3.将来の夢(王宮の日常)
摩訶不思議なジレースの民の生態が明らかに?
ソシミアがたまった書類をかたずけていると、軽いノックと共にボーノンが入室した。返事をする間もなくドアを開けるので、ノックの意味はほぼない。
「ちょっと休憩しないか」
言いながら、机上に香草水のグラスを置く。
どうやら朝から半日以上ぶっ通しで書類をさばいていたソシミアを気遣ってくれたようだ。
「ああ、ありがとう」
強力な個体であるソシミアは、水も食料も摂取せずとも世界に漂う「力」を吸収できるが、それらを摂取できないわけではない。嗜好品として、味を楽しむのは数少ない趣味の一つだ。
尚、これら飲食物は、王都の民から日替わりで献上されており、王宮に勤めるものはそれらを自由に口に出来る。そして気に入ったものを置いている店の常連となったりする。
「しっかし……たった5日で随分溜まるもんだなー」
ソシミアの机の上と、その周りに積み上がった書類箱を見て、感心とも呆れとも取れる表情で述べるボーノン。
「ちょうど交替の時期だったからな。お前の方は片付いたのか?」
「いやー、やっと半分てとこ。体が固まってきたからほぐしがてら様子見に来たんだ」
ソシミア同様、遠方へ仕事に出ていたボーノンも、書類は溜まっている。そして、いかに頑強な彼らであっても、不自然な姿勢で長時間過ごせば、肉体は不調を訴える。つまり腰痛・肩こりなどなど。それを避けるには適当な時間に適度の運動をさしはさむのが効果的、というわけだ。
ちなみにこの書類は大まかに分けて4種類。
役人たちが外回りをして上げてくる報告書が二種(現在状況報告と問題対応報告)、王自身が書類を作る報告書が二種(対内対応報告と異世界交流報告)。これらの報告書は未来の王や役人たちの参考文献となるため、なるべく詳細に記すことになっている。
現在状況というのは世界地理(いつの間にか地形が変わっていることがよくある)や最新情勢(問題児の現在地や小規模集落の位置の最新情報)を把握しておくことで、今後起こるかもしれない問題を予想したり、問題が起こった時に現地に行かずともある程度の状況判断が下せるようになる。王が代理人を派遣する折の重要な情報源である。
その外回りに出ていた役人たちがここ数日間に続々と帰ってきており、報告書が山のように積みあがっている。
ソシミアにとって報告書に目を通すことは特に急ぎの仕事ではないのだが、いつ難題が持ち上がるか分からないので、王宮にいるときは極力目を通すようにしている。だから、休む日もないほど多忙となっているのだろう。
それはそれとして、休憩は特に否定しない。
差し入れの香草水に手をのばし、まずは香りを楽しむ。そして一口含み、味とのど越しを堪能するように目を閉じてゆっくりと飲み込んだ。
一通り楽しんでから、ボーノンに倣い椅子から立ち上がって体をのばす。……といっても手を組んで頭上に引っ張ったり腰をひねったりの動作は必要ない。ただ自然体で力を抜くだけで、ソシミアは体をほぐすことが出来る。空を泳ぐことができるモノに重力はあまり影響しない。
「そーいや、ツベラフの近くに草原ができたってな」
「あぁ。明日調査に出てもらうことになっている」
地理情報は最終的には役人全員に周知するが、まずは王と代理人たる側近に知らされる。詳細を調べてから正式に保管用の書類が作られ、全員閲覧に回されるのだが。
「誰だろーな、あの辺で草原になりたがるような奴いたっけ」
「草原だから、かなり力の強いモノだと思うが」
調査の内容は、正確な位置、規模、誰が変幻したのか、変幻の種類の4点。これらを元に、ソレがいつ頃までもつのか予測を立てて調査報告書となる。
「草原かぁ。幼生体の養育には向いているかね。発生地点になったら探すの大変そうだけど」
「まぁそうかもな。子供の遊び場には良いかもしれんが、それも種類を調べてからだ。発生地点は条件として森とかわらんだろう」
ジレースの民は生殖による繁殖をしない。
ある日突然その辺にコロンと幼生体で転がって発生しているので、大人たちは発見次第保護して最寄の養育村へ連れて行くことになっている。
発生時にはジレースが知らせてくれる時もあるのだが、「今発生したみたいー」とあやふやで、場所も分からないためほぼ役に立たない。神なのに。おかげで近場にいた大人たちは総出でどことも知れない場所に転がっているだろう小さいモノを探すことになる。たまに本当に小さいときがある(人型をとったときの親指くらい)ため、誤って踏んづけたりしないように非常に気を遣う。
幼生体であってもやたらと頑丈なため、それで死ぬことはそうないが、痛い思いはさせたくないではないか。
逆に成体と変わらぬほど大きくて見逃すこともある。ソシミアはそのクチで、並みの成体よりも大きく(人型の5倍くらい)、大人たちは自分同様捜索中の仲間と勘違いして保護が少し遅れた。会話をすればすぐに分かるのだが、遠目では判別できなかったのだろう。のんびりその辺の草を食べているのを見てやっと「成体ではないのでは?」と気付いてもらえた。
「そりゃソシミアほどでかけりゃ、木だろーが草だろーが大して違わんかもしんねーけど」
発生時ですでに標準的な成体よりも大きかったが、現在は比べるのもバカらしいほど大きい。移動時は良いが、他のモノと対話するには不便なので人型をとることが多い。
「いや、生体反応を調べるのだろう?」
どうも魔法で探せば良いと言いたいらしい。
「あー、いや、お前、平均的な民は自分の目で探すんだよ。知ってるだろ? そーなると、草陰に隠れるくらい小さい幼生体は草と一緒に踏んじまうかも知んねーじゃん」
