プロローグ
「恥の多い人生を送ってきたとも思ってないし後悔もしていない」
男、朝田次郎がどこかで聞いたことのあるような言葉を言っているのには訳がある。
遡る事数十分前、次郎は高校の帰り道を一人で歩いていた。
友達がいないわけではない、サッカー部の練習を終えた後に教師に捕まっているうちに置いてかれたのだ。
季節は夏の午後1時、肌をチリチリと焼く太陽が絶好調なこの時間、次郎は煩わしいと思いながらも嫌いではなかった。
その理由はただ一つ……女子の服が透けるからである。
今も次郎の前を歩く少女のブラが太陽の頑張りによって生まれた汗でシャツに張り付いている。
水色のそれは見ているだけで爽やかな気持ちにさせてくれる。
そんな次郎の邪なの視線に気が付くわけも無く、少女どんどんと歩いていく……信号が赤になっているとも気付かずに。
最初は次郎も気付かず渡っていたのだが、横から来るトラックのクラクションで気付いた。
だが少女はイヤホンを付けているせいで聞こえないらしく、そのまま前を見て歩いている。
「おい危ないぞ!!」
叫んではみるもののトラックの音にすら気付かないのにただの高校生の声が聞こえるはずも無い。
迫ってくるトラックも止まろうと急ブレーキを踏んでいるようなのだが車体はかなりの勢いを保ったままだ。
次郎だけならそのまま数歩下がれば助かる、しかしその場合少女は……
次郎は考えるのをやめ、全力で数歩足を動かして少女の背中を思いっきり押した。
見ず知らずの少女を助ける為に死ぬなど思いもよらなかったが後悔はなかった。
火事場の馬鹿力のおかげか歩道まで吹っ飛んでくれた。彼女は助かっただろう。
勿論、次郎はそこから逃げることも出来るわけが無く轢かれたのだが。
走馬灯を見る暇も無く一瞬で地面に打ち付けられる、ああこれが死ぬ感覚なんだとどこか暢気な感想を抱いて次郎はその生涯の終わりを迎えることとなった。
死んだはずの次郎は気付けば知らない屋根を見上げていた。
いや確かに一度は死んだはずだ、実際に意識はなくなっていたしあの勢いで轢かれれば万が一にも助かることは無い。
状況を飲み込めないまま辺りを見渡すとカラオケのパーティールームのようなその部屋には次郎以外にもう一人女の子がいた。
女の子と言っていいのだろうか、顔は可愛いとも美しいとも言える、どちらにしても整っているのだが年齢を感じさせない不思議な顔だ。
さわり心地の良さそうな布で作られたドレスの胸の部分は下にある男の夢の大きさを主張して盛り上がっている。
彼女は、次郎が自分のことをボーっと眺めていることに気付くと手に持ったペンを置き、開口一番にこう言った。
「あなたさっきの人生どう思う??」
そうして冒頭の言葉につながるのである。
「いやだってあなたまだ18歳でしょ、もっとやりたいこととかなかったわけ??」
「まー遅かれ早かれ人間誰しも死ぬわけだし、そう考えれば女の子助けて死ねた俺はラッキーだったんじゃないかなーって思う」
「ふーん」
それにしてもここはどこなんだ、カラオケに似ているが機材がないからそのものではないだろう。
そもそも死んだのだからそんなところにいるわけがない。
質問してみようかと思った矢先、女は乳を揺らしながら立ち上がり次郎の方にゆっくりと近寄ってきた。
ノーブラのようだ。
質問を受け付ける暇も無く彼女は話を始める。
「ところであたし文学の神サクシヤなんだけど、どう驚いた??」
どうも電波な方のようだ。そう考えれば妙に露出の多いドレスはコスプレに見えなくも無い。
アニメのキャラか何かなのか、死んだ後にコスプレイヤーと会うとは思わなかった。
「オドロキマシタ」
「棒読みで言うんじゃないわよ!! ……まあいいわ、信じて貰えないのは想定の範囲内だわ」
「なあここどこ?? 君何歳?? 俺と楽しいことしようよ」
負けじと質問と欲望を3:6でぶつけてみた、残りの1は秘密だ。
「……朝田次郎」
サクシヤと名乗る少女は相変わらず次郎の質問を一切合財無視する。
代わりにまだ教えていないはずの次郎の名前を言い当てた。
「出身は地球の東京、普通の家で生まれ普通の学校に通う。運動神経は優れているが頭と容姿は中の中。
性格はよく言えば気ままで個性的、悪く言えば気分屋。またどうしようもなくエロい。
死因は女の子を助けるためにトラックに突っ込んだ…… だけだと聞こえはいいがその少女を見ていた理由はブラが透けていたため。 享年18歳だった。
うん、調査通りの男ね」
「……君もしかして俺のファン?? よく調べて……」
「また死ぬまで童貞であった」
「止めろーーー!! それだけは言うなーーー!! わかった君は神様だ信じます、信じますからそれだけは誰にも言わないで下さいお願いします!!」
「わかれば宜しい。まあどうせ言いふらす相手なんかいないから心配しなくていいわ」
高速で土下座体勢をとる次郎を見て美しい金色の長い髪を撫でながら笑う、彼女は再び椅子の方に行き腰を下ろすとまた口を閉じて黙りこむ。
次郎が童貞だという事は家族にも友達にも言ってはいないトップシークレット、知っているのは自分のみのはずだった。
それを知っているのであれば彼女は神なのであろう、間違いない、次郎にとって童貞であることを知られているのはそれほどの事態なのだ。
隠すためにどれだけの工作をしてきたか数えられないほどであるり
「それでサクシヤ様ここはどこなんでしょうか??」
「堅苦しい言葉は無しでいいわよ。ここは私の執筆の間、あなた達の言うところの天国の一部ね」
「はあ…… てことはやっぱり俺は死んだんだな。執筆の部屋って??」
「質問ばっかりね…… まあいいわ。応えてあげる」
ドレスの間から見える白い足を優雅に組むサクシヤ、実にエロい。
神様というだけあって身体のどの部分も素晴らしい。
「さっきも言ったけどあたしは文学の神よ。そしてあたしの仕事の一つに神の娯楽の小説の執筆があるのよ」
「神って意外と自由だな」
「あたし達だっていつでも仕事するわけじゃないのよ。そんで今若い神の間では人間の……っていうかあなたの人生を本にしたのが流行ってるのよ」
「……はいっ!?」
「神は人間の生活なんかまじまじと見てないからね。だからそういうのまとめられた本は意外と新鮮で面白いのよ」
「……んっ!?」
「それに神ってあなた達の世界の神話とかと違って性の話に飢えてるのよ。あなたの生活ってそういうので溢れてたから特にね~。
大丈夫、童貞ではなくしてるから。そこはフィクションでね」
「あっ、なら別にいいか」
童貞な事を神々にばらされていたら問題だがそうでないなら別にいいかなと思う。
貞淑な女性の神々が俺の話を読んで悶々としている……うむ悪くない、むしろ良い。
変態な次郎の思考など知らないサクシヤは、今度は少し声を荒げて怒っている様子で話を続ける。
「それがあなた死んじゃうじゃない!! 今がいいところなのにそんなんで終わらせたらもったいないわ。だから次郎あなたには異世界に行ってもらいます」
ただでさえぶっ飛んだ話なのにさらにまたぶっ飛ぶことになった。
普段ならサクシヤの言っていることには付いていけなかっただろうが、今のこの状況ではもはや野となれ山となれだ。
思考を放棄して言われたことを素直に受け入れることにした。
「具体的にはどんな世界に??」
「そうね…… ちょっと待ってなさい」
サクシヤが何かを唱えると次郎と彼女の間に3Dホログラムが浮き出てくる。
まるで魔法だ、神様は何でもありのようだ。
映し出されたそれはよく見るといくつかに小分けされておりそれぞれに様々な服装の人間やモンスター、町並みが映し出されている。
「これが私が管理している世界の一覧よ。あなたの容姿そのままで送るから地球みたいに厳重な管理下におかれた世界はあらかじめ省いておいたわ」
さながらネトゲのサーバーのようである。
「何か希望はある??」
「見た目が人間の女の子がいる世界」
「それだけじゃ広すぎよ。もっと何かないの??」
「それじゃあ…… 剣とか魔法とか使える世界がいいな。あとけも耳娘とかエルフとかいると最高」
「……あったわ。これね」
サクシヤはそう言いながらホログラムの一つを指差す。
武器を手に持ちモンスターと戦っている、中には人ではない見た目のものもいるその世界はやはりゲームのようだ。
「どう?? 最悪また違う世界に入れることも出来るから気軽に考えてくれていいわよ」
「じゃあそこにするよ、映ってる猫耳の子可愛いしな。この世界の名前は??」
「レムーハよ。あなたにもわかりやすく言えば王道物ファンタジーのような世界ね」
それじゃあ転移の説明をするわね、とホログラムを消したサクシヤと向き合う。
「転移は一瞬で終わるわ。出現地点はランダムだからどこに出るかはわからないけど少なくとも安全で人目の無いところなのは確かだから心配は要らないから。
容姿はさっきも言ったけど今のままよ」
「戸籍とか家族とかは無いんだよな??」
「ええ、もちろん。だけどモンスターのいるような世界だし家族がいないなんて珍しいことじゃないわ。
戸籍だってきちんと管理されているほど進んだ文化じゃないから」
「あと俺魔法は当たり前だが武器なんて使ったこと無いけど大丈夫か?? 運動神経なら自身はあるが新しい人生開始早々死ぬとかは嫌だぜ」
「そうねえ……」
悩ましげに目をつむりながら顎に手をやる彼女をジーっと見つめる。
サクシヤは美しい、顔だけではなく身体や所作の一つ一つにも目を惹かれる。
次郎は自他共に認めるSS級スケベ、触りたいとも揉みしだきたいとも思うのだが……不思議と彼女の身体には性的な意味ではなくだった。
例えるなら石像や絵などの芸術作品を見ているような感覚だろうか。手にとって触れてみたいのはあくまで芸術の素晴らしさを肌で感じてみたいからだろう、そんな感じだ。
こうしてアホな考えに耽っていた次郎とは違い、サクシヤは真面目に考えていたようで、閉じていた目を開けるとカブトムシを見つけた少年のような笑顔で提案してきた。
神様は表情豊かだなー。
「これならどう!? あなたには他の人間とは違って神の加護……ようはパッシブスキルのようなものを付けてあげるわ」
神様は人間のゲームにも詳しいようでパッシブスキルなんて単語がでてきた。
「同時に付けられる個数や種類は私が頃合をみて適当に増やしていくわ、その方が面白いでしょ」
「付け替える方法とかはどんな感じだ??」
「頭の中で考えれば自由に出来るようにしておく、まあ習うより向こうに行ったときやってみればすぐに理解できるわよ。
さあ早速行くわよ準備はいい?」
「いきなりだな…… まだまだわからない事だらけなんだ…」
「うだうだ言わないでさっさと行きなさいよ!! 私の身体に触れて目をつぶって」
質問は無いか聞いておいてこれは理不尽じゃないのか。
イラッときたので差し出された手を無視して形のよい胸を揉んでみる、身体の一部分だし問題ないね。
サクシヤの胸は今まで揉んだ胸の中で一番柔かい、それでいて張りがあって程よい弾力が指先から手のひらにまで返ってくる。
大きさは次郎の手のひらで揉むと若干こぼれる絶妙なサイズ、これまた記憶の中で断然トップの美しい円錐型、パーフェクトだ。
ちなみ次郎が人生で触ったことのあるおっぱいは3つだ、うち一つは母親。
しかし……何度か揉んでいるのだがサクシヤは何も言ってこない。
てっきり殴られたり怒鳴られなりする王道パータンを迎えると思ったのだが、性格や言葉遣いは子供っぽいのだが以外にも反応は大人なものだった。
「感想は??」
「張りがあって絶妙な柔かさで最高だけど全然興奮しません」
「神とは美しいのは当たり前、頂点になるともはやそれは芸術なのよ」
当然のように真顔で言っている彼女の言葉に次郎は納得せざるおえなかった。
まったく同じことを考えていたようだ、それを自分で言う根性が素晴らしいが。
気をあらためてしっかりと手を握った次郎はこれまでの出来事を振り返る。
正気では考えられない事ばかりだ、普通なら夢でも見ていると思うだろう。
それでも…………
童貞を捨てるためならば!!
「やってくれ!!」
「コンテニュー、スタート」
サクシヤが言い終わった刹那、脳を引きずられる感覚に襲われる。
そのまま数秒、意識を失うまでの間に彼女は言った。
「忘れないで、あなたは二度目だけどあなた以外は違う。あなたが行く世界の人たちは死んだらそれまでだから……
これはゲームではないんだからね」
サクシヤ「後書きではたまに作品の解説や質問にお答えするわ」
次郎 「キャラ同士の寒い掛け合いが苦手な方は読まなくても大丈夫だぜ」
執筆の間……天国の一箇所。サクシヤに与えられた空間。
決まった形は無く来るたびに部屋の様相が変わる。