終わりよ。たまにこうやって話しかけることはあるだろうけど助けたりはしないからね、そこは覚えておいて』
「了解りょーかい」
『それじゃあまたね』
何だかんだ言って意外と面倒見のいい奴だな、俺が小説で重要な主人公だからかもしれないが。
しかしサクシヤ相手にはセクハラする気にならないな……話していて面白いけど。
そんなことを考えながら今度は何度も会話に出てきた[加護]について試してみることにした。
習ったとおりに頭の中で[加護]と唱えてみる、するとさながらゲームのスキル画面のような物が頭の中に
広がってきた。
スロットは最初は3つまでのようだ、肝心なスキルは……膨大な量がある。
[筋力アップ][反射神経アップ]などの直接身体の能力を上げるものから、[武器スキル片手剣][武器スキル鎌]などの武器の扱いを上手くするものが中心のようだ。
それ以外にも[空中浮遊]や[投擲]などのスキルも合わせれば100は越えているだろう、これからさらに追加されていくというのだから驚きだ。
とりあえずクレイモアを装備していることだし[武器スキル大剣]を装備してみる。
そこで実際にクレイモアを握ってみると、先ほど持った時とは違いどこを持って刀身のどこを当てればいいのかがはっきりと理解できる。
目の前にある木の幹に振るってみると木片が飛び散る音と共に半分ほどまで抉り取る大きな傷が入った。
――これは驚いたしゅごすぎる。
とりあえず使っている武器にあった武器スキルは必須のようだ。
さて後二つは……とりあえず[反射神経]は付けておこう、サクシヤに上げてもらったとはいえ怪我はしたくない。
どの程度上がるかはわからないが[武器スキル]を見る限りでは期待できるんじゃないか。
もう一つは……うんこれにしよう[透視]、イヤ何別にイヤらしい意味で付けるわけじゃない。
これによって相手が隠している物とか見つけられるようになるからってだけだからね、うん本当に。
とりあえず折角武器とスキルを付けたことだしモンスターでも捜しにいくか。
ローズは[加護]の設定――スキルの付け替えを終えてモンスターを見つけるため闇雲に歩き始めた。
ローズ 「なあ、エロい奴を主役にしたくて俺が選ばれたのはわかるが……
何で俺なんだ?? エロい奴なんてもっといくらでもいるだろ」
サクシヤ「あなたにした理由ねえ……エロへの探究心の強さ、そのくせ
童貞な滑稽さ――あとは顔かしらね」
ローズ 「顔?? 自慢じゃないが俺はそこまでかっこよくないぞ」
サクシヤ「あまり卑下するものじゃないわ、私は嫌いじゃないわよ
あなたの顔」
ローズ 「何で急にデレるんだよ怖いな……」