生体反応を調べる魔法は特に難しいわけではないが、生体であるから誰かが変幻した植物だって反応を示す。そこを区別するのは知識か才能(別名・勘)が必要だろう。
ちなみにボーノンも集中すれば何とか使えるだろうが、周辺住民による幼生体探しは一種宝探しじみており、自分の目と手足でもって探すのが暗黙の了解となっている、と思っている。
「あ、お前空に浮けたっけ。耳もやたら良いしな、お前が参加したらすぐ見つかりそうだな」
大概普通ではない友人を、なにやら残念そうな目で見つめる。ちなみに、空を飛べるモノは多いが、浮くことができるモノは数えるほどしかいない。完全に生来の才能による壁がそこには存在する。が、移動時にはあまり差がない。空に浮けるモノは水上を歩くことができるが、対岸に渡りたいならば飛んでいけば濡れずにすむ。
それはともかく、ソシミアも一部の(大多数かもしれないが)民の間で「宝探し」が良い娯楽になっていることは知っているので、苦笑するだけでその話は終いにする。
「草原か。退位してから隠居する時には、それも良いかもしれんな。これのような香草も良い」
言いつつ、グラスを掲げる。
「草原になる」には、通常の「木になる」よりも多くの力が必要となる。ある一本の木になるのであれば、普段の変幻と大して違いはないのだが、「草原」というのは様々な草木の集合体である。1つしかない己の存在を、数多の小さなモノに分割して存在させるには、特別な才能が必要となる。ソシミアにはその才能は充分にあるだろう。同様に「森になる」モノもいる。
ジレースの民には、植物になって老後を過ごすというモノが多い。一度植物になると自分の意思では変幻できなくなるので、もう充分に生を楽しんだ、という輩が最後の変幻として選ぶ、ある意味「人気の老後の過ごし方」不動の1位だ。たまに神に動物に戻されたりして人生(?)をやり直す羽目になったりするが、通常は植物化したらそのまま死ぬまで植物として生きる。意識のあるなしや寿命は個体差が大きく、植物になっても自由に会話できるモノもいれば、特に意思疎通に優れた才能を持つモノ相手でも全く反応を返さないモノもいる。
どうであれ、彼らが老後に植物化を選ぶ理由は1つ。世界の力を取り込むことが不得手なモノの力になってやること。
主に幼生体のことだが、成体であっても力の吸収が苦手なモノは食物を取る。大きく力を放出した後などには日頃は必要としないモノも食事をとるし、特に必要ではないモノも、嗜好品として口にすることもある。
そんな後進たちのために力になってやる(文字通りの意味)ことが、理想の老後であるらしい。
ちなみに、彼らは死ぬと「力」に分解されるため、後には何も残らない。ただし加工品(木板とか草籠など)は残っているので、所有者があれば残るのかもしれない。
「あぁ、お前なら望むモノになれるだろーけど。退位ってできそうなのか?」
王は指名制である。後任を指名して充分実務に耐えると確認してから位を譲るのがこれまでの伝統だ。
「いや、まだまだ先の話だな。まだ候補も挙げていないから……二、三百年は先になるだろう」
ジレースの民は大体50~100年で成体になる。平均寿命は個体差が激しすぎるため判然としないが、長すぎない大多数のモノで500年ほど。そのうち100~200年を植物として生きる。そして長すぎるモノは数千年生きるようだが、そもそも年数というものを大して気にしない生物であるため、自分が何歳であるか把握しているモノは少ない。一応調べれば分かるが。
「そうだよなー。王の資質を持つモノがそんな簡単に現れるわきゃないか」
納得の表情で頷くボーノンに対するソシミアは、
「資質といって、公平な判断を下せるならば誰でも良いような気もするがな」
結構大雑把である。
「まぁ一番大事なのはそこだろーが、お前の後となると、ある程度力もある奴じゃないとやりにくいかもな」
己のことは本人には良くわからないということかもしれない。
「そんなものか?」
歴代の王と比べても、ソシミアは有能すぎる。公正は当然として、有力であり、面倒見が良く、勤勉で、広い視野と深い洞察力がある。つまり説得力と慈愛と実行力を兼ね備えた王である。
「仲裁だけじゃなくて、実力行使もできたほうがいいだろうし、何と言ってもお前の移動速度は異常に速い。それだけでも仕事の効率が良かったと思うぞ」
そんな王の後釜など、誰が就いても見劣りがするだろう。だからこそ、誰が就いても一緒なのかもしれないが。
「移動は誰かに手伝ってもらうこともできる」
そして力づくで言うことを聞かせる手段を代理人に任せることも可能だ。
「そりゃそーだが。俺はお前と年代がかぶってて絶対に候補にならねーからな。安心してる」
退位が二、三百年後ならば、ボーノンも引退しているか死んでいるかくらい先の話であるし、どう考えてもソシミアの方が寿命は長そうである。
「いや、代理人としてのお前は信頼しているが、王には向かないだろう」
安心以前に素質がないらしい。別になりたい訳ではないのだが、そんな言い方をされると何か引っかかる。
「いつも思うんだが、お前、俺には何言ってもいいって思ってないか」
「嘘は言わん」
つまり遠慮のない友人関係を築いている。
尚、彼らはこのような将来の話を5~10年ごとに繰り返している。
《王宮の住人》
王:現王は第376代ソシミア王。在位200~300年くらい。面倒見はいいし真面目なんだが結構大雑把。王の仕事は、万事トラブル解決することだと思っている。
宰相:王の代理人筆頭。代理人は他にもいるが、ソシミアの相談役という立場はボーノンだけ。実質は相談というよりも雑談相手だが。同じ養育村出身の幼馴染。
読了有難うございます。
ひとまず今回はここまで。またネタがまとまったら投稿いたします